物語(a)

吹田俄

 「人間ってのは恐ろしい生き物だ」、こんなことを知り合いのおじさんが言っていた。「何でですか?別に熊とか蛇とかそういう生き物のほうが危なくないと思うんですけど」「いや、そういうことを言いたいんじゃなくて…、えーっと何というか…あれだ人怖ってやつだ!」「あー、そういうやつですかまあ何となく分かるような感じもするし、まだ分からない感じもします」。そう僕が言うとおじさんは人がたくさんいる日曜の昼のファミレスで話をし出した。「呪いって信じるか?」。「いや信じてないですね、何というか非科学的と思いますし、実際自分も人を呪ってやると思っても何も起こらなかったですから」「まあ世の中にはある一定数呪いを信じているというか、まあ儀式的なやつで人を呪おうとするやつがいるんだ」、そういうとおじさんはある儀式について語り出した。「こう三角の形を血とかそういうので書いてだな…」。要約すると、自分の一部(例えば血とか)でまず三角を描いてその中に呪いたい相手の名前を書くという儀式だ。至ってシンプルな儀式だと最初は感じた。まあどうせおじさんが適当に創った話だろうと思った。「パフェ頼んでいいですか、でっかいやつ」「もうちょっと遠慮しろよ、まあいいけど」「やったー」。パフェを食べたあとおじさんと僕は駅で解散して、僕はそのまま家に帰った。

 次の日はいつものように学校があり、僕は玄関を出て学校に向かった。僕の通う〇〇北中学校は至って普通の中学だ。強いて言うなら少しいじめがあるというくらいだ。特定の生徒、よくあるスクールカーストの上位にいる生徒がそのほかの生徒を馬鹿にしたりするようなことがよくあった。誰かが標的にされていてもみんな見てみぬふりだ。「よっ、元気してた?」、友達の田辺が話しかけてきた。田辺は僕と小学校が一緒で家も近く、小学5年生からずっと同じクラスだ。一人っ子である田辺は僕のことを兄弟のように思っているらしい。母子家庭の僕を気遣ってくれているのかもしれないが、よく田辺の家でご飯を食べさせてもらっている。「林先生って何であんだけ宿題出すんだろ、俺らが数学しか勉強しないと思ってるのかな」。「そうかもな」「なんだそっけないな、女にでも振られたか」「別にそんなんじゃねーよ、朝からうるさいなお前」「おっ、エンジンかかってきたか、いいね」。このように田辺は少しダル絡みをして来る。僕はうざいと思っているが田辺はそうは思ってないらしい。

 「よーし、じゃあ席につけよ。んっ、また谷は休みか。お前らからも学校に来るように言っといてやれよ。友達だろ」。複数の生徒がニヤニヤしている。僕が思うに今話をしている米山先生は先生になっちゃいけないタイプの人だと僕は思う。少しデリカシーが無いしみんながみんな元気だと勘違いしている。「それじゃあ、連絡は以上だ。今日も元気よく学校生活をおくるように!」。

 学校が終わったら僕はそのまま家にすぐに帰る。田辺はサッカー部に入っているが僕は帰宅部なので、着替えてそのまま駅の近くの商店街によく行く。本屋だったり喫茶店とか時間を潰すにはぴったりの場所だ。今日は週刊のマンガ雑誌の発売日なので本屋に向かう。商店街の本屋は比較的大きく文房具も売っていて気分が落ち着く。本屋に入ると一階の雑誌コーナーを確認し、三階のマンガコーナーへ向かった。「あっ、これ新刊出てたんだ」、「そんな面白くなかったよ」。高校生くらいの男女が新しく出たとあるマンガの単行本について語っている。僕は面白いと思ったが、やはり人の感性は人それぞれだ。

 店内を見て回っていると身に覚えのある顔を見つけた。谷さんだ。谷さんは髪はボブで冴えない感じの女子だ。クラスの嫌な奴らに目をつけられている。それが原因で最近学校に来ていない。米山先生があんな感じだから相談もしにくく、特に一緒に話している人も見かけないので多分親しい友人もいないだろう。

 谷さんはちょうど僕が観ようとしていたコーナーにいる。僕は何もあいつらに言えなかった申し訳なさとこのマンガシリーズが好きなんだという、偽善と興味で声をかけてみることにした。

 「このマンガ好きなんだ。あーえーっと……、同じクラスの川村!」、「ごめん気になって声かけちゃた。」「うん…」。数秒間の沈黙が続いた。とても気まずい雰囲気が漂っている。僕から話しかけたのにこの雰囲気を作り出してしまったことにますます何を話せばよいかわからなくなってきた。僕は思い切って学校生活について聞いてみることにした。「ごめんね、その…、あいつらに対して何も言えなくて。最近学校に来てないから大丈夫かなと思って」。店員さんが在庫の管理のために棚を開けている音がする。ますます気まずくなって焦りだしたその時谷さんが口を開いた。「先生にも相談しづらくて。そんな仲のいい友達もいないし…。」

