第26話 氷の大地での戦闘と闖入者
「魔物多数感知。こちらに気が付きました。
再度『探知』を行いますか?
シズクの問い掛けに俺は頷く。
「ああ、適度に『探知』を行い魔物を誘引しろ。
人里に向かうものはあるか?それだけは注意してくれ」
俺はシズクに指示を行いながら、戦闘態勢を取る。魔物も俺たちのことを襲いたいと考えているはずだ。こちらの場所は『探知』によって知らせている。
待っていても魔物が来る予定である。
「コウテツ。待っていられない。
攻めに行ってもいいか?」
「ダメだ。ターニャ。もう少し待て。
今回の作戦は人里を守るのが主目的だ。
一番早いお前には人里を向かう魔物を、積極的に狩ってもらう必要がある。
シズクとの連携を怠るな」
魔物の中にはこちらを無視して、人里を目指すものもいるかもしれない。人里も魔物に対して無力ではないから、多少は平気だと思う。しかしそれは俺たちが魔物を取り逃がしていい理由にはならない。
人里に向かうような魔物は、優先して狩らないといけない。
「……カエデ。お前もシズクの指示に従うように。
それと孤立しないように注意しろ。
シズクはカエデから目を離さないようにしてくれ」
「……」
「分かっています。カエデのことは任せてください」
カエデは俺の言うことに返事を返さなかったが、シズクに任せていれば大丈夫だろう。
俺は攻めてくる魔物の群れを見た。一番多いのはやはりゴブリンか。
寒冷地仕様の人造魔物は白い毛で覆われていた。恐らくあの白い毛が保護色と防寒を兼ねているのだろう。
大きさ的にオークやオーガもいる。それに四足歩行の大型種は白熊か。狼や狐もいるようだ。
……もしかしたら魔法を使う魔物もいるかもしれないな。
魔物はもれなく魔石と呼ばれる魔力を秘めた石を体内に持っている。そのため魔物によっては魔法を使う魔物も実在していた。
特に天然魔物はその傾向が強い。人造魔物は基本力押しという印象だ。
「……やっぱり『氷』系統の魔法か」
魔物は魔法を使ってこちらを攻撃してきた。少し体の位置を変えて、それとなくカエデのことを守っておく。
魔法は氷の塊を飛ばしてくるようなものがほとんどだ。中には氷を尖らして、攻撃力を上げているものも見られる。しかし所詮は氷。コウテツである俺の肉体を傷つけるようなものは見当たらない。
ターニャは氷の塊を避けながら、魔物の方へと走り出していた。どうやら『待て』はできなかったようだ。
シズクは防御結界を張っており、カエデもその中に入れているようだ。なら俺もターニャに続くか。
「シズク。人里に向かうような魔物はいるか?」
「今のところはいません」
「なら俺もターニャに続く。
ここは任せる」
それだけ言うと、俺も魔物の群れに向かって走り出す。俺もターニャのことは言えないな。
******
戦いは乱戦模様になっていた。ターニャはスピードを生かして次々と魔物を倒していた。しかし白熊やオークやオーガといった体が大きい魔物は戦うのを避けていた。ターニャは自分のできることと出来ないことの区別はつく。ただ無理をする時があるだけの馬鹿者だ。
俺はスピードがある魔物についてはターニャに任せて、どちらかといえばパワー系統の魔物を倒していく。
白熊やオークやオーガといった魔物になる。俺とターニャは狙う獲物が被らないようにして戦っていた。
シズクの方は俺たちを無視して人里に向かおうとしている魔物を中心に倒していた。影を操る魔法で小物を中心に倒している。俺と同様の大物は火力の調整ができないカエデの炎で倒している。
どうせ調整できないのなら、高火力が必要となるような相手と戦わせているようだ。
これならしばらくは問題ないだろう。
俺の方は倒したオーガやオーク、ターニャが倒したゴブリンなどを中心に捕食していく。長期戦を見越して補給も重要だからだ。
天然魔物を食べないのは、美味しいらしいので後でゆっくりと食べるためだ。
俺たちは好き勝手やっているが、俺たちの他にも冒険者が魔物討伐に出ているはずだ。そのことを考えれば、少しの魔物が人里に向かっても大丈夫なはずだ。人里も何度か襲撃を受けていれば、防衛を整えているはずだろうし。
俺はとにかく大物を確実に葬り去ることを考え始めていた。
