第9話 信用と情報収集
「最近の魔石の納品数ですが、圧倒的に減っています」
アイシスが戻ってきて、返ってきた答えがこれであった。
「理由は?異常があるからには、原因の追究くらいはしているのでしょう?」
シズクがアイシスに問い掛ける。それに対してアイシスは俺の顔を見た後に、視線を逸らした。
「何だ?言い難いことなのか?」
俺が問い掛けると、少し言い難そうにアイシスが口を開いた。
「……冒険者の減少です。
最近急に『消えた』冒険者が急増したんです。
消えた理由は分かりません。
……ええ、分かりませんとも」
アイシスは俺の顔を窺いながら、早口で答える。
なるほど。俺を襲撃して撃退した冒険者が『消えて』、魔石の納品数が減ったのか。
恐らく俺が殺したことは分かっているが、証拠もなく下手に刺激して反撃されるのを恐れているのだろう。しかしこの様子だと、騎士が動き出すのも時間の問題かもしれないな。
そちらについては注意しておこう。
「……冒険者が減った。
なるほど……それで魔物の討伐数が減ったということね?
それじゃ、魔物はどうなると思う?」
冷たい目をしながらシズクがアイシスに問い掛けていた。
「……魔物の数が増えますね」
アイシスは苦笑いをしている。
「でもっ、冒険者が消えた以外で行方不明者はそんな出てません!
『集落』が出来ているなんて情報は、全く届いていないですよ!?」
アイシスが必死に言い訳をしているが、シズクはそれを呆れたように見ていた。
「当たり前じゃない。冒険者が減っているのでしょう?
そういう情報が出てこなくなるなんて、当然でしょう?
行方不明者が出てない?
じゃあ、王国からの亡命者はどうなの?」
シズクの言葉にアイシスは顔を青くする。
「……最近は亡命者が来てません。
王国の締め付けが強くなったからとばかり、思っていました。
……すいません、少し上に報告してきます。買取はまた後で!」
アイシスは席を立つと、そのまま奥へと消えていった。
「……この場合はどういう風になるんだ?」
どうも俺は状況を理解できていなかった。
「私が知っている範囲だと、こういう場合はまずは情報の確認ですね。
それと情報の共有です。冒険者ギルドから領主へと報告が行きます。
領主がこの都市の守りの責任者ですので、当然ですね。
情報のすり合わせが行われた後に、情報の確認が行われます。
通常は冒険者ギルドで対応します。
実績などから信用のおける冒険者に、森の奥を探らせて情報を確定させます。
情報が確定したら、騎士団が対応します。
その際は、有志の冒険者も参加できる場合が多いですね」
俺たちはまだ買取窓口で話し込んでいた。周りも一時的に職員が奥に行っただけと思い、特に俺たちを気にしていない。
「それで俺たちはどうすべきだと思う?」
問題となるのが俺たちがどうするべきかということだ。
「魔物の『集落』ができている場合は、ほとんどが人造魔物です。
天然魔物が『集落』を作るなんてことは聞いたことがありません。
『集落』ができた場合の注意点は、頭の賢い上位種が生まれている可能性が高いことです。
強さよりも頭の賢さのほうが問題になります。
通常よりも使う武器の種類が増えますし、罠なども使ってくるかもしれません」
「それじゃ、様子見か?」
俺は心にもないことを問う。俺自身は魔物程度ならどうとでもできると思っている。
「いえ、積極的に関与すべきです。
多少の危険は増えますが許容内です。
そして上位種の魔石は高く売れまし、魔石を大量に手に入れるチャンスです。
すなわち書き入れ時です」
シズクはあくどい笑みを浮かべた。
******
「それにしてもどうしてこの情報を冒険者ギルドに伝えたんだ?」
俺はふとした疑問を口にした。黙っていれば独り占めできたかもしれない。
「……ああ、それですか」
シズクがこちらを見て、俺を諭すように話し出す。
「まず都市が危険になるような情報は、冒険者ギルドへの報告義務があります。
その辺の説明は普通はクランやパーティでされるのですが、マイダーリンは知りません。
しかし知らないからといって行わないと、周りからの信用が無くなります。
特に騎士団や役場からの信用の低下はかなり危険です。
犯罪が起きた時の冤罪に繋がります」
