第36話 俺の新生とシズクの目的



俺の目の前には俺を殺すのに十分な炎があった。もう間もなく俺のことを呑み込むだろう。


避けるか?……無理だな。避けられない。


防ぐか?……無理だな。防げない。


避けることも防ぐことのできない炎だ。


俺は不本意だが、覚悟を決めることにした。


そして俺は炎に呑み込まれる。


それと同時に俺は炎を吸収する。不可能ではない。ただ炎を相性が悪いため、俺自身にダメージが入る。


俺を構成する部分にダメージが入る。俺は俺自身を燃やされながらも、炎を克服した新たな俺を創造する。


上質で大量の炎だ。俺の拙い技術で吸収しても、新たな俺を創造して十分なお釣りがくる。


正直に言えばこれは気が進まない。今回はこれしかないから、この方法を取っている。


これをすれば俺は『火』を克服した新たな俺になれるだろう。


それは大地様によって創造された俺が変化するということ。大地様が与えてくれた体を書き換えたということ。


大地様が俺に残した繋がりが消えていくということ。


悲しい。とても悲しい。その一方で俺は大地様という繋がりが消えて自由になる。俺が自由になる。


だから嬉しい。とても嬉しい。


悲しさと嬉しさが俺の心の中で混ざりあっている。


変化を嫌いつつも、変化することが嬉しい。心の矛盾が混ざり合う。


そして俺は新たな俺となる。


この炎の中で生まれ変わる。


『火』は死と再生を司ると聞いたことがある。不死鳥や鳳凰、フェニックス等がその典型的な例だろう。


俺も同じようにこの炎の中で、生まれ変わる。不本意だが生まれ変わる。


そうするしかないからな。


……シズクはこれが狙いだったのかもしれないな。そのためにカエデを利用した。


本心は分からない。


分かっていることは一つある。


これで解決する。俺が生まれ変われば解決する。


元々俺は世界の異物と認識されていた。だから排除のために『勇者』が来た。


カエデが『勇者』で『火』の力を授かっていた。


俺がカエデを殺さなかったのは、新たな『勇者』が来ないようにするため。『勇者』が死ねば新しいものが準備される。だから殺さない。そうすれば新しい強力な『勇者』が来ないから。


でも俺はここで生まれ変わる。この世界で生まれ直す。


そうすれば俺は異物ではなくなる。排除すべき理由も無くなる。


戦う理由も無くなるということだ。


俺はドロドロに溶かされながらも、炎で繭を作り新しい自分を作り続けた。



******



最初は俺を包んでいた炎は、次に繭となり大きさを縮めていった。


やがて3メートルくらいの繭になり、その中で俺は新しい体を作り上げていく。


そして炎の繭は消え去り、俺が姿を現す。


新しい体は見かけは特に変更がない。前と同じくそれなりに大きな太った体型だ。顔も変わらず大地様と同じ顔。


ただし今回の俺は『金』と『火』の二つの属性を持つ。弱点であった『火』も克服している。


それとこの世界で生まれ直したことから、俺は世界の異物ではなくなった。世界は俺を排除しない。


それはカエデが戦う理由を失うことと同義である。


俺の目の前にいるカエデは、急激に戦う意思が消えて呆けていた。力自体は『勇者』として目的を果たした後も、すぐに消えることは無いだろう。


もしかしたら徐々に弱くなるかもしれないが、『火』を扱う才能は残っている。これはカエデ自身のものだ。『火』の精霊に気に入られているから、『勇者』の力を失っても実力は訓練次第でそこまで変わらないだろう。


シズクを見れば、シズクは満足そうに頷いていた。


やはり今回のことは、シズクの思い通りに事が進んでいたということか。


俺が大地様に縛られているのも弱いままでいるもの、シズクにとっては耐えがたいことだったのだろう。


シズクは俺に何を求めているのだろうか。


クズノハとターニャは驚きながらも笑っている。


こいつらにとって戦うことは自然なことなのだろう。負けて死ぬことは当たり前。多少予想外のことはあったが、勝って強くなればそれは喜ぶことだ。


それが彼らの常識なのだろう。多分。


「マイダーリン」


気が付くと、いつの間にか隣にシズクがいた。カエデは呆けており、戦いは終わったとみてよい。


なら俺に近付いても、おかしいことではないか?


「強くなりましたね。マイダーリン。

 ……そこで、お願いがあります」


「お願い?」


「はい、『竜』になってください」



******



『竜』。それは竜であり龍でありドラゴンである。


様々な呼び名があるが、共通することは意志を持つ強い災害である。


生きている災害というほうが妥当か?


例えば帝国のアイスドラゴンは、氷の大地で暴れまわる災害である。


魔物とかそういう次元の存在では無い。


地球でいえば台風とか地震に相当する。


倒すべきものではなく、やり過ごすべきものだ。


生きて意志を持つ台風や地震。それが『竜』である。


「それで『竜』になれとはどういうことだ?」


俺たちは誰もいない火山地帯で、地べたに座りながら話をしている。


「そのままの意味です。災害と呼ばれるレベルまで進化してください。

 まだ進化することはできるでしょう?」


シズクはニコニコと笑っていた。


確かにシズクの言う通りであった。エルフやドワーフを作ることで、ターニャとクズノハとカエデは精霊と妖精から力をもらっていた。


俺は奴らに利用されるのが嫌で、敢えてもらっていない。


しかしそれをもらうことで、更に俺は進化できる。シズクが言っていることはそういうことだろう。


そこまで強くなって何をしようというのか?


「……シズク。お前の目的はなんだ?

 『竜』になった俺に何をさせたい?」


「王国の壊滅」


シズクは端的に答える。


なるほど。それを行うには、『竜』が必要になるだろう。


でも何故だ?何故それを行う必要がある?


「……シズク。確認なのですが、壊滅させるのは神聖王国ですか?

 それとも魔導王国ですか?」


クズノハが口を挟んできた。


「両方です」


シズクは相変わらず笑っていた。


「何故?」


「……王国は。この場合の王国は両方の王国を指します。

 王国は異世界召喚を行おうとしています」


!?俺は心底驚いた。


「それはあり得ないでしょう。

 神聖王国は神聖教国の生き残りによって作られた国です。

 神聖教国は魔導王国を敵とみなしていました。

 手を組むなんて考えられません」


クズノハが一般論を述べる。


「ええ、手を組んでいるわけではありません。

 両方の王国がそれぞれ異世界召喚を企んでいるのです」


それなら考えられるか。


神聖王国は人間至上主義の国だ。最近は帝国や獣人連邦から攻め込まりして、弱体化していると聞いている。


内部での権力闘争が原因との意見もあるが、弱体化していることは事実だ。


なら現状を打破するために、異世界召喚を企んでもおかしいことではない。


魔導王国は魔法至上主義だ。魔法の実験として異世界召喚に興味を持っても、おかしいことではないだろう。


多少の犠牲は目を瞑るはずだ。


「……どうしてそんなことを知っている?

 どこから情報を得ている?

 …………『爺』か!?」


俺は話しながら考えていた。どうしてシズクがそんなことを知っているのだろうか?


どこから情報を得ているのだろうか?


そんなことが可能な存在は誰だろうか?


こんなおかしいことができるのは『爺』しかいない。『爺』以外には不可能だ。


大概おかしなことには『爺』が絡んでいる。


確信を持って言える。


裏側で動いていたのは『爺』だ。そしてその手足となっているのが、俺の主である大地様だ。


「正解です。『爺』が計画して、大地様が動いておりました。

 私はこちら側で実行するための役割を担っております」


ニッコリと笑うシズクの笑顔の奥に、俺は『爺』の顔をダブらせていた。



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