第18話 元『九尾』ツンドラの襲撃



それからの俺たちの旅はしばらくは順調であった。


たまに立ち寄る村も特に問題はなかった。相変わらず森などで魔物に襲われることはあるが、俺の敵になるような強い魔物は出てこなかった。


街道沿いにそんな魔物が出てたまるかという話だ。


問題なのはカエデが落ち込んでいること。どうやら彼女は自分自身の役割について気が付いている。


それは世界の意志によるものかは分からない。でも彼女は自分が俺を殺すために力を与えられていて、それを世界が望んでいることを知っているようだ。


でもその一方で自分の命を捨てようとまでは考えていない。まぁ相打ち覚悟でも俺のほうが先に彼女を殺すから、ハッキリ言えば無駄なんだけどね。


そのことは暴発しないように伝えているから、そのことも彼女が悩む一因なのだろう。


特に問題もなく旅を続けていて、丁度森を抜けたときにそいつらは現れた。


「シス、リス!馬車を止めろ!!」


俺は荷台から御者席の二人に指示を出しつつ、馬車の外に出る。


少し離れた道には一人の男。片刃の剣を構える一人の男。背は高く180センチくらい。かなりがっしりとした体形をしている。恐らく100キロを超えているだろう。


獣人。恐らくは狼。仲間はなし。かなりの使い手と思われる。


「……コウテツさん、あれはダメです」


馬車を止めたシスが男を見て震えている。


「誰か知っているのか?」


俺は視線は男を見据えたまま、シスに問い掛ける。


「……あれは獣人族の元『九尾』の1人です」


「『九尾』?」


「獣人族の最強の九人の俗称です。

 あいつは元『九尾』で獣人族最強の剣士と呼ばれた『ツンドラ』です」


ツンドラという名前らしい男は、俺たちの進行方向を塞ぐように立ちはだかっている。


「……それでそんな男がどうしてこんなところにいるんだ?」


「ツンドラは殺し過ぎたんです。

 強い敵を求め、戦い殺す。彼はやり過ぎて獣人連邦から追放されました」


獣人連邦?確か獣人族が中心となっている国のことか。各部族が協力して作られた国と聞いている。


奴はそこから追放された犯罪者か。それが何故ここにいる?


何が目的だ?


「貴様、中々やるみたいだな」


ツンドラが急に話しかけてきた。


「俺はお前みたいな強いやつを殺すのが好きなんだ。

 わざわざ殺しに来てやったんだ。楽しませてくれよ」


ツンドラが笑みを浮かべていた。どこから聞いたのか、ツンドラの目標は俺のようだ。


俺は自身の強度を上げる。恐らく相性の問題でシズクならツンドラ相手でも楽勝だろう。しかし馬車を止めたことで、魔物が馬車に近づいてきている。シズクには馬車を守りながら、魔物を倒してもらわないといけない。俺が馬車の前に出たのは失敗だったか。


……何だ?ツンドラから香るこの匂い。


「お前、魔物寄せの香を焚いたのか?」


「そうだ。お前には仲間もいるみたいだからな。魔物に少し協力してもらおうと思ったわけだ」


魔物は魔物寄せの香の匂いに引き寄せられるが、ツンドラの放つ凶悪な魔力からツンドラを襲おうとはしないだろう。逆にシズクたちはそこまでの異質さを魔力から放っていない。


襲われるのは近くにいる馬車だ。俺は決断する。


「シズクは馬車を守りつつ、魔物の迎撃。

 シスとリスとカエデは自分の身を守ることを考えろ。

 俺がツンドラを倒す」


俺は拳を握り締めて、ツンドラの方へと構えた。



******



俺はツンドラへと殴り掛かる。しかし当たり前のようにツンドラは避けて、俺の腕を斬り落とそうとツンドラは剣を振るった。


何つ?


