第17話 初めての村とカエデの役割



俺たちは街道沿いにある村に着いた。その村は老若男女併せて100名程度が暮らす小さな村であった。


村の若者は何人かいるが、そこまで強そうには見えない。たしかに農作業などで鍛えられており、それなりの強さはあるだろう。


しかし俺を害するようなレベルではない。老人なども魔力の漏れ具合などから、魔法使いと仮定しても、俺たちを倒せるほどではないだろう。


日も暮れかけていることだし、今日は村長の家で休ませてもらうことにした。


正直に言えば盗賊ではないかと疑っているが、証拠は特にない。そのためこちらから仕掛けるようなことはできない。


「……突然にお邪魔して申し訳ありません」


村長の家で食事を前に、俺は頭を下げた。俺とシズクとカエデの前にだけ食事は置かれて、シスとリスの前には何も置かれていなかった。

どういうことだろう?

このためシスとリスは機嫌が悪そうだ。


「なにこの村には宿などが無いため、仕方ありません」


二人の獣人が目に入れず、村長は笑って対応してくれている。


「ところでお願いがあるのですが」


ん?なんだろう?


「実は隣の村が裕福そうですので、襲っていただきたいのです」


村長は笑顔でそういった。


……ちょっと待て。どういうことだ?


「見たところかなりの腕前とお見受けいたします。

 その力で隣の村のものを皆殺しにしていただきたいのです。

 財産は山分け、田畑は荒らさないようにお願いします。

 私たちの村が接収する予定ですので」


村長はニコニコ笑っている。


「……どういうつもりですか?」


俺が尋ねると、村長は不思議そうに答える。


「どうもこうもないでしょう。

 隣村が我らよりも裕福になっている。許されることではない。

 私たちは彼らを殺して、それを正さなければならない。

 あなた方はそのために遣わされたのでしょう?」


村長は目が逝っていた。


「……ふうん。人間至上主義ですか?

 隣村は獣人の村ですか?」


「薄汚い獣人が口を挟むなっ!!」


シスが指摘すると、村長が激高する。あまりにも様子がおかしいため、喧嘩腰になっているシスとリスをとりあえず落ち着かせる。


「あなたも奴隷の躾がなっていないんじゃないですか?

 人間様の会話中に獣人が口を開くとはどういうことです?」


なんだろう。言っている意味が理解できない。俺はシズクを見る。


「……ここは王国からの亡命者が多い村のようですね。

 王国は人間至上主義で獣人等を下に見ています。

 おおかた隣村の獣人を襲うのを手伝って欲しいということでしょう」


カエデは無表情のまま答える。


「そちらの女性の言う通りです。

 隣村の獣人共はあろうことか、人間である我々より裕福になっています。

 それは許されることではありません。

 人間神ヒューマン様の名のもとに裁かれるべき事態です。

 あなた方はヒューマン様によって遣わされたのでしょう?

 このタイミングです。そうに決まっております!」


なんだろう。今すぐこの村から出ていきたくなった。


「さぁヒューマン様の名のもとで共に許されざる獣人共に、天罰を与えに行きましょう!」


俺が信仰するのは大地様だけである。


俺は手刀で村長の首を刎ねた。



******



問題が起こった。


村長の村に行くと村長が殺されていた。犯人は分からない。


「……隣村の獣人が襲ったことにできないかな」


俺はかなり無理のある推理を始める。


「できると思いますよ。どうせ襲う予定でしょうから。

 しかしその場合は私たちも巻き込まれると思いますよ?」


シズクはこの状況で食事を取りながら答える。隣ではカエデが食事を取っている。シスとリスは村長の家族を殺すのに忙しそうだ。


「……少なくともシスとリスを差し出す必要は迫られるでしょうね。

 それと隣村の殲滅が必要になります。

 ……もう面倒ですし、この村を滅ぼしましょう。

 ある意味盗賊です。盗賊としてこの村を滅ぼす。

 それでいいと思います」


シズクは心底どうでも良さそうにしていた。


「なんだ?皆殺しにするのか?

 それなら全員奴隷にして隣村に売ればいいじゃないか?

 隣村もそこまでの金は出せないかもしれないが、そこそこの金をくれると思うぞ」


リスが手を止めて提案する。


俺はあまりの状況にどうでもよくなってきた。


「……良し。全員奴隷にしよう」


俺はこの村の全員を生け捕りにすることにした。



******



戦闘能力という分では俺たちはこの村の住人を圧倒している。そのため全員を捕らえることは、そこまで難しいことでもなかった。全てが夜の間に解決した。


問題は逃げる人間が出ることだが、そこはシズクが『結界』を張り逃亡を阻止した。


翌日に俺とシズクとカエデはこの村で彼らの見張りについている。


一応村長の告白によりこの村が隣村を襲撃しようしている盗賊の村で、盗賊の村として対応することは伝えている。


奴らの言い分は色々あるが、その全てが気分が悪くなるものだ。そのため俺は耳を魔法で塞いで、見張りを行っていた。


シスとリスは翌朝に隣村に向けて出発している。この村の状況と奴隷の販売についての交渉だ。


隣村は獣人の村らしく、人間に見える俺たちはいないほうがやりやすいとのことで二人だけで行ってる。


「……シズク、これからどうなると思う?」


「どうもこうもないでしょう。

 彼らは奴隷として隣村のものになります。危険と判断されたものは処分されて、それ以外は死ぬまで労働です。救いはないでしょう」


「子供もいるんだよな……」


「それが?下手な同情は自らを苦しめることしかありませんよ?

