第29話 『竜』の襲撃と現状の確認
俺の愚直な行動が功を奏したのか、何とかシズクの機嫌は通常水域へと戻ってきた。
魔物もほとんどが屍になっている。何体かは俺たちを無視して人里へ向かったが、他の冒険者がきっと何とかしてくれるに違いない。
俺は人造魔物を中心にその死体を胃袋へと収納していた。先程のクズノハとの争いで貯蔵していた死体をだいぶ消化してしまった。そのため再度溜めこまなくてはならない。
「シズク、魔物はもう大丈夫か?」
俺は後ろから抱き締めて、俺の腕の中にいるシズクに確認する。
「……問題ありません。
?…………いえ、残り一体です。デカいのが遅れてきました」
俺はシズクの声を受けて、自分の『眼を強化』する。遠くにいるが巨大な魔物が見えた。
とても巨大な魔物だ。4つ足で羽を持ち、首は長い。白い鱗を持つその姿は『竜』!
「シズク!『竜』だ!
全員起こして逃げるぞ!!」
流石に『竜』は無理だ!戦いたいとは思わない!
勝てる勝てないの話ではない。戦うか戦わないかの話である。そして俺は即座に戦わないことを決めた。
「マイダーリン!
カエデは起きません!ターニャも同様!それからクズノハも無理です!
置いて逃げますか!?
抱えて逃げ切るのは不可能です}
カエデは疲れが限界で起きることは無い。ターニャは微妙だが、さてはこいつ配分を考えてなかったな?
通常だとある程度の疲れで休むところを、ターニャは限界まで戦っていたようだ。恐らく俺たちがいるから完全に油断して無茶したのだろう。
ターニャも馬鹿だから起きられない。
クズノハは俺が持久戦を行った影響で倒れたままだ。
この3人を抱えて逃げて、逃げ切るのは難しいだろう。俺たちは大規模な『探知』でこちらの位置を知らせている。『竜』はそれを頼りにこちらへと向かってきている。
3人を見捨てるか?それが一番安全な手段だ。ターニャが死ねば獣人連邦から何か言われる可能性もあるが、そんなものは無視すればよい。俺たちは獣人連邦にこれから向かうような用事はない。
狼獣人族に対してのみ恨まれるだけだ。『竜』と戦う理由にはならない。
どうする?俺は頭を悩ませていた。
「……少し危険ですが、隠れますか?」
シズクが別の提案をしてきた。
俺は少し考えた後にその提案を実行することとした。
何故だろう?何故俺は見捨てられなかった?
ターニャに対して抱いたことで情が湧いたのだろうか?……それは違う。
カエデが死ねば、次の勇者が来る。俺はそれを恐れたのだろうか?……それは違う。
クズノハは俺の敵だった。助ける理由がない。
俺は損切が苦手なのだろうか?……そうかもしれない。
多分俺は自分の財産であるこいつらを失うことが勿体ないと考えたのだ。何ともケチ臭い考え方だろうか。その考え方では、いざという時に間違いを犯す。
何が一番大切か見失わないようにしなければならないはずだ。そうしないと全て失う。
俺は考え事をしながら氷の大地に穴を空けていた。俺たち5人が入れるだけの穴を空けると、そこへ全員が入り『結界』を展開する。
『結界』は穴を塞ぐ形で展開して、俺たちを隠すためのものだ。『結界』の上から『隠形』を重ね掛けする。
これで俺たちが穴の中に隠れていることが、分からなくなるはず。そうであってほしい!そう願っている!!
俺は『竜』に見つからないことを祈りながら、穴の中で息を殺していた。
『結界』で聞こえるはずのない吐息の音にすら、俺は気を回していた。
******
俺たちは無事に『竜』をやり過ごすことができた。正直に運が良かったと思う。
穴の中から這い出て見れば、後で回収しようと考えていた天然魔物の死体が消えていた。
恐らく『竜』が食べたのだろう。もしかしたら食べたから満足して、見逃されたのかもしれない。真相は闇の中だ。
ただ俺たちは助かった、それが事実だ。それだけでいい。
俺は心の底からそう思った。
「……ふあぁ。もう朝ですか?」
穴の中から眠っていたクズノハが起き出してきた。思ったよりも早い回復のようだ。
「朝というか、これから夜だ」
日は既に沈みかけていた。クズノハはこれを日の出と勘違いしたようだ。
「なるほど。そういえばドラゴンはどうなりましたか?」
「何?」
俺の思考が停止する。
「だからドラゴンです。もしかしてまだ出ていませんか?