ツンドラの剣は鋼鉄であるはずの俺の右腕を切り落とした。


「お前、中々の硬さだな」


切り落とされても、俺の体からは血が出ることは無い。俺はそういう生命体ではないからだ。俺自身の命に別状はないし、切り落とされた右腕ですらまだ生きている。


「……俺の腕は鋼鉄のように硬いはずなんだけど、よく斬れたな」


俺は苦笑いを浮かべていた。


「確かに普通のやつなら無理だろうな。

 しかし俺は才能と長年の修業により、それを可能とした」


ツンドラは自信満々で言い放つ。確かにそれを言うことができるだけの実力が奴にはある。


やばいな。奴なら俺を斬り裂くことができる。奴は俺を殺せる。


俺は体のつくりが人間に似ている。つまり心臓や頭は急所である。人間のように一撃で死ぬほど弱くはない。しかし弱点なのは同じだ。


一番楽なのはシズクが助けに来てくれること。しかしそれを期待しても仕方がないだろう。俺には奴から目を離す余裕がないため、シズクの状況は分からない。


魔物程度にシズクが倒されるとは思わないが、数が多いと倒すのに時間がかかるだろう。


俺はツンドラから少し離れる。余り考え事をする余裕もない。


俺は残った左腕を構える。


隙らしい隙は無い。当然だろうな。仕方ない。あまりやりたくないが、背に腹は代えられない。


俺は斬り落とされた右腕を操り、ツンドラを襲わせる。それと同時に俺が残った左腕で殴りかかった。


「予想の範囲内だな」


ツンドラは飛び掛かった俺の右腕を斬り裂き、剣を翻して俺の左腕を斬り裂く。


「それはこちらのセリフだ」


俺は自分の胸から第三の腕を生やして、その腕で思いっきりツンドラの顔面を殴った。


俺は式神生命体であり。人間ではない。斬り落とされた腕を操るくらいできるし、腕をどこからでも生やすこともできる。


元々俺は大地様を模して造られているため、大地様の造形から離れるような姿になることは抵抗を覚える。しかしツンドラ相手にそんなことはいってもいられなかった。


殺されるわけにはいかない。なら姿が少しくらい異形になっても、許容範囲内だ。


「……少し浅かったか」


俺は左右の腕を生やしながら、ツンドラを見る。ツンドラは俺に殴られて少しよろけたものの、まだ戦意は衰えていない。むしろ嬉しそうに俺を見ている。


「なるほど。貴様は異業種か。これは油断した。

 しかし頭や心臓が弱点なのは人と同じように見えるな。

 とりあえず斬ればわかるか」


完全に目が逝っている。正気ではなさそうだ。


斬られた右腕と左腕は俺の足元まで来て、俺の足から俺と同化していった。


まずいな。魔力などは俺のほうが上だと思うが、技術の方は完全にツンドラのほうが上だ。


「焦っているな。

 貴様の仲間なら助けに来ないぞ。魔物の対応で忙しいみたいだ。

 どうする?どうするぅぅ?」


ツンドラが少しずつ俺に近づいてくる。俺は逆に間合いを開けようとする。本来なら徒手である俺のほうが間合いを詰めないといけない。しかし今の状態で近づくことは、斬られることを意味する。


「どうした?来ないのか?

 なら俺から行こうかなぁ?」


肉を切らせるか?いや、奴なら骨まで断つだろう。奴の剣は危険だ。


「……」


ツンドラの雰囲気が変わる。こちらを斬りに来るつもりだろう。


俺は覚悟を決めて拳をツンドラに向ける。


防ぐことは不可能。なら先に殺すしかない。どうやって?ただただ全力で殴るしかない。


「死ね」


それはどちらの言葉かは分からない。しかしそれはきっかけとなった。


俺は最短でツンドラの心臓を殴りに行く。ツンドラは俺の首を斬りに行く。


勝負は一瞬であった。


ツンドラの剣が俺の首を斬り裂いた。俺の首から上が宙に舞う。そして俺の体はツンドラの心臓を貫いていた。


「運が良かったな。奴が俺を人間を殺すように、首を斬り裂いてくれたおかげで助かった。

 心臓や頭を狙われていたら、かなり危なかった」


まぁどちらかを潰されても、俺は即死しないからツンドラを殺せていただろう。


俺は宙を舞っていた首を肉体で掴んで、元の場所へと戻す。人間でない俺は首が繋がり、元に戻ることができた。


「本当にやばかった。死ぬかと思った。

 この世界には俺よりも強い奴も、たくさんいるようだな」


今回は運よく勝てたが、次もうまくいくとは限らない。相打ち覚悟の俺の拳が避けられていたかもしれない。そうすれば、俺の敗北は必至だ。


「お前は俺より強かった。でも生き残ったのは俺だ。

 俺の糧となり、俺の中で生きていてくれ」


俺はツンドラの首から上を残し、それ以外の個所は俺の体内へと吸収させた。ツンドラの首は一応盗賊として提出するために、時空魔法で保存しておく。


俺は後ろにある馬車とシズクたちの様子を窺う。どうやらそろそろ魔物たちは全滅するようだ。ほとんどがシズクによって倒されているが、一部はカエデの炎で始末されていた。


「カエデ、魔法の扱いには慣れてきたか?」


今回の魔物はカエデのための、丁度いい実戦になったようだ。


俺たちはこの度での最大の障壁を乗り越え、旅を続けることとなった。



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