第24話 決闘の決着とこれからについて
シズクに勝利を収めた翌朝、俺は赤い顔のターニャから睨まれていた。
「コウテツ?今日は決闘なのだぞ?
何を考えている?」
……そうか。狼も鼻が利くのか。シズクとの戦いの匂いが残っていたようだ。
「狼獣人相手だと、少し洗い流したくらいでは隠しきれませんね」
シズクはニヤニヤと笑っている。
「狼でなくても、その程度は分かるぞ」
今日の俺の決闘の相手、ナダルが俺の前に現れる。俺たちは今、決闘を行う前に宿で食事を取っているところである。
「何の用だ?決闘前だぞ?
その臭い毒の匂いは何とかならないのか?」
やはりターニャは毒の匂いに気が付いていたか。狼だから当然といえば当然か。その上でナダルと戦おうと思っていたなんてなんて馬鹿なんだろう。
「気付いていたのか?」
ナダルは驚いたような顔を見せた。
「当然だ。我が部族の鼻を舐めているのか?」
「それは済まなかった。この匂いに気が付くとは思っていなかった。
しかしなら何故俺と戦おうと思った?
毒を使われたら負けることくらいわかるだろう?」
ナダルは心底驚いた顔をしていたので、毒のことは気が付いていないと思っていたようだ。
「お前神聖なる決闘に毒を使うつもりだったのか?」
ターニャも心底驚いた顔をしていた。部族が違うとしきたりも違う。常識も違う。
互いに考え方がかみ合っていないようだ。
「ね?止めて正解でしょ?」
シズクが呆れたような顔で俺のことを見ていた。
「やはり狼の考えることは分からん。
決闘で決着を付けよう。悪いが先に会場に向かわせてもらおう」
そういうとナダルは出て行ってしまった。
「考えていることが分からないのはこちらのセリフです。
神聖な決闘で毒を使うなんてありえないでしょう」
狼獣人の考えはかなり固いようだ。
「それにして何をしに来たんでしょうね?」
「まぁ挨拶と敵情視察というところだろう」
俺は適当にターニャに返事を返して、朝食を取ることにした。
******
俺は会場にて、虎獣人のナダルと相対していた。
「……お前は素手なのか?」
ナダルは少し俺のことを気遣ってくれているように思える。
「俺の名前はコウテツ。この体は鋼鉄で出来ている。
故に心配は無用だ。俺の全身が凶器と思ってくれていい」
「そうか。遠慮は無用ということか?」
「そういうことだ」
俺はナダルが全力で戦えるように敢えて魔力を開放する。
「……なるほど。全力で行かせてもらう」
ナダルは獰猛な笑みを浮かべて、俺と距離を取る。
「こちらも遠慮はしない」
俺も開始戦まで下がる。審判が俺たちの間に立った。
「始めっ!」
審判の合図とともに硬度を増した俺は全力でナダルへ向けて殴り掛かる。ナダルも大斧を振り上げて、俺に向けて振り下ろす。
予測されていたのか、大斧のほうが俺の拳よりも先に獲物を捕らえる。
「くそっ!!」
俺は大斧によって思いっきり吹き飛ばされた。
かなりの威力があるな。俺の体を傷つけるほどではなかったが、かなりの衝撃である。
「あれで傷がつかないのか。
化け物だな」
虎獣人は俺のことを化け物呼ばわりしているようだ。酷いな。
虎獣人は気が付くと風上にいる。これは奴の毒使いとしての習性だろう。仮に毒を使ってきても俺には通用しない。俺は人間ではなく、式神生命体だからだ。
俺は今までの戦いを通じて、自分よりも強い相手を知っている。
俺は自分が強くならなくてはいけないことを知っている。
だから俺は進化した。
俺は自分の中に魔力を巡らせた。それにより進化した俺の力が開花する。
今までよりも硬く、速くなった。
俺は虎獣人に対して真っすぐに踏み込んで殴りつける。
虎獣人もそれに合わせるように大斧を振るうが、今度は俺のほうが速かった。
俺の拳がナダルの顔を捉える。悪いが手加減できるような相手ではない。
全力で殴らせてもらう。奴も大斧で攻撃を仕掛けてきていたため、少し体勢がよろけてしまったか。
それでも虎獣人のナダルを吹き飛ばすことに成功した。
「まだやるか?」
俺は拳を構え、ナダルを見つめる。
手応えはあった。無傷ではないだろう。しかし会心の一撃とは言えなかった。恐らく立ってくると思う。
問題はまだ戦えるような状態かどうかというところか。恐らくはこの一撃で勝負が決まっている。
奴はかなりのダメージが入っている。しばらく全力を出せるような状態ではないだろう。そんな状態で戦い続けても、俺に勝つことは困難だろう。
ここで負けを認めることが賢い選択だと思う。その一方でターニャなら確実に勝負を続けるだろうなと思う。
「……俺の負けでいい」
ゆっくりと立ち上がったナダルは自身の負けを認めた。潔いことだ。
「潔いな」
「まぁな。これ以上やっても勝てる見込みはない。
なら負けを認めてもおかしいことではない。
もっとも命や誇りが懸っていれば話は別だがな。
狼獣人とは考え方が違う」
虎獣人のナダルはニヤリと笑った。
今回は俺の一撃が決まり、そのダメージからこれ以上やっても無駄と判断してようだ。しかしまだ余裕があった。恐らく逆転する手段は持っているが、この決闘で使うことは避けたようだ。使うことにリスクがあるか手の内を晒すことを避けたか、どちらにせよこの場は俺の勝利で終わることができて良かった。
「それに今回はお前のおかげで助かった。
あの狼に頭を下げることは業腹だが、抗争を起こることは望んではいない。
色々思うことがあったが、今回は少しやり過ぎた。
正直止めてくれて助かった。礼を言う」
ナダルは俺の近くまでくると、俺に対して頭を下げた。
「これに懲りたら、もう関わるのはやめてくれ。
何度も尻拭いをさせられるのはごめんだ」
俺はナダルに対して肩をすくめた。
決闘は俺の勝利で終わり、一応丸く収まった。
******
あの後ナダルはターニャに対しても頭を下げた。俺はターニャが何か言おうとするのを口をふさいで止めていた。これ以上面倒ごとは増やさないで欲しい。
無事に決闘と決闘での約束の履行を終えて、俺は肩の荷が下りた気分であった。
ツンドラの報奨金も貰ったことだし、俺たちは早速獣人連邦から立ち去ることにした。正直ここにいると面倒ごとが湧いて出るように思えた。
「……俺は面倒ごとに首を突っ込みたいと思っていないんだけどな」
俺は一人で黄昏ていた。
「それでこれからどこに向かいますか?」
シズクの問い掛けに少し考えこむ。俺たちがいるのは大陸南部の獣人連邦。さらに南は魔物が支配する未開の森。大陸の中央の不快な砂漠。北部の帝国。西部はエルフドワーフ連合国。東部は神聖王国。
地表にある主な国はこんなところだ。なおエルフドワーフ連合国はほぼ森で覆われている。森でないところは火山であり、生活がしやすいとは思えない。帝国の北は氷の大地。生き物が生きていける場所ではない。王国の東に海があるらしいが、そもそも王国には近づきたくない。
「……難しいな。やっぱり帝国に戻るのが一番か?」
獣人連邦は面倒ごとが起きそう。神聖王国は近づきたくない。エルフドワーフ連合国はエルフとドワーフ以外に対して排他的。砂漠は論外。そうすると消去法で帝国になる。
「帝国は私たちを外に追放したいみたいですけどね」
シズクの発言を聞いて、俺はさらに頭を悩ませる。
「……他の選択肢としては空飛ぶ魔導王国だが、こちらは空を飛ぶことができる魔法使い以外は入国が認められない」
ターニャは空を行く魔導王国について考えるが、条件が合わず却下する。
「……俺たちは人間と獣人族が混ざっている。そうするとやはり帝国しかないな」
帝国での扱いは酷いものになるかもしれないが、他の選択肢がない。
俺たちは再び帝国へ戻ることを決めた。
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