例年ですとそろそろドラゴンが出現するはずですが?」
俺の表情は驚きから固まったままになっている。
「もしかしてドラゴンのこと知らずにここに来たのですか?
命知らずですね。
ここに出るドラゴンはアイスドラゴン。『氷』を司る『竜』。
もっとも感知系統は苦手ですので大規模な『探知』を行わない限り、遭遇することはほぼありません。仮に遭遇したとしても『隠形』を使えば簡単に逃げ切れます。
この辺りでは有名なドラゴンです」
通りで他に大規模な『探知』を使う冒険者がいなかったわけだ。
「そういえば大規模な『探知』を使っていたようですから、アイスドラゴンが襲ってきたと思いますが気のせいでしたか?」
俺はようやく固まっていた頭が動き始めていた。
「『竜』については隠れることで何とかやり過ごすことができた。
この辺りに住んでいるものは、どうやってやり過ごしているんだ?」
「『隠形』ですね。この辺りでは必須の能力です。
魔物は戦って倒しますが、ドラゴンはそうはいきません。
ドラゴンが近付けば、村単位で『隠形』を使い隠れます」
「『竜』のことはこの辺りでは常識なのか?」
「えっ?……ええ。結構有名な話ですので、常識といってもいいですね」
そっかー。そういうことかー。
「どうかしましたか?旦那様?」
俺の様子がおかしくなったため、クズノハは俺のことを心配してくれていた。
「大丈夫だ。問題ない。
ところでお前のことを詳しく聞いてなかったが、お前はいったい何者なんだ?」
「私ですか?私は狐妖怪のクズノハ。
帝国の裏社会で生きる者です」
「何らかの組織に属しているのか?」
「いえ、どこにも属していません。
フリーのなんでも屋ですね」
「それで俺の噂を聞いて興味本位で確認しに来たと?」
「そうですね」
なるほど。今回は面倒な揉め事は起こらないとみても大丈夫かな。
「俺たちについて一応教えておこう」
俺は先に穴から出ていたシズクを見る。
「俺の名前はコウテツ。人間じゃない。
あそこにいるのは奴隷のシズク。これも人間ではない。
穴の中で眠っているのが、俺の奴隷のターニャとカエデ。
ターニャは元『九尾』。カエデは人間で成長途中の『勇者』だ。
それでお前も俺の奴隷になる」
俺は決定事項をクズノハに伝えた。
「はい。私は旦那様に完敗しました。
謹んで奴隷になることを誓います」
俺はクズノハに勝った。だからこれは当然である。逆に負けていたら俺が奴隷にされていたのかもしれない。
「……それにしてもずいぶんのんびりと寝ているな」
「疲れているようですし、寝かせていても問題ないのでは?」
シズクがいつの間にか俺の隣にいて、俺の右腕に絡みついていた。
「初めましてシズクさん。私はコウテツ様の妻のクズノハと申します」
俺の左腕にはクズノハが絡みついていた。どちらも絶妙な感じで絡みついており、自力での脱出は困難だろう。
「初めまして、クズノハさん。『第一夫人』のシズクです」
シズクはにっこりと笑っている。ところで『第一夫人』って何?
初めて聞く単語だと思う。
「となると私は『第二夫人』ですか?」
だから『第二夫人』って何?
俺は心の中で叫んでいた。
「マイダーリンに説明すると、帝国は一夫多妻制。
魔物討伐などで男性が死亡し不足するため、このような制度となっている。
『第一夫人』シズクが一番目の妻、『第二夫人』クズノハが二番目の妻だよ」
シズクから冷静に説明をされた。俺は混乱から立ち直れていない。
……そういえばカエデとターニャはどうなるのだろうか?
「ターニャは結婚してないけど肉体関係だけあるから妾で、カエデは肉体関係もないからただの奴隷」
シズクは淡々と答える。
俺の知らない間に色々と決まっていたようであった。
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