第16話 新たなる奴隷『勇者』カエデ
「売れ残りって、どういう理由なんだ?」
「簡単に言えば怪我ですね。魔物に襲われて酷い怪我を負っています。
それが理由で売れ残っています」
辺境都市ではよくあるような話であった。彼女は王国からこの辺境都市に逃げてくる途中で、魔物に襲われて怪我を負った。魔物自体は冒険者によって倒されて命は助かったが、少女は冒険者に助けてもらった報酬を渡すだけのお金を持ち合わせていなかった。
そのため奴隷商人に売られた。かなり安く買い叩いたが、買い手がまだ見つからない。
たまにこういう死にかけの奴隷を好んで買う貴族がいるのだが、今回は運悪く買いに来なかった。
奥さんと喧嘩して、小遣いを減らされたらしい。
「そんなわけで今残っている奴隷は、明日か明後日には亡くなる少女だけです」
「その子が欲しかったので、丁度いいわね。
それでいくらですか?」
シズクは同じ店にいたため、彼女のことを知っていたのだろう。それなのに何故買おうとするのか?
「処分品ですので無料でいいですよ。
それよりそんな奴隷を買ってどうするつもりなんですか?」
「もちろん治しますよ?
マイダーリンを得た私にその程度のことは余裕ですから。逆にマイダーリンがいないと無理ですけどね」
シズクはにっこりと笑った。
******
連れてこられた奴隷は身長は160センチくらい。痩せ型。体と顔は傷が酷くて評価するのは難しいだろう。辛うじて分かるのは、髪の色が赤色ということくらい。
火属性か。俺との相性は悪いな。
「シズク、こいつを奴隷にしようと考えた理由はなんだ?」
俺が見る限り、この奴隷に固執する理由が分からない。別に他の奴隷でもいいだろう。この奴隷が優れている点は値段くらいに思える。
「マイダーリン?
分かりませんか?これの持つ魂の輝きに!」
興奮しているシズクの言葉を受けて、俺はもう一度彼女を見る。今度は彼女の持つ魔力などを重視して、見ているつもりだ。
しかし俺には分からない。
「私が見る限り、彼女は強くなります。
その才能が彼女にあると睨んでいます。
だから助けますし、鍛えます」
俺には見えないものがシズクには見えているらしい。特にシズクの言い分を否定するつもりはない。
ただ理解できないだけだ。
そうこうしているうちに彼女の傷が癒えていく。結構な重傷だったから、シズクの治癒魔法はかなりの腕前と分かる。
「……そういえばアイリス。
お前はこの後どうするつもりなんだ?」
「そのことですか?
アイシスと相談したんですが、私も盗賊退治の旅に同行しようと思います。
途中盗賊を奴隷として売り飛ばす予定です。
ですので人間の盗賊はできるだけ生け捕りでお願います」
俺はふと疑問に思った。
「獣人の盗賊はどうするんだ?」
「殺してください」
アイリスは断言する。
「獣人が獣人を奴隷として売ると、色々問題があるんですよ。
獣人族は仲間意識が強く、獣人族を売ると裏切者扱いされます。
そのため獣人の盗賊は奴隷にできません。殺してください」
下手に同情などすれば足元をすくわれるか。
「分かった。獣人の盗賊は殺す。人間は生け捕りだな」
「はい、それでお願いします。
私はアイリスと一緒に馬車などの旅行の準備を整えます」
「じゃあ、私があなたの代わりに奴隷契約をしておくねぇ~」
シズクは一人マイペースで物事を進めていた。
気が付くと、シズクの隣に少女がいた。先程の奴隷の少女の治療が終わったようだ。少女は幼さが残るものの顔は整っており、赤色の髪が彼女に似合って美しい。
体は痩せているが、治療のおかげかしっかり両足で立っていた。
「俺の名前はコウテツだ。
君の名は?」
「…………カエデ」
「いい名だ」
俺はカエデに笑いかけるが、彼女は顔を逸らすだけであった。
そんな彼女を見ていると気が付くことがある。
「……シズク。
この子魔力の質が異常じゃないか?」
魔力の量ではなく、質が異常のように感じられた。人間じゃない?
いや、どちらかといえば人間だ。しかし余りにも異質な魔力をしている。
「マイダーリン。
これが『勇者』です」
勇者か。なるほど。そう言われれば、納得ができる。
人間でありながら、人間の枠組みの外側にいる存在。勇者か。
しかも『火の勇者』。
勇者とはよくあるような設定だが、世界の抗体。世界が異物に対して生み出した存在。
『異物殺し』。
それが勇者だ。なら異物がどこかにいるということか?『火』が苦手な世界の異物が。
「マイダーリンのことでしょうね」
シズクの言葉をゆっくりと反芻する。確かに俺は異世界からやってきた異物だ。火が苦手というところもその通りである。
なら勇者は倒すべきか?
