第13話 冒険者ギルド職員イーギル



俺は犬獣人のイーギル。冒険者ギルドの職員をしている。荒事や力仕事、その他の雑務が俺の担当業務になる。


最初にそいつを見たときは弱そうな人間が来たなと思った。冒険者ギルドに登録したいという白い髪の魔力のない男。


魅力も力も感じられない王国から来た男。人間至上主義のゴミのような国から来た男。何一つ見るべき要素がないような男である。


違和感を覚えたのは魔石を売りたいといってきたので、協力をお願いした買取担当の猫獣人アイシスの反応であった。


アイシスは見るべきないような男に対して自分の名を告げた。自分を専属にするように名前を告げたのだ。


冒険者ギルドでは職員は冒険者に対して名前を告げる必要はない。あくまでも冒険者ギルドとして接しているだけであり、個人的な繋がりを持たなくてもいいので当然と言えば当然だろう。


それなのに名を告げたということは、この男にそれだけの価値があると判断したということだ。


俺も念のために名前を告げておく。アイシスが評価した男だ。何かあるのかもしれない。


念のために言っておくが、俺はアイシスに対して恋愛感情的なものはない。俺は犬獣人であり、猫獣人は対象外だ。それに俺には家に大切な妻がいる。



******



最近になり貧民地区のクランが次々と姿を消していた。恐らくコウテツと名乗った冒険者の仕業だろう。


少なくとも『金の亡者』はコウテツと接触してから姿を消している。死体などはまだ見つかっていないが、恐らく殺されていると考えていいだろう。


生かしておく理由がない。それにしてもコウテツという男は何者だろうか?


俺にはそのような力があるようには見えなかった。


「……コウテツが何者かって?

 それは分かりません。しかし手に入れた魔石から見て只者ではないと思います。

 最初は誰かの代理で売りに来ているのかと思ったけど、その線もありませんでした。

 あれだけ派手に暴れてまだ生きている以上、コウテツ自身がかなりの実力者だと思います」


業務の合間に猫獣人のアイシスに尋ねたところ、中々面白い意見が聞けた。


「しかし魔力無しで、そこまでの力があると思うか?」


俺は一番の疑問を訪ねた。属性が無くても魔力があれば、強くてもおかしくはない。少し珍しいが許容範囲だ。しかし魔力が無くて強いなんて考えられない。


「……恐らく彼は裏の人間でしょう。

 魔力が無いのではなく、完全に制御しているんだと思う」


「何のために?」


「気配を消すためでしょう。もしくは実力を隠すため。

 周りに溶け込めていないから、スパイの類ではないと思う。

 想像だけど、純粋な暗殺者。それが彼の正体と考えています」


アイシスは声を抑えて、答えてくれた。


つまりかなり危険な人間ということか。できるだけ関わらない方向で行こう。



******



俺の願いもむなしく、彼とともに魔物の集落を調査することとなった。


参加者は彼と彼の奴隷のシズク、それと『オーランド遊撃隊』だ。


今回奴の髪の色は黒くなっていた。前までが白くしていたのだろう。染めたのではなく、白くして実力を隠していたんだろうな。


何のためかは分からない。ただ黒い髪が本来の色だろう。


『オーランド遊撃隊』は少し調べればわかることだが、メンバーの全てが領主であるオーランド辺境伯の血縁者で構成されている。


領主とオーランド冒険者ギルド支部の支部長から信頼の厚い冒険者パーティである。


自己紹介の際に『オーランド遊撃隊』は全員が家名を告げずに、自己紹介をしていた。それに対してコウテツも、その奴隷も何の反応も示さない。


オーランド家について詳しくないということか?とりあえず仕事に集中しよう。


今回の仕事はある程度まで集落があると思える地点まで近づき、そこで大規模『探知』を行うことである。行った後はすぐに撤収するのが当初の予定だ。


しかし今回はコウテツの実力を測るのも兼ねている。彼らが魔物に対してどの程度戦えるかを確認するのも、俺の仕事になっていた。


暗殺者コウテツの実力を見せてもらおう。



******



何だこいつらは?


奴隷の方は広範囲の魔法でゴブリンを全滅させていた。さらに広範囲の『結界』を張り、その中に魔物を閉じ込めている。これほどの巨大なものだと、辺境都市に同じことができるやつはいないのではないだろうか?もしいるとしても領主の切り札だろう。軽々しく使うレベルのものではない。


つまり奴隷の実力はもっと上だろう。俺たちに手の内を全て見せるなんて考えられない。


それよりおかしいのがコウテツだ。素手でオークやオーガを殺している。それも全て一撃だ。


俺の自慢の爪や牙でもこうはいかない。俺ならオーク相手に一対一で限界。オーガについては論外だ。


その代わり奴らはのろまだから、余裕で逃げ切れるけど。


残された死体を見るだけでコウテツの恐ろしさがよくわかる。これなら貧民地区のクラン程度なら皆殺しにできるだろう。


あいつらは新規冒険者に対して、奴隷にしたりしていたゴミ野郎どもだ。冒険者ギルドとしても処分を考えていたような奴らだ。いなくなっても特に問題もないし、死体が無いなら事件とする必要もないだろう。