谷さんは続けて「このマンガの主人公は復讐できてるのに、私はそんな自信もなくて…」。谷さんが手に取っていたのは、いじめの被害者がいじめっ子にさまざまな形で復讐を果たすというマンガだ。僕はそのとき、ふとおじさんが言っていた呪いの儀式について思い出した。「僕の知り合いのおじさんが言ってた話なんだけど、呪いたい相手の名前を書いてその周りに血とかで三角形を描くとその書かれた人は呪われるらしい。多分おじさんの作り話だけど」。僕は何でこんな話を田辺でもなく谷さんにしたのかそのときは分からなかった。でも何となく自分が見てみぬふりをしていたことやあいつらが僕にとっても目障りだったと感じていたのは間違いない。「勇気だしてやってみようかな。なんちゃって…。ははっ…」。谷さんが冗談混じりで話してくれたということにどこか安心感が芽生えた。そう言って谷さんは僕に会釈をして帰って行った。僕はそのことを考えながらマンガが見たあと本屋を出た。家に着いて風呂を沸かす準備をする。「あっ、雑誌書い忘れた。……まあいいか」。その日はそのまま数学の宿題を半分やって寝ることにした。

 次の日も同じように学校に登校した。相変わらず田辺はだる絡みしてくる。「えー、買ってないのかよ。もー見たかったのに。」「自分で買えよ」「自分で買ったら違うんだよなあ」。いつものように朝のホームルームが始まる。「また谷は休みか、仕方ないな。先生からも連絡しとくからお前らも声かけてやれよ、友達だろ」。聞きたく無い決まり文句だ。

 昼休み、僕は田辺と他のサッカー部の奴らとゲームやマンガについて話していた。「俺はここがいいと思ってるんだよ!」「うるせぇ、てめぇにはセンスがないんだよ、田辺!」。いかにも中学生らしい内容の喧嘩混じりの会話をラジオ感覚で聞いていた。ふと、クラスの掲示板を見るとクラスの係の表の名前の欄に赤黒いような三角形がいくつか書かれていることに気がついた。「おらぁ、ぼーっとしてんじゃねーぞ、川村ぁ!」。サッカー部の白井が僕にタックルしてきた。毎度のことだったが、いきなりだったので僕は体勢を崩して壁に頭を打ってしまった。「おい、もっと力加減しろよ白井。大丈夫か、血ぃ出てんじゃん。」「ご…ごめん、川村。調子乗りすぎた」「とりあえず、保健室連れてくぞ」「うん」。

 気がつくと保健室のベットの上だった。どうやら画鋲の持ち手に頭をぶつけたらしく、少量の血が出ていた。だが大した傷じゃない。「頭を打ったんだから念のために病院に行った方がいいなあ」。米山先生がベットの横の椅子に座って僕に話かけていた。その日僕は早退し、病院へ向かった。まあ何も異常はなくその日は家に帰った。僕はクラスの掲示板のことが気になりつつも家で安静にした。

 次の日僕を心配したのか田辺と白井が僕を迎えに来てくれた。「ほんとごめん、別に傷つけるとかそういうためにしたんじゃないんだ…何というか」「いや別に気にしてないから大丈夫。気持ちは受け取ったから」。そのまま昨日の続きの話をしつつ学校に着いた。席に着いて待っていると米山先生が険しい顔をして教室に入ってきた。「朝のホームルームを始めたいんだが、何というか………その前に残念な話がある」。クラスのみんなが薄々よくない話を先生がするんだろうなという雰囲気を感じ取った。今日も谷さんはいない。あいつらもいない。僕はクラスのみんなが感じている嫌な予感より、もっと体の芯から震えが出てくるような不安感と恐怖に似たようなものを感じた。「**、〇〇、◻︎◻︎が亡くなったそうだ。三人で歩いているところに車が突っ込んだらしい。詳しいことはまだわからないが……、以上で朝のホームルームを終わる」いつものような元気さは先生には無くとても暗い霧が立ち込めているような雰囲気にクラスはなっていた。

 僕は田辺に気になっていたことを聞いた。「あの後ろにあった掲示板の係の表ってどうなったの?」「あぁあれね、お前が怪我したから危ないってことで撤去されてたぞ、画鋲じゃ無くてマグネットになるらしい」。表に書かれていた三角形について調べたかったのに。こんな雰囲気になってて先生に質問できる空気でもない。一番気になっているのは谷さんだ。これが偶然なのか、まさか僕本屋で教えたあのでたらめの儀式を本当に行ったのか。僕は事情の知らないおじさんに連絡し会うことになった。

 「何か頼むか。えーっと、前と同じ店だけどごめんね」「いや、いいんです」。僕はいつあの話を切り出すか迷っているとおじさんが「そういえばこの間言ってたあの呪いのこと。あれ嘘だぞ。」「それって本当に嘘ですか?」「うん、まあ…、でも俺が言いたかったのはそれを信じて本当に人を呪いたいの思う人間の気持ちは時として、恐ろしいものになることがあるって言いたかっただけ」。その後はあまり喋ることが無く店を後にした。

 あの出来事から1ヶ月後、一身上の都合で谷さんは栃木県に引っ越した。僕は本人に聞きたいことがたくさんあったが、その気持ちを心の奥底にしまうと決めた。谷さんが裏であいつらからどんな目に遭っていたか分からないし、どれだけ恨んでいたのか分からない。実際あの日谷さんに本屋で会って、暗いものは感じなかったし、儀式を使って人を呪うような人だとは到底思えなかった。

 僕は人間が恐ろしい生き物だと言うおじさんの言葉に何だか納得出来た気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

物語(a) 吹田俄 @suitaniwaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画