******
予想はしていたが、戦いは長期戦となっている。強い敵が多いではなく、ただただ敵が多い。そのため手が足りなくなってきていた。
狼獣人のターニャは鍛えていて体力はかなりあるほうだ。それでも今はシズクに守られながら疲れのために眠っている。
カエデに至ってはもっと早くからダウンしていた。恐らく復帰は難しいだろう。ターニャは少し休憩すれば戻ってくると思えるが。
「……数が多いな」
「4人で挑むような数ではありませんね。さすがに複数の魔物が私たちの手を逃れています」
「そちらはいるかどうかわからないが、他の冒険者が倒すことを祈っていよう」
「何に対して祈るのですか?」
「もちろん大地様だ」
俺とシズクは笑いあっていた。
「それにしても」
「ああ」
「4人で挑むような仕事ではありませんね」
シズクの言うとおりである。俺たちは指名依頼の内容として直接に氷の大地に赴き、魔物討伐を行っている。
普通に考えて何組かのパーティを集めて集団戦闘で戦うような規模の魔物の群れである。俺たちはまだまだ魔物と戦えているが、余程のパーティでなければ全滅していてもおかしくない。
「……依頼内容の殺意が高過ぎだと思うんだが」
「むしろ殺すための依頼なんじゃないですか?」
そう考えると断ったほうが良かったのだろうか?
「難しいところですね……」
シズクは俺の心を読みながら回答を行ってくる。
「私たちは完全に冒険者ギルド及び帝国に目を付けられています。
刺客を送られてもおかしくありません。
帝国は獣人連邦とは直接の国境を接していないこともあり、仲はそこまで悪くありません。帝国と仲が悪いのは王国です。
私たちが王国に向かうとなれば、確実に刺客が送られるでしょう。
そういう意味では王国との国境にある辺境都市オーランドに向かうのは、かなり危険であるといえます」
「……俺たちが王国を毛嫌いしているとしてもか?」
「そういう態度を取っていたから、獣人連邦行きが見逃されたとみてもいいでしょう」
「それは俺たちを倒すための準備が整っていなかったからじゃないのか?
適当な駒としてツンドラをぶつけてみたが、俺たちは潰れなかった。
俺たちの倒すための準備が整っていないと判断して、獣人連邦に行くように仕向けたというのが実際のところだと思う」
「なるほど。そうかもしれませんね。
……ねぇ、あなたはどう思います?」
シズクは誰もいないはずの場所に目を向けて問い掛ける。
「もしかしてまだ気が付いていないと思っていますか?」
シズクの声を聞いて、俺もその場所を『凝視』する。
中々見事な『隠形』だな。かなりの手練れだ。
「初めまして、俺の名前はコウテツ。
お姉さんの名前を教えてもらってもいいですか?」
俺は隠れている狐獣人の女性に向けて、問い掛けた。いや、狐獣人ではないな。
あれは別物だ。
「初めまして、コウテツさん。
私の名前はクズノハと申します」
姿を現した狐の『妖怪』はクズノハと名乗った。クズノハはこの寒い中で花魁のような服装をしており、手には煙管を持っていた。髪の色は銀色で、瞳の色は金色。
顔は『幻術』で狐のような顔を張り付けているが、実際は人間の顔をしている。ちなみに美人。
尻尾も生えているが、あれも『幻術』のようだ。実際は生えていない。『幻術』で隠している真なる姿は人間のように見える。
しかし体に隠している恐ろしい力が、彼女が人間でないことを示していた。あれは年を経たものが変異して到達する『妖怪』。
真なる姿に隠しているものを紐解けば、彼女は狐の妖怪だろう。
元が狐か狐獣人かは分からないが、年を経て妖怪に至ったものだ。
「……それで『妖怪の』クズノハさんがどのようなご用件で?」
俺の言葉にクズノハは驚いた顔を見せると、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……へぇ?『隠形』を見破るだけでなく、そこまでわかるとは驚きです。
なかなか興味深いですねぇ」
笑みを強くするクズノハを見て、俺は背筋に冷たいものが走った。
とても嫌な予感がする。
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