あいつらが消えてくれたのは嬉しいが、コウテツはかなり危険だな。


『オーランド遊撃隊』も残された死体を見て顔を顰めていた。



******



あいつは人間ではない。もちろん獣人でもない。そういう類の存在ではない。


知恵のある魔物?もしくは悪魔だな。


……そう考えると納得できるな。


普通の人間は助けなくてもいいといっても、人質を殺したりしない。


人造魔物を食べたりしない。


確実に人間でないことは間違いない。


あいつの奴隷と同じく悪魔であることは間違いではないだろう。


ただの暗殺者ではなく、王国が開発した悪魔かその類の化け物だろう。


人間至上主義のあの国は、人間の敵を殺すためならば獣を生み出すことくらいはするだろう。


『オーランド遊撃隊』の皆さん?さすがに貧民地区でも人造魔物は食べません。それを食べようなんて考えるのは、餓死寸前の奴らだけです。もしくは異常者。


辺境都市オーランドは貧民地区でも飢えるほど状況は悪くありません。普通の食事が食べられます。多少の地区ごとの差はあれど、人造魔物に手を出すことを考える状況ではないです。


そんなことを考えるのは目の前の異常者だけです。


うわっ!奴隷の方は魔物を全て『ゾンビ化』させやがった。


どちらも異常者だな。



******



俺と『オーランド遊撃隊』は今回のことを冒険者ギルドの副ギルド長であるウエンツに報告を上げていた。


深夜であるため、副ギルド長の対応となった。


「……なるほど、魔物の集落は完全に殲滅されたとみていいわけだな。

 一応朗報だな」


副ギルド長は現実を逃避されているようだ。俺と『オーランド遊撃隊』はコウテツについても全て報告を上げている。


なら他にも感想があるはずだ。全員の眼が副ギルド長へ集中する。


「……コウテツに対する対応は一旦白紙にする。

 ギルド長及び領主に報告の上で対応を協議する。

 少なくても『都市級災害』の実力を持っているとみて間違いないだろう」


『都市級災害』それはその名の通り、都市を壊滅させるほどの災害のことを言う。つまりコウテツは都市を滅ぼせるくらいの実力者ということだ。


悪い意味で。


「……他に何か気が付いたことはあるか?」


「どうでもいいことかもしれないが、コウテツが奴隷に対して惚気た後に首を傾げていたな。

 コウテツは奴隷に魅了されているんじゃないのか?」


副ギルド長の質問にリーダーのカエサルが答えた。


「それはないだろう。奴隷についてはアイシスと彼女の親戚のアイリス奴隷店から詳しく話を聞いていた。

 コウテツは魅了を完全に防いでいたようだ。あの奴隷はサキュバス。魅了を防げないようなら、コウテツとやらの命は長くないだろう。

 もし魅了を防がれたうえで精神干渉を行ったとしたら…………」


笑みを浮かべながら話していた副ギルド長が急に黙ってしまった。


どうした?何に気付いた?


聞きたくなるが俺にそんな権限はない。そのため俺は黙っている。


『オーランド遊撃隊』が問い質そうとしたとき、急に副ギルド長が再起動する。


「……すまない。今日のところはこれで大丈夫だ。

 後は私の方でギルド長と領主へと報告を上げて、対応を協議する。

 解散してもらって大丈夫だ。今日は本当にありがとう。

 イーギル。君は後日念のために、集落の再調査を行ってくれ。

 大丈夫と思うが残党の確認だ。次は一般地区からパーティを選んで行うように。

 今日はもう遅いから、全て明日以降で大丈夫だ」


副ギルド長は拒絶するように早口に捲し立てると、席を立って会議室を後にする。


残されて俺たちはしばらく呆然としていたが、夜も遅いことだし解散することとなった。



一つ分かったことがある。コウテツという男はとてつもなく危険である



俺は奴とは関わらないように冒険者ギルドで生きていこうと思う。


今日はできるだけ早く寝て、明日の朝は早起きして妻である『犬』のイーリャと散歩に行こうと思う。


そろそろ子どもを考えてもいいころかもしれないな。


可愛らしい犬のイーリャのことを考えて、家路を急いだ。


妻とは言葉が通じないから相談できないのが少し寂しい。


ちなみに獣人が『獣』と結婚することは普通のことである。人間はおかしいというが獣人は獣と人間との間から生まれた子供が祖先だから、獣を愛しても全くおかしいことではない。



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