答は否だ。倒してはいけない。倒せばもっと強い勇者を世界が望むかもしれない。
勇者は懐柔すべきだ。俺の奴隷になるのなら丁度いい。
俺は俺の天敵を大切に育てようと思う。それこそが俺の安全に繋がるはずだ。
「これからよろしく頼む」
俺は顔を背けるカエデに、笑顔で話しかけた。
******
俺はカエデと交流を持とうと頑張ったが、うまくいくことは無かった。シズクに洗脳をしてもらうことも考えたが、勇者は洗脳を無効にするため不可能であった。
カエデは傷を治してもらったからか、シズクにはなついている。俺は自分の天敵となるカエデと仲良くなれないまま時間だけが過ぎていった。
目の前にはアイシスとアイリスがいる。彼女たちは馬車に食料などの荷物を載せて、俺たちのことを待っていた。
俺たちの方の荷物は全て俺の時空魔法で収納している。ちなみにシズクは俺の時空魔法への干渉も可能で、中の荷物の取り出しを行うことができる。
「シスリス待たせたな」
「「まとめて呼ぶな」」
シスというのはアイシスの呼び名だ。リスがアイリス。アイシスとアイリスだとややこしいため、シスとリスと呼んでいる。
二人とも旅人らしく動きやすい服装で、マントを身に着けていた。マントは雨具としての役割も兼ねているのだろう。
アイシスつまりシスがギルド職員の猫獣人で、背はカエデと同じくらい。体は痩せ形で、起伏は乏しい。顔は虎猫のようで、見た目からは年齢は分からない。
獣人族は人間のように髪の色で魔法属性は分からない。ただ聞いたところによると、彼女が得意な魔法は物の鑑定。買取担当はだいたいこの魔法が使えるということだ。
対するアイリスつまりリスは奴隷商人の猫獣人。姿形はほぼシスと同じ。正直に言えば見分けがつかない。今回の件で店が潰れて俺たちと同行することになった。
従業員と商品である奴隷は他の店に引き取られている。
得意魔法は人物の鑑定。ただし相手が協力的でないと失敗する場合が多い。
彼女たち二人と俺と奴隷のシズクとカエデ。この五名で帝都に向かいながら、途中で盗賊を狩ることになる。
基本的にシスとリスは馬車の御者。俺とシズクとカエデの三人は荷台での移動となる。
カエデは傷が治って食事が改善されたことで、少しだけ体も良くなってきている。これなら俺を殺せるようになる日も近いだろう。
彼女は俺の奴隷だが、命令することができない。勇者としての特性によるもので、拒絶していた。
俺の目的はこの度の中で彼女と仲良くすることだ。相性の問題で彼女は俺を殺すことができるようになるだろう。それは確定事項だ。彼女を殺しても他の場所で勇者が現れて、俺を殺しに来る可能性が高い。
忘れていたが俺はこの世界に送られてきた、この世界にとっての異物。排除対象だ。
世界が俺を殺そうとするだろう。俺はそれに対抗する手段を手に入れたい。そのため彼女を懐柔して、その時間を稼ぎたいのだ。
「マイダーリン、カエデ。荷台に乗りましょう」
「そうですね。そろそろ出発しますから荷台に乗ってください」
シズクとリスに促されて、俺たちは荷台に乗り込む。
こうして俺たちの帝都に向けた旅が幕を開けた。
******
俺たちは旅を続けているが盗賊は見つからなかった。その代わり魔物は色々出たので問題ない。途中の冒険者ギルドで魔石を売ることもできるだろう。
「……盗賊出ないな」
「出ませんね」
「……」
俺とシズクとカエデは馬車の荷台で、のんびりと過ごしていた。街道は平原を抜けて森の中を進んでいる。盗賊が出るとしたらこの辺りだろうか?
「盗賊も魔物と戦うのは嫌がりますから、しばらくは出ないと思いますよ」
荷台での俺たちの呟きを受けて、御者をしているシスが答える。
「じゃあ、どのあたりで出るんだ?」
「恐らく途中の村ですね。村がどういう理由にせよ、関わっている可能性がとても高いと思います。
村人が旅人を襲うか、盗賊が村を支配しているかのどちらかが多いですね」
さすがは冒険者ギルド職員だ。
この世界では森の中は、魔物の領域。人種が住むには適していない。つまり盗賊も隠れ住むことができない。
ならどこをアジトにするのか?それが途中の村ということか。もしくは村人が旅人を襲うケースもあるようだ。
とにかく盗賊の危険が高いのが、街道沿いにある村なのである。
そして街道沿いの村に俺たちの馬車は到着しようしていた。
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