 それに必要なら赤子だって殺すでしょう?

 私もそうですが」


「『必要なら』な。不必要に殺したいとは思わない。

 いや、ただ何となく感傷的になっているだけか……」


「そんなところでしょうね」


シズクが苦笑する。そうして無駄な話をしながら時間を潰していると、二人が帰ってくる気配を感じた。他にも何人か連れている。隣村の獣人だろう。


「多少は高く売れると、これからの旅がさらに楽になるんですけどね」


「……」


シズクが呟く隣で、カエデが無表情に俺を見ていた。


カエデは何も話していない。ただ俺を見るだけである。俺は魔法で『雑音』のみ排除している。カエデやシズクの声は排除していない。そのためカエデやシズクの声を聞き逃すということは無い。


それでも聞こえないのなら、話していないということだろう。


俺が無駄なことを考えている間に、シスとリスが戻ってきた。隣村の住人も一緒のようだ。詳しい種類は分からないが、動物の顔を持つ獣人たちが一緒に来ている。


「コウテツさん、こちら隣村の方です。

 こいつら全員を引き取ってもらうこととなりました」


無事に交渉が終わり、リスはホクホク顔で隣村の住人を紹介する。


「コウテツです。引き取っていただきありがとうございます。

 村長については盗賊として首を帝都に提出予定です。

 同じように提出するものもありますので、足りない分は提出分とお考え下さい」


「……分かりました。

 後はこちらに任せてください。悪いようにはしません」


代表として挨拶してきた獣人は礼儀正しく、問題なく事が終わりそうだ。


「よろしくお願いします。

 それでは我々は先を急ぎますので失礼します」


「良い旅を」


こうして俺たちは帝都に向けて再出発した。



******



「いい人たちだったな」


俺は荷台で一人呟いた。


「……コウテツ。あの人たちはこれから地獄のような日々が待っている。

 それに対して何か思うことは無いの?」


カエデが俺に話しかけてきた。珍しいこともあるものだ。


たしかに隣村の住人はいい人たちだった。シスやリスから事前に情報を得ていたとしても、あそこまでの対応はなかなかできないと思う。


それと彼らが奴隷に優しいかは別問題だ。獣人を差別し殺そうとした奴らに対して優しい獣人なんて、求めるほうがおかしいと思う。


「彼らは運が悪かった。

 考え方が悪かった。それ以上に言うことは何もないよ」


俺は本心をカエデに告げる。それ以上の感情を俺は彼らに向けることは無いだろう。


少なくとも隣村を襲おうとしなければ、彼らは奴隷にならずに済んだ。俺たちを利用しようとしなければ、もしかしたら隣村の獣人を奴隷にできたのかもしれない。


でもそれは彼らが選んだ選択だ。運命だ。


俺はどうこう思うことは無い。


「……そう。なら」


「もしかして勘違いしてる?」


俺はカエデの言葉を遮り、言葉を告げる。


「君は確かに俺を殺す力を世界からもらっている。

 でも君じゃ俺を殺せないし、その前に君は死ぬよ」


俺は無表情でカエデを見つめる。


「……何、言っているの?

 意味わかんない!私にはあなたを殺せる力がある!

 私の力はあなたとって、とても相性が悪い。

 私ならあなたに勝てる!」


「勝てないよ」


勘違いしているな。確かに相性は悪い。俺を殺せる力を持っている。


「君が俺を殺すより先に、俺が君を殺すよ。

 殺すことができるよ。

 既に準備済みだ。行わないのは『次』が現れてくるのが面倒だからだ。

 だから大人しくしてくれていると嬉しい。

 ついでにいうと、俺を殺すために力を使えば君は助からないよ」


彼女は鉄砲玉だ。俺を倒すための力を使えば、その力で彼女自身も滅びてしまう鉄砲玉。ついで言えば放たれる前に破壊する準備は整えている。


だから彼女には別の道を生きて欲しい。『俺のために』。


どうせ世界が俺を排除しようとするのは、そんなに長い期間ではない。1年もすれば異物である俺にも慣れて、排除しようとしなくなるだろう。


だから彼女には『1年間ほど』その力を使わずに持ち続けて欲しい。そうすれば世界も新たな『抗体』が作り難くなるはずだ。


俺がカエデを見ると、カエデは俺の言葉を受けて考え込んでいた。何が原因か分からないが、とりあえず敵対的行動をとらないのなら問題ない。


俺は荷台の上でのんびりと横になった。



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