第39話 神聖王国の終焉
俺たちは『剣聖』が治めているという町の前にいる。
目の前には元『剣聖』が出迎えてくれていた。
「……久しぶりだな『黒龍殺し』」
引退した元『剣聖』がシズクの方に顔を向けながら言った。元『剣聖』は目が見えない。両目を斬り裂いた跡がある。
「よく分かりましたね。気配というやつですか」
シズクは涼しい顔をして、元『剣聖』を見ている。
「貴様の『魅了』から身を守るために両目を失ったが、貴様の気配を感じるくらいの芸当はできる。
すでに引退したといっても、元『剣聖』。その称号は伊達ではない」
元『剣聖』は腰に下げた剣を抜き、そして構えた。
「どういう理屈で舞い戻ったかは知らないが、今一度儂の剣で冥府に送ってくれる!」
なるほど。『剣聖』と呼ばれただけのことはある。隙が無いし、構えからかなりの腕前であることもわかる。でも。
「……誤解があるようですね」
シズクが呟く。
「誤解?」
「ええ、誤解です。
淫魔の『魅了』が目を封じる程度で防げると思っているのですか?」
その言葉と同時にシズクの『魅了』が開放される。
淫魔の『魅了』はとても凶悪なものである。シズクは当時かなりの力を持っていたのだろう。
何もしなくても周りを『魅了』していたことと推測される。その程度の『魅了』なら目を潰す程度で防ぐことができるだろう。
しかしそれはあくまでシズクが何もせずに、我慢して漏れ出る程度の『魅了』に対して有効なだけだ。
淫魔の本気の『魅了』を防げるようなものではない。
その証拠に元『剣聖』は剣を落とし、その場に両膝をついていた。
『結界』で俺はターニャとクズノハとカエデを守っている。俺自身は耐性と精神防壁があるため、耐えることができる。
この様子だと、町の中は完全に終わったな。
それほどまでに本気の淫魔はヤバいのだ。黒龍とやらを殺すほどの『魅了』だ。
それを普通の人間が防げると考える自体、愚かしいことだと思う。
『爺』は余裕で可能だろう。大地様はギリギリだな。防御態勢を取れば確実で、不意を突かれたら危ないレベルといったところか。
「あの時の私は、望まないのに生き物を殺し続けていました。
それ故に一度死のうと考えていた時期です。
死ぬために彷徨っていた時にあなたと出会い、あなたに殺してもらいました。
そのことには感謝しています。
私は少し強くなり過ぎましたから……」
シズクは膝をついて動けない元『剣聖』へと語りかけている。
……既に元『剣聖』の命は尽きているように見えた。
「ですがあの程度の『魅了』が私の本気と思われるのは心外です。
あれは『魅了』と呼んでいいレベルではありません。
自分で制御できない力が漏れ出ただけのものです。
……もう聞いていないようですね。少し早いですよ」
シズクは少し寂しそうに笑っていた。
こうして『剣聖』の治める町は滅んだ。
「……シズク。念のために聞くが、今のは本気か?」
俺はシズクに問い掛ける。
「いえ、本気はまだもう少し先ですね。
これでも一応手加減しています」
「正直に言うが、これ以上になると『結界』がもたない。
ターニャあたりが犠牲になる」
「分かっています。ですので手加減しました。
誰かを犠牲にするつもりは、今のところありません」
シズクはニッコリと笑った。
怖い。俺は一応精神防壁などがあるが、本気のシズク相手に防ぎきれるかは疑問である。
こちらが全力で防御しても、シズクが本気ならそれを貫く力を持っていると考えられる。
彼女が俺の奴隷になっているのは、俺が手加減した『魅了』を防げるからだ。手加減した『魅了』を防げる食料が俺である。
俺がいなければ、いずれシズクはこの世界を滅ぼすくらいの力を持っている。
それくらいに淫魔の『魅了』は強力で、生き物を破滅に追いやるものだ。
望む望まないではなく、生きていくだけで滅ぼしていくことだろう。
不幸中の幸いで、シズク自身はそれを望んでいない。だから俺の奴隷として生きている。
