第8話 シズクの実力と魔物の数
俺は朝一番から不快な気分になっていた。奴隷のシズクが俺の魔力を吸収したのだ。
魔力の吸収自体は問題ないが、それに付随する魅了が問題である。
魅了自体は防げるが、防いだことで不快な気分が沸き起こる。
これは俺が攻撃を受けていることを理解するための処置だ。痛みがあることで怪我していることがわかるように、俺は不快な気分を味わうことで攻撃されたことを理解する。
「それってさぁ、マイダーリンの感知機能の問題だよね。
ならそれを書き換えればいいじゃん」
シズクはそういうと俺の体の中へと右手を突き入れる。俺の体は鋼鉄で出来ているはずなのに、まるで抵抗がないように俺の体の中へ右手を突き入れていた。
「あなたのご主人様の『大地様』だっけ?
確かに天才だけどさ、私は『爺』の妻だったときに術を習っていたのよ。
悪いけど年季が違うし、悪魔に魔法で勝てるわけないでしょ?」
シズクはニヤリと笑みを浮かべている。
……もしかして『爺』にも勝てるのか?
「あれは例外。
あなたもあいつの弱点と倒し方は知っているでしょ?
でもそれを実現することはできないよね」
シズクはげんなりした顔で言った。
確かにそれは俺も知っている。ただそれは実現することができない。というより実現させる前に『爺』に殺されるのがオチだ。
「……はいっ、完了。
じゃあ、試しに吸ってみるね!」
シズクはそういうと、俺から魔力を吸収する。それなりに魔力の量には自信があるようになったため、吸われた量は問題ない。
しかし、この感覚は何だろう。背中がぞわぞわっとして、体から何かがあふれるような感覚。もしかしてこれは……。
「そう、快感だよ。
私限定で魅了を弾いたら、快感を感じるようにしたの。
でも心配しないで。魅了にかかっているわけじゃないから。
中毒性もないはずだよ」
シズクは笑顔で笑っているが、いいようにされた俺は少しも笑えない。
俺の体を自由にしたように、いつかお前の体も俺が自由にしてやる。
「夜のベッドでの戦いをご所望なら、相手になるよ?
それとも自分のものに自信がないのかな?」
ニタニタと悪趣味な笑みをシズクは浮かべている。
明らかにシズクのペースに乗せられているが、それは仕方がない。俺にだって引けない時はある。
「そこまで言うのなら、今夜俺のものでお前が奴隷であることをしっかりと分からせてやる」
俺が凄んでも、シズクは嬉しそうに笑うだけだった。
******
さて今シズクが着ている黒のボディスーツは目立つ。さすがにこのままでいいとは思えない。一応昨日はマントを羽織らせたが、いつもそうするわけにもいかない。
「服装くらいは目立たないようなものにできないのか?」
シズクの服もシズクの体の一部である。シズクの意志の一つで、どうにもできるはずだ。
「分かりました~。
それよりマイダーリンの髪の色はどうして白なの?」
シズクの服は体のラインが分かり難い、魔法使いが着ているようなダボっとしたローフに変わった。ちなみにスカートではなく、ズボンである。
「俺の髪の色が白いのは目立たなくするためだ。
この国では白い髪の色が圧倒的に多いからな」
「でもそれって冒険者以外の話でしょ?
もっと言えば一般人の話。
冒険者や騎士とか貴族は見栄のために染めていると思うけど」
確かにそれはシズクの言うとおりである。冒険者等は見栄のために髪を染めている者も多い。
「ちなみにシズクは髪の色を変えられるのか?」
「無理。魔法属性と髪の色は私の場合は関係ないけど、この髪色は魂に刻まれた色。
ハッキリといえば『爺』の呪い。
かつて金髪で『爺』に会ったときに、趣味じゃないといわれて髪の色が黒くなるように『呪われた』。ついでにいうと髪の長さも、あまり短くできない。
『爺』の呪いにより制限がある」
なるほど。『爺』は髪の毛フェチか。恐らく黒髪長髪が『爺』の好みなのだろう。
「そういえば、お前の性格もおかしくないか?
販売される嫁は男の理想を詰め込んだような性格のはずだろう?」
「ああ、それはあの家で肉体を持った時に無理やり強制された結果。
販売されている嫁は全て性格を無理やり強制されている。
だからたまに自由になりたくて、別次元に帰ったの」
シズクは淡々と答えて、ため息を吐く。
「話を戻すけど、私の髪の色は変えられない。ならどうせ目立つし、マイダーリンも髪の色を変えたらどう?
