第32話 精霊たちが管理する森



前回のまとめ。


エルフは老け専。ドワーフは幼児愛好。


俺は頭が痛くなっていた。本来俺の体調は常に最適に調整されており、頭痛が起こることは無いはずである。


しかし実際に頭が痛くなっているのだから仕方がない。


これは俺の理解できる範疇を超えているのだろうか?


「マイダーリン。現実を見てください。

 エルフが老け専。ドワーフは幼児愛好です」


シズクが俺が直視できない現実を突きつけてくる。


俺たちはエルフドワーフ連合国に向かっているが、大丈夫なのだろうか?


「大丈夫か大丈夫でないかでいえば、大丈夫です。

 私たちはエルフとドワーフのどちらの嗜好にも、当てはまりません。

 つまり恋愛関係による揉め事はないということになります」


シズクはずいぶんと前向きだな。


「しかしその一方でどちらにも当てはまらないため、対応がおざなりになる可能性が非常に高いといえます。

 エルフとドワーフが排他的と言われるのは、性的嗜好に当てはまらない相手に対して冷たいからという面もあります」


クズノハが別の側面について説明を行う。


「……別にどちらにも好かれなくても、問題がないように思うけど?」


「いや、問題あるでしょう?」


俺の意見にクズノハは即座に反論する。


「私たちは帝国で嫌われて無茶ぶりされたため、帝国を見限りました。

 連合国に好かれないということは同じようなことが、また起こるかもしれません」


その可能性があるか。


「でもまぁ、何とかなるだろう」


俺は楽観的な意見を述べた。


「これまでも色々あったが何とかなったんだ。

 何とかなるはずだ。

 なるといいなと思っている!」


全く根拠はない。もしかしたらこれまで以上の苦難があるかもしれない。


それでも俺はこの世界で生きていこうと思う。


他に道はないのだから。



******



俺たちは無事にエルフドワーフ連合国に辿り着くことができた。特に今回は問題がまだ起こっていない。


というより起こりようがなかった。


俺たちはだだっ広い森の中にいた。火山と森からなる国。それがエルフドワーフ連合国だ。俺たちはその国の中に足を踏み入れている。


しかし国の中には誰もまだいない。


領土してみるならエルフドワーフ連合国の内部なのだが、実際のエルフやドワーフがいるのはもっと奥ということだろうか?


「エルフドワーフ連合国は広大な森と火山を有するが、人口自体はそこまで多くない。

 エルフやドワーフの集落はもっと奥ですね」


俺の心の中の疑問に答えるようにクズノハが口を開く。


「だったら帝国とかに領土を切り取られないか?

 ……ああ、そういうことか」


俺はこの森を帝国が攻めていない理由を体感した。森の木に精霊が宿っている。もしかしたら妖精も交じっているかもしれないが、姿を見せていない状態での見分け方が分からない。


「そうです。この広大な領土を守っているのは精霊と妖精です。

 エルフとドワーフは精霊と妖精によって守られた存在です」


「精霊が守るのは国の中のエルフとドワーフだけか?」


俺は帝国で出会ったエルフを思い出しながら尋ねる。


「……マイダーリン。マイダーリンは気が付かなかったのかもしれないけど、帝国に居たエルフにも精霊は憑いていた。

 精霊は国と個人の両方を守っていると思う」


マジか!そうなると精霊というのはかなりやばい存在だな。


俺は陰陽師である大地様によって生み出されている。その関係で陰陽師としての技術も、それなりには持っているつもりだ。


その俺が全く気が付かないような『隠形』を精霊は使っていた。技術だけでいえば、俺は精霊の足元にも及ばないということになる。


もちろん戦闘となれば、技術だけで全てが決まるわけではない。魔力の量や質等も影響を及ぼすだろうし、身体能力も関係があるだろう。


ここで問題となるのが魔力生命体である精霊は、自然から生まれたということだ。それはつまり自然を操る魔法を得意としている。更に自然の魔力を自分の魔力にすることも、得意としているだろう。


あまり外部からの魔力を使い過ぎると自我が崩壊する恐れがあるものの、それさえ覚悟すれば考えるだけで恐ろしい魔法が使えるということになる。


特に異世界は魔力の濃度が濃い。これは精霊が自分たちに有利になるように、意図的に行っていると考えていいだろう。


結論を言えば、エルフやドワーフと揉めることは危険だということだ。下手すれば精霊や妖精が巨大な魔法で攻撃を加えてくる。


考えただけで俺の背筋は冷える思いがした。


「だから『爺』は地球の魔力を吸いつくしたんですよ。

 精霊と呼ばれるようなものは、あまり賢くない。

 自分のお気に入りを守るために何でもする。

 人間や地球にものすごい影響を及ぼすようなことも平気で行う。

 それ故に『爺』は地球から精霊と妖精と呼ばれるような魔力生命体を絶滅させた」


シズクが地球で『爺』が行った行為の裏にある事情について言葉にした。しかし。


「……もう少し場所を考えて言葉にしてほしいと思う」


ここは精霊がいる森の中。シズクはその中で精霊を絶滅させた話をしている。


当然精霊にもその声は届くだろう。


森の空気が重くなったように感じられた。


「コウテツ!どうする!?」


ターニャは臨戦態勢を整えている。判断が速いと思うが、どうするつもりだ?


「ターニャ。『待て』だ。

 攻撃を仕掛けるなよ。

 戦って勝てるような相手じゃない」


「それについては旦那様の意見に賛成。

 精霊に喧嘩売るって、自殺行為と思います」


クズノハも魔法を使うがクズノハはどちらかというと、技術による近接戦闘を得意とするタイプである。


精霊などとは相性が悪いといえるだろう。ターニャについては攻撃が当たるのかすら不明である。全く手も足も出なくても、おかしい話ではない。


相性という部分でいえば、カエデは相性が良いだろう。カエデの勇者としての力である『火』は精霊を宿っている木ごと焼き滅ぼすことができる。今のカエデだと精霊相手にどこまでやれるのかは不明だが、他の二人よりも相性がいいことは確かだ。


俺についても相性が悪い。俺はパワーで捻じ伏せるタイプだ。そういう意味では少しやりずらい。全く対応する手がないわけでもないが、カエデのほうが精霊相手だと分が良いだろう。


「……シズクは精霊の相手ができるのか?」


俺は興味本位で聞いた。


「相性はいいですよ。私だけで殲滅できるくらい相性はいいです」


シズクはニッコリと笑った。


「……シズク。こちらから攻撃するようなことはするなよ。

 振りじゃなくて、本当にやめろよ」


俺はシズクに釘を刺す。


「大丈夫です。前にも言いましたが私は殺すことが嫌いです。

 魔物のような相手か、余程のことがない限り殺しはしません」


俺たちは緊張感を持って、森の中を進むことになった。



******



俺たちは森の中を進んでいる。


「……この森の中は人造魔物がいないのか?」


俺は少し気になったことを口にする。先程から森の中を進んでいるのだが、よく見る人造魔物の姿がなかった。天然魔物は何匹か、いた。全てターニャが始末している。


やはりスピードでは誰もターニャには勝てない。


こういうところは狼獣人の恐ろしさがよくわかる。


「この森には人造魔物は存在しませんよ。

 全て精霊によって殺されて食べられてしまっています」


精霊は肉食?いや、肉も食べるということか。恐らく食性としては雑食。


食べたものを俺と同じように全て魔力へと変換するのだろう。


「なるほど。精霊によって見守られて、管理されている地か」


俺は視覚を強化して先を見る。多少木々が邪魔で見えずらいが、俺たちのとりあえずの目標であるエルフの集落が見えてきた。


それにしてもずいぶんと時間がかかったものだ。



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