第7話 サキュバスのシズクと初めての夜
奴隷契約を行うとその主人には奴隷に対して、衣食住の保証をする義務が生じる。
ここで問題となるのが、サキュバスの『食』だ。
『衣』については問題ない。普通の人間と同じものでよい。『住』についても同様だ。
しかし『食』はそうはいかない。彼女たちは『魔力を食らう』。それもそれなりの量を食らう。
それを契約した主人から強制的に食らうのだ。彼女たちは魔力を食らう際に魅了を行う。それはサキュバスの本能的な行動である。中毒性の高い危険な魅了を普通に行う。そのため契約したが最後、サキュバスに魔力を吸われて魅了されて死んでしまう。
どういう事情かは分からないが、アイリス奴隷店はサキュバスを奴隷として持っていた。つまり魔力を吸われていたようである。正式な主人ではないため、魅了は抑えていたようだ。それでもかなり疲れていたようだが、生きているだけましと考えるべきだろう。
「それにしてもどうしてこんな危険な奴隷を扱っていたんだ?」
俺は正直な感想を告げる。普通に考えれば危険すぎて、手を出すべきでないものである。
「……先代が卵を拾ってきて、孵化したのがシズクさんです……」
アイリスはようやく落ち着いて、今度は逆に少し落ち込んだ様子で俺の問いに答える。
「……そうか『自己転生』の直後を拾ったのか。
なんと運の悪いことで……」
サキュバスの肉体は色々条件もあるが、肉体が死んでしまうこともある。その場合はサキュバスが卵になり、卵の中で肉体を作り直して生まれ直すのだ。記憶は引き継がれるが、肉体は新品になる。それを『自己転生』とうちの流派では呼んでいる。
「ええ、それが理由で先代は狂い死にました。先代はこいつの魅了に耐えられなかったのです。
しかしこいつは残ったままです。先代の子供である私に受け継がれたのです」
アイリスが憎々しい目つきでシズクを見ていた。
それで一族総出でこいつの主人候補を探していたということか。
「そうですよぉ~。先代のことは残念でした。
私も悪気はなかったのですが、拾われた際に奴隷契約を結ばれていたため避けられませんでした。卵のうちから奴隷契約をするのは危険な魔物などには有効な方法ですが、今回はそれが悪いほうに転がってしまいました」
シズクは残念そうに話しているが、特に表情の変化はない。
「それから私は相続で彼女の物となりましたので、主人となるものを探させる代わりに魅了を使わないことを約束しました。正式には相続をしていませんでしたから、何とか魅了せずに済んでよかったと思います。正式に相続していたら魅了してしまっていたでしょうから。
ちなみにアイシスさんも相続対象者でしたので、ご協力いただきました。彼女には紹介する人数を決めていたのですが、どいつもこいつも魅了に逆らえないような奴らでした」
「食い殺したのか?」
俺はシズクに問う。
「どうして冒険者は向こう見ずなんでしょうね」
シズクは笑顔でとぼけるが、それが回答であった。アイシスの方はあの様子だと、紹介する人数が少ないと何か罰があったのだろう。
「まぁそんなところです」
そして今は俺の奴隷になったということか。
「良かったですよ。私の魅了を跳ね返した上に、食い殺せないような魔力量の持ち主で。
私も主人を殺したくて殺しているわけではありませんので」
シズクは嬉しそうに微笑んでいる。
彼女たちが主人を魅了して食らうのは本能的な行動であり、責めることはできない。そのため『爺』も弱い子供にはサキュバスである嫁を与えていない。その場合は責任をもって『爺』がサキュバスを娶っている。
もっとも一緒に生活していれば魅了されることもあるのかもしれない。もしくは先が短いのなら、最高の快楽とも呼ばれるサキュバスの魅了を与えているのかもしれない。
弱い子供は『爺』の力を使うための消耗品にされる。そのためそれを哀れに思い、与えている可能性はある。どちらにせよ救いはないのだが。
ちなみにサキュバスを嫁にしているのは、強い母体がサキュバスくらいしかいないためだ。『爺』の考えでは強い子種と強い母体があれば、強い子供が生まれてくるらしい。そのため『危険物』であるサキュバスを代々買って、嫁にしているとのことだ。また魔力量が多いと、魔力量が少ない相手に魅力を感じない。そういったことも関係しているのかもしれない。
「色々マイダーリンと『話したいこと』がたくさんありますが、そろそろこの場からお暇することにしましょう。
話したいことはここで話すようなことではありませんし、ずっとここにいても仕方ありませんから」
シズクはにっこりと笑った。ただその目は笑っていない。何か話があるというのは本当なのだろう。
アイリスを