俺は気持ちを切り替えると、次に進むことにした。
******
俺たちは『魅了』で狂い死んだ者の始末をすると、王都へと再び向かうことにする。
あれ以降は俺たち自身が危険ということもあり、シズクは後ろで待機させている。
今まで通りカエデの魔法で町全体を攻撃してから、町に足を踏み入れていた。
何人かは生き残りが残ることもあるが、今まで通りターニャとクズノハで対応できる程度のものである。たまにカエデが戦うこともあるが、結果は同じだ。
こうして俺たちは王都へ辿り着くことができた。
「どうします?」
シズクが問い掛けてきた。ここは王都である。当たり前だが一番戦力が揃っている。守りも厳重だろう。
カエデの全体攻撃だと、かなりの戦力が残ることになると考えられる。
なら全体攻撃をもっと威力がある様にすればいい。ターニャとクズノハは論外。
残るは俺とシズクだ。
俺の実力だとカエデと大差がないだろう。一応カエデよりも強力だが、全体攻撃だとそこまで変わりはない。
なら少し危険だがシズクに頼むのが一番効率がいい。俺たちが少し危険だが、何とかなるだろう。
俺は『結界』を強めに張った。
「……シズク。頼む」
次の瞬間シズクが『魅了』を発動させる。王都全土を覆う強力な『魅了』だ。
中では大勢の人間が死んでいると思うが、全員が快楽の中で死んでいる。苦しみなく死んでいるのだから、まだ優しいと思ってもいいだろう。
中には内乱で生き残っている『四聖』がいるだろう。
王城には『結界』くらいはあるだろう。
しかし全て無駄だろう。
俺たちはシズクの後ろにいる。シズクが後ろには『魅了』が来ないようにしていても、ターニャが危ない状況である。
それほどまでに強力な『魅了』である。『四聖』ですら耐えられないだろう。
王城の『結界』で防げるようなものではない。
見るとシズクは大規模な『探知』を行い、状況を把握しているようにも見えた。
それで『魅了』の威力を調整している。
王都が滅びるのは時間の問題のように思えた。
******
王都の中には橋の方は知らないが、一人の生き残りがいた。
王城の奥で一人、身を守っていた男だ。
男は生きていたが『魅了』に侵されていた。この男にこちらを反撃することはできないだろう。シズクの言うことを聞く、死を待つだけの男である。
この男は魔導帝国の『十大仙人』の一人であるらしい。
内乱の余波で魔導帝国から神聖王国へと来ていたらしい。
この男は神聖王国で異世界召喚について研究していた。全てを塵に変える前に、研究成果について軽く目を通す。
中々いいところまで進んでいた。
この調子なら数回の実験を行えば、成功していたかもしれない。
当然資料は全て燃やし尽くした。男も念入りに殺した。
生き返ることも生まれ変わることもないだろう。
俺たちはその後、研究にかかわった者の地元を中心に滅ぼしていく。
王国を内側から滅ぼしていく感じである。
そのため外側を行う頃には、少なくない人間が王国から逃げ出していた。
これも想定の範囲内だ。そのために俺は眷属を生み出しておいた。マントルドラゴンである俺の眷属だ。
奴らが王国の人間を狩っているはずだ。
こうして神聖王国は終わりを迎えた。
次は魔導王国である。
こちらを後回しにしたことには理由がある。
異世界召喚などの大規模な魔法を使うには、龍脈を使用するのが一番賢い。しかし龍脈は地上にある。空にはない。
空に浮かぶ魔導王国では、異世界召喚を行うことが難しいと判断したからだ。
研究自体はできるが、実験は地上で行う必要がある。そのため空の上の魔導帝国は後回しにしていた。
しかし研究自体が禁忌である。そのため、魔導王国を滅ぼすことに変わりはない。
そろそろ魔導王国を滅ぼすことを始めようと思う。
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