なるほど。犯罪が起きた際に邪魔者を犯人に仕立て上げて、処分される恐れがあるのか。
「その通りです。それと理由がもう一つ。
この程度のことを冒険者ギルドや騎士団が気付いていないとお思いですか?」
俺はシズクの言葉に衝撃を受ける。確かに言われてみれば、シズクが1日で気が付いたような情報だ。
冒険者ギルドやこの町を守る騎士団が、気が付いていないというのは無理がある。
「……あれ?でもアイシスは気が付いていなかったぞ?」
俺は先程の猫獣人のギルド職員を思い出す。あれは演技に見えなかった。
「ああ、あれですか。
あれは私のことで余裕がなかったから、気が付いていなかったのでしょう。
私から冒険者を紹介するノルマを言い渡されて、出来なかった場合は罰を与えると脅していましたからね。
気持ちに余裕が無くて、気が付いてなくてもおかしくないでしょう」
シズクがそういっていると、アイシスが戻ってくる。
「……副ギルド長に報告したら、その程度のことも気が付いていなかったのかといわれて怒られました」
アイシスはギルド長に怒られて、落ち込んでいた。
「気が付いていなかったのは褒められないけど、怒る必要はなかったと思うわよ」
怒られるようになった元凶が、アイシスを慰めていた。
「それで?冒険者ギルドとしてはどの程度の情報を手に入れているの?
これからの予定は?」
シズクが目を輝かせて、アイシスを問い質している。
なるほど。シズクがアイシスにこのことを教えた理由はこれか!
アイシスから冒険者ギルドの情報を教えてもらうことが、目的だったんだ。
「あまり詳しいことは教えられませんよ?
冒険者ギルドとしては、ある程度の『集落』の位置は絞り込んでいます。
今度、信用ある冒険者『たち』がその集落の位置を確認しに行く予定です。
状況によってはその冒険者たちで『集落』を殲滅する予定です」
「それじゃあ、私たちを信用ある冒険者『たち』にねじ込んでもらえないかしら」
シズクは笑顔でかなり強烈な圧をかけていた。
「…………はい、えっと。……頑張ります」
アイシスは圧に負けて、首を縦に振った。
「よし知らせを期待しているわね」
最後に念入りに圧をかけたうえで話は終わり、俺たちは魔石の買取を終えて席を立った。
******
懐も温かくなったので、俺たちは一般地区では安いほうの店で食事をしていた。
それでも貧民地区の一番高い店よりも、値段は高い。これでも奮発していた。
「……そういえばマイダーリンは役場の仕事って受けてますか?」
食事を終えてお茶をしながら、シズクが俺に話しかけてきた。
「役場の仕事?いや、受けていない」
「ダメですよぉ~。受けないと。
役場の仕事を受けないと、役場の信用は得られません。
雑用みたいな仕事もあるかもしれませんが、信用がないと色々と面倒ですよ」
シズクは落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
そういわれると確かに問題だな。俺は色々なやつから情報を抜き取っている。しかしそれは頭の中に辞典を入れるようなものだ。
全てが身に付くわけではない。使いこなせなければ、意味がない。そういう意味でいえば、俺は情報を使いこなせていなかった。
「……それから私はご主人様の記憶領域に接触して、色々情報を頂いております。
ご承知おきください」
シズクは何でもないように言うが、かなり重要なことであった。俺の記憶領域に接触できるということは、俺の記憶の改ざんができるということだ。応用で俺を操ることもできるだろう。
俺はシズクを睨みつける。しかしシズクは涼しい顔のままである。
「マイダーリン、情報の共有は必要です。
それから奴隷ですので、主人に危害が加えられないようになっています。
一応」
最後の一言が無くても、シズクの言うことは全く信用することができなかった。
「あら残念。ではお互いのことが分かりあえるように、肉体を使って話し合うこととしましょう」
シズクはサキュバスらしく、妖艶な笑みを浮かべている。
クソ、完全に向こうのペースだ。どこかで俺のペースに変えないと。
俺たちは店を後にして、一般地区でも高めの休憩のできる店へと入っていった。
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