2. お部屋もご飯もお風呂も……?



「これからよろしくお願いいたします」

「……ああ」


 ウィンザー家のお屋敷は、華美な我が家に比べ、伝統的で統一感のある造りだった。

 そして、立派な門の前で一人佇んでいた方こそ、現当主のローガン・ウィンザー伯爵。以前社交会で見かけた時からあまり変わっていない。筋骨隆々な体に、雪のような白髪、アメジストのような瞳。美しくも恐ろしい。そんな印象。


「……荷物はそれだけか?」

「はい、そうですが……」


 何かおかしかったでしょうか。使用人はつけず、最低限のものを持ってくるように、という話だったのでは……。もしやお父様が伝えていないだけで、結納金があったり……。


「少ないな」

「大変申し訳ございません。私は結納金について何も知らず、手紙を書……」

「待て、何の話だ」


 眉間に皺を寄せるウィンザー伯爵。結納金のことでは、ない? では、一体……。


「その、荷物が少ないと仰られたので」

「すでに関連するやり取りは済ませてある。……コルベール家の令嬢は、山のようにドレスを買っているのでは?」

「いえ……それは私の妹のことでございます」


 いくら伯爵家とはいえ、王都の有名デザイナーのドレスを二人分も買えるはずもない。お母様譲りの黒髪碧眼、高い身長に長い手足、その上肉付きの悪い私に買い与えるくらいなら……とその分エリーに買い与えているだけ。


「そのボロ切れのようなドレスは、演出じゃなかったのか」

「……ぼ、ボロ切れ」


 驚いたように私を頭からつま先まで見る伯爵。ひ、酷い。私の裁縫の腕が良くないのは確かですが……。


「擦り切れている」


 腕のパフスリーブをつまむ伯爵。きょ、距離が近いのですが……。


「そ、の布はまだほつれていなかったので、補強していなくて……」

「なぜほつれている前提なんだ」

「元は使用人の方々の古着ですもの」


 唖然とした様子の伯爵を見て思い出す。そういえば、普通の令嬢は使用人から古着をもらってドレスを縫ったりしない。そもそもここまで家族から嫌われている令嬢はそうそういない。

 ……お父様が社交界用のドレスを売ってしまっていなかったら。初対面で顔を顰められてしまった。


「……まあいい」


 伯爵はなにかを飲み込んだように口をへの字にして、私のトランクを奪うように持つと足早に屋敷へ向かう。私も急いでついていく。大きな背中だわ、と思った。


         *


 予想通り、ウィンザー家で歓迎なんてされるわけもなかった。使用人の視線が痛い。先代当主様やその奥様の目線は慣れたものと似ていたからいいけれど。実家は使用人が親切にしてくれていた分まだマシだったのだと知った。


「これから末長くよろしくお願いします」


 そうスカートを掴み頭を下げた。

 これからどんな生活を送ることになるのかと少し恐ろしく思った……のだけれど。

 使用人の方に案内された部屋は、どこにも欠陥がなかった。ベッドもクローゼットも何もかも揃っていて、天上にも床にも穴が空いていない。窓からは日光が入ってくるし、カーテンもついている。


「あの、ここは本当に私の部屋ですか?」

「っ何かご不満でも……」

「いいえ、その、本当にこんな素敵な部屋で過ごしていいのかと驚いてしまって」

「はい?」


 ……その後もおかしかった。夕食の時間には呼ばれ、同じものを食べられた。淑女教育ぶりにナイフを使って少し緊張した。お風呂に入るときには使用人が手伝ってくれた。全身ツルツルになって、いい匂いになった。

 全ては初夜のためかと思えばそれもなく、伯爵から話しかけられたと思えば……


「……おい」

「はい、なんでしょうか?」

「これを」


 渡されたのは……何やらハートやリボンが描かれていて随分とファンシーな、解答欄がたくさんある……。


「プロフィールシートだ」

「ぷろふぃーるしーと?」


 思わず耳を疑った。

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