4. 交換日記……ですか
「交換日記だ」
嫁いできてもう数週間、いまだに掃除をする機会はなかった。少し手荒れが良くなっている気がする。疎んでいるはずのウィンザー家の方々は、相変わらずよくしてくださっていた。毎日の食事に、引き継ぎや家の仕事についてまで教えていただいて。この間なんて、ドレスを贈ってくださった。
「交換、日記」
「お互い昼間は忙しいだろう。数行でいい。眠ければ、書かなくてもいい。こういった形ですまないが、俺は対話したいと考えている」
またもやファンシーな表紙に「こうかん日記」とかかれた本。真剣な顔。紫色の瞳には、困惑した様子の私が映っている。
……知りたい。どうして、あなたは、私をまっすぐ見てくれるのでしょう。
「わ、かりました」
*
プロフィールシートでも薄々感じていたけれど、伯爵は案外、優しい人だった。好きなものがスイーツだったり、ブームが紅茶を淹れることだったり。そして告白されたことはあっても、他はないようで、今すぐ、お父様たちのようになってしまうことはなさそうで安心した。
ノートを開くと、すでに今日の分が書いてあった。
『今日は領地を見てきた。村のご婦人がりんごをくれた。料理長に渡したら、アップルパイにすると教えてくれた。明日一緒に食おう』
伯爵の文字を見るのは、婚姻の書類以来だった。
村のご婦人からりんごを…… 視察すれば恐れられる我が家とは大違いね。
そして次の日、本当に一緒にアップルパイを食べることになった。柔らかい午後の日差しの中、庭で食べるアップルパイのじんわりとした甘さが、少しくすぐったかった。
『伯爵のご人望故ですね。ご相伴に預からせていただきましたが、大変美味でした』
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・
『その、伯爵はやめてくれ。公的文書じゃないんだ。もっとラフな文章でいい』
『申し訳ありません。では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか。ご期待に沿えるよう尽力します』
『謝らなくていいし、尽力しなくていい。その方が話しやすかったのなら悪かった。ただ、ローガンと呼んでほしくてだな』
『わかりました。ローガン様と呼ばせていただきます。今日は奥様からウィンザー家の帳簿について教えていただきました。奥様の帳簿は非常に美しく、尊敬しました』
『ありがとう、レイラ。母は細かく金の管理に厳しいからな。領民に厳しく、家族にはもっと厳しい。だが、言っていることはまともなんだ。しかし、泣かされたりでもしたらすぐに言ってくれ。絶対に守る。……俺も怖いが』
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『今日は王都へ用があって向かった。レイラに似合いそうな髪飾りがあって、衝動買いしてしまった。母には内緒で頼む。本当は驚かせたかったが、請求書でバレるよりはいいかと思ってだな……。ただ、どのようなものかは書かない。楽しみに待っていてほしい。今度の王都の祭りでは、君の好きな店が出店するらしい。一緒に行こう。……』
今までの分を振り返りつつ、今日の分も読み終えて、ほぅっと息をついた。ローガン様の文字をなぞる。角張っていて、でもどこか丸くて、素敵な文字。
「優しい人……」
なんてお返ししようか頬が緩む。
ローガン様、もうお義母様にバレておりますよ。でも、今更贈り物なんて遅いと逆に怒っていらっしゃいました……なんて。ああでも、今日初めて飲んだお茶が美味しかったことも書きたい。あと、使用人の方々から聞いた噂話も。
「ふふっ」
思わず交換日記を抱きしめてしまって、慌てて机の上に置く。この綺麗で大切なものが歪んでしまったら大変だ。隅々まで見て、何も変わっていないことに安堵した。
「さて、今日の分を……」
ノートを開いて、羽ペンにインクをつけた。
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