マイダーリンは好きな色に変えられるんでしょ?」
確かにそれはシズクの言うとおりである。シズクは魔力量も多いし、かなり魅力的だ。
顔や肉体についても、蠱惑的な印象を受ける。
ならその主人である俺はどうやっても目立ってしまう。冒険者が髪の色を染めることが一般的なことも含めると、俺の髪の色も変えてしまってもいいだろう。
元々白くするのはあまり気が進まなかった。元の黒の戻そう。
次の瞬間には俺の髪の色は黒くなっている。
「魔力についてはそのままにするの?」
魔力についてはそのままでもいいかなと考えている。魔力を制御するのは癖的な部分もあるし、意図して垂れ流すのも何か違う気がする。
「まぁいいか。特に問題はないし。
それで?今日は何をするの?」
「今日もいつも通りに魔物討伐。魔石を集めて売る。
とりあえずの目標は一般地区市民証。月々金貨10枚。
それに宿屋などの経費を考えると、月々金貨20枚くらいは欲しいか」
「それでここに永住するつもり?」
シズクの問いに俺は首を横に振る。
「いや、それはない。
ある程度金を溜めたら、帝都に向かう。
その後は別の国に向かってみようと思う」
「なるほど。見聞を広めるということね。
分かったわ。王国以外なら特にいうことは無い」
俺とシズクは門から外へ出て、近くの森へと向かった。
******
近くの森には多くの魔物が住んでいる。天然物や人造物など多種多様だ。
「せっかくだ。シズク、お前の力を見せて見ろ」
俺は試しにシズクの実力を確認することにした。そんなことをしなくても、それなりの実力を持っていることは分かっている。しかし一度くらい見てみてもいいと思った。
「了解。
影よ、刃となりて敵を斬れ。『シャドウエッジ』」
少し恥ずかしい詠唱の後に、シズクの魔法が発動する。
「いいじゃないっ!気分が高揚して威力が上がるんだから」
魔法の詠唱は必ずしも必要ではない。しかし完全無詠唱は推奨されていない。
それは周りの者にも、魔法を使うのが分からないからだ。うちの流派では今回の場合の『シャドウエッジ』だけ言って、周りに魔法を使うのを伝えるようにしている。
さて魔法の結果を確認するか。
俺は周りを『探知』する。すると半径1キロ以内の魔物が全て影の刃で斬り裂かれて命を落としていた。
「『影牢』の応用で全部回収して、一度取り出す」
『影牢』は影の中に相手を閉じ込める魔法だ。それを応用して影を伸ばして、魔物の遺体をすべて回収した。回収した遺体は俺の胃の中にへ入れる。そこで魔物の遺体だけ溶かして、魔石は吐き出す。
「これで魔石の回収は終了。
後はいつも通りこの魔石を売れば、終わりだ」
これ以上魔物を捜し歩くのも、効率的ではない。特に狙うべき魔物もいないため、今日の仕事はこれで終わる。
「結構楽な仕事でしたね。
それにしても思ったよりも魔物の数が多くありませんか?
私が知っているのは結構昔のことですけど、その時と比べて数が増えている気がしますよ?」
そういうものなのか?俺はこちらの世界に来たのは最近のことのため、数が増えたかどうかは全く分からなかった。
一度冒険者ギルドで聞いてみるか。
「それがいいと思いますぅ~。
何か嫌な予感がありますしね」
シズクは笑っているが内容は笑えないものであった。
******
「アイシスさん、お久しぶり~!」
シズクが買取担当のアイシスに笑顔で話しかけていた。それに対して猫獣人の買取担当アイシスの笑顔は引き攣っている。
「……お久しぶりです。ええっと……」
「シズクと呼んでください」
シズクの方はアイシスの様子を全く無視して、笑顔で話を続けている。
「……はい。お久しぶりです。シズク様」
アイシスは固まりながらも、何とか言葉を絞り出す。
「さん付けでいいですよぉ~。
私とアイシスさんの仲じゃないですかぁ~。
感謝しているんですよぉ~。
ご主人様を紹介して貰えて」
シズクの声は相変わらずの笑顔だが、何か冷たいものを感じる。アイシスはそれが分かっているのか、かなり緊張しているようだ。
「……そうですね。シズクさん」
「ところで聞きたいことがあるんですよ」
シズクが緊張しているアイシスの手を取りながら、アイシスを覗き込むようにしてみている。
「……何でしょう?」
「そんなに恐れなくても大丈夫ですよ。少し揶揄い過ぎましたかね。
少し真面目な話です。
最近魔物の数が増えてませんか?」
シズクは調子を変えて、真面目な顔をするとアイシスに尋ねた。
「……魔物の数ですか?」
アイシスはかなり戸惑っていた。
「ちょっと気になるので真面目に調べてもらっていいですか?」
かなり真剣な様子でシズクは質問をしていた。
「シズク。何か心当たりでもあるのか?」
俺はシズクに尋ねた。
「推測の段階ですが、人造魔物の集落ができているような気がするんですよね。
増えているのは人造魔物のようですし」
「すいません。少し席を外します」
アイシスは調べるために、一度奥へと戻っていった。
「原因は何だと思う?」
「分かりません。情報が少な過ぎます。
判断材料が足りません。
アイシスさんからの提供待ちです」
なるほどね。待つしかないなら仕方ないか。
俺たちはアイシスが戻ってくるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます