第22話 ターニャとの決着と『最強』の重さ
先に仕掛けてきたのはターニャであった。ターニャは開始と同時に俺に全速力で全力のパンチを繰り出してきた。
速い!
そう思った時にはターニャのパンチは俺の顔を捉えていた。
気が付くとターニャは俺を二発殴った後に距離を取っている。
これで確信した。ターニャは弱い。
確かにターニャのスピードはツンドラよりも上かもしれない。しかしパワーが足りない。恐らく手数で勝負するスタイルなのだろう。あのスピードなら納得できる。
そんなことを考えていると、もう二発ターニャからパンチをもらった。俺は強度を増している。俺自身のダメージはほぼないに等しい。
ターニャを見ればあまりの硬さに顔を顰めている。俺は俺自身の硬さには自信がある。そしてスタミナもある。
まずはカウンター狙いでターニャが攻撃した瞬間に攻撃を仕掛けてみるか。
ターニャは俺と距離を取りながら、俺の周りを動いている。向こうもこちらがカウンターを狙っていることくらいは把握しているだろう。そのため少し慎重になっているのかもしれない。
今っ!!
俺はターニャの攻撃と同時にカウンターでターニャを攻撃する。防御は完全に捨てている。俺自身の硬さだけでターニャから身を守ることが可能だからだ。
現実は無常だ。
ターニャの拳は二回俺の顔を捉えている。俺の拳は空を切るだけだ。
一方的な展開になっているが、ターニャの攻撃は相変わらず威力が足りない。これだとオーガ相手だと倒すのも難しいかもしれない。オーガも体が丈夫でこの程度の攻撃だと耐えられる可能性が高い。オークもかなりのタフさがあるため、倒すまでかなりの時間がかかるだろう。
しかし対人戦として考えた場合はどうだろうか?このスピードはかなり恐ろしいものといえるだろう。ほとんどのものが彼女に攻撃を当てることができないだろう。彼女の攻撃を避けることができないだろう。
彼女が狼獣人最強と呼ばれるのも納得がいく。その一方で『九尾』と言われると、少し首を傾げざるを得ない。何故なら強力な敵を倒す力が足りないからだ。
今もまた二発パンチが俺の顔に突き刺さる。
彼女は攻撃が通用する相手なら、必ず勝てるだろう。その一方で攻撃に破壊力が無く、頑丈さや耐久性の高い相手だと分が悪いとしか言えなくなる。
ツンドラはというと、ツンドラは彼女ほどのスピードはなかった。しかし彼女を圧倒するような攻撃力があった。俺を斬り裂くくらいの恐ろしい剣の冴えがあった。
俺はツンドラについては『九尾』の一角として恐怖する。しかしターニャにはその恐ろしさが足りない。そう物足りないのだ。
再び二発パンチが俺の顔面を捉えた。
俺はターニャを見る。相変わらず動き回っている。息の切れなどは見受けない。スタミナには自信があると思える。
仕方ない。少し策を練るとしよう。
普通にやっても勝てると思うが、かなりの時間が必要となる。俺はそこまで時間をかけたいとは思わない。ならどうするか?
彼女の戦い方は繊細だ。余裕が無いといってもいい。そのスピードを生かして、かなりギリギリで俺の攻撃を躱しながら、彼女は俺を攻撃している。
あまりギリギリで躱すのはお勧めしない。何故って?
簡単なことだ。少しの誤差で攻撃が当たってしまうからだ。ギリギリということは相手の攻撃が少し横にずれるだけで、攻撃が当たるということだ。
相手の動きが少しずれれば、攻撃が当たるということだ。こちらが少し足を滑らせるだけで攻撃が当たるということだ。
俺は普通の人間ではない。式神生命体である。
俺の体は自分の意志で形を変えることができる。長さを変えることができる。普段それをしないのは大地様をかたどったこの体を愛しているからだ。
形が多少、少しの間変化するくらいでこの愛は揺らがない。前置きが長くなったが、俺の腕を少し伸ばすだけで、俺の攻撃が彼女に当たるようになるだろう。
今度こそ今っ!!
彼女の拳は二度俺の顔を捉える。俺の貫手は彼女の顔を掠めるだけであった。
「……腕の長さを変化させたようだな。
しかしその程度で私のことを倒せると思ったか?」
そう言って彼女は地面へと倒れこむ。
「?どうして……?」
「麻痺毒だ。俺の爪に麻痺毒を仕込んでいた」
俺は腕を伸ばすだけでは彼女を倒しきれないと考えていた。彼女は反射神経も良い。異常を感知して咄嗟に避けるかもしれない。ならどうすればいい?
答は簡単。掠り傷を致命傷にすればいい。それが毒だ。
「……決闘に毒を使用したのか!
なんと卑怯な!!」
ターニャは倒れながら俺に悪態をついてくる。
「俺が使ったのは少量でオーガが一瞬で痺れる程度の麻痺毒だ。
その程度の毒を耐えられないとは情けない」
ちなみに人に対して使う毒としては最高に強力なものと言えなくもない。しかしその程度は耐えてもらわないと困る。何故なら最強の名を冠するのだから。
「無茶を言うな。私は獣人だぞ?
オーガが耐え切れないような毒を耐えられるはずがないだろう……」
「お前は獣人族最強の『九尾』だろう?
ならこの程度は耐えてもらわないと困る。最強を名乗るとはそういうことだぞ」
俺は自信満々に持論を述べた。周りを見るとドン引きしているようにも見える。
そんな中、審判をしていた族長を見る。
「審判、お前はどう思う?」
「…………神聖なる決闘に毒を使用するのは卑怯であると考えます」
「ならどうする?
俺の負けにするか?」
「……いえ、再試合に」
「舐めてんのか?
こいつは狼獣人の最強なのだろう?そのくせ、毒の警戒もしてないのか?
毒の耐性も持ってないのか?
これが最強か?違うだろう?
最強を名乗る以上は『竜』に勝てるくらいの実力が必要だ」
俺は『竜』に勝てないだろう。大地様でも無理だ。『爺』なら勝てるかもしれないが、国が最低でも1つ潰れる覚悟が必要だ。当然潰れた国の住人は全て諦めなければならない。
それが『竜』であり、それに勝てる力を持つから『最強』だ。こいつらの『最強』はあまりにも軽過ぎる。その点ツンドラなら勝てるかもと思わせるだけの実力があった。
ターニャにはそれが無い。だから俺は認めない。『九尾』を名乗るのは獣人族の自由だ。しかし最強を名乗る以上は『竜』に勝てると思えるくらいの実力が必要だ。
俺は普段抑えていた魔力を開放する。魔力は俺の体から大量に迸る。それを見て審判の族長は驚いているし、ターニャも声を失っている。
「ターニャ。お前俺に勝てるつもりなの?」
俺はターニャを見下ろしながら、そういった。
「……私の負けです」
ターニャは俺の魔力量を見て心が折れたようだ。やはりこいつはツンドラとは違う。ツンドラなら心が折れることは無かっただろう。
「審判。決まりだ」
俺の声を受けて少し固まっていた審判が再起動する。
「……勝者、……客人!」
俺の名前を憶えていなかったようで、勝者の名乗りを上げるまで少し時間がかかったようだ。
最後まで締まらないな。
「ターニャ。これでお前は俺のものだ。
今から俺はお前に命令する。お前は『最強』を名乗るな。
お前には最強はまだ早い」
俺はターニャを解毒しながら、命令を下した。
******
俺たちは獣人連邦の首都に向かうこととなった。俺の手には狼獣人の族長の手紙がある。これと時空魔法で保存しているツンドラの首さえあれば、俺は報奨金を手に入れることができる。
そういえば金額を聞いていなかったが、それなりに期待できるだろう。
俺とシズクとカエデとターニャが首都に向かうことになる。
ターニャの立場は事実上の俺の奴隷である。さすがに獣人の国で獣人を奴隷にすることはできない。もし奴隷にするにしても別の国で行う必要があるだろう。
『九尾』の称号についてはターニャの手から離れることとなる。元々狼獣人族で一人『九尾』を名乗ることができるルールらしい。つまり『九尾』の一角は狼獣人の持ち物ということだ。
実際に獣人族で強いものを上からとなると、必ず死人が出るような争いに発展し部族間の抗争となる。事実、昔はそれで部族間抗争が起きていたらしい。そのため『九尾』の称号は九の部族がそれぞれ一人ずつ出すように変化したというのが実情のようだ。特に強さに自信がある九の部族から一人ずつ選ばれるらしい。
それでも部族によっては『九尾』を決めるために、死人が出るような事態に陥る部族も存在するらしい。
それだけ九人からなる『九尾』の名前は重いと考えればいいのだろうか。俺には答えは出せずにいた。
まぁともかくターニャは俺の奴隷になるから『九尾』の称号ははく奪される。その称号は狼獣人の族長の手によって、別の狼獣人へ譲渡される予定だ。
俺たちには関係のない話だ。
「……それじゃ、首都に向かうとしますか」
俺たちは狼獣人の居住地を後にして、首都へと向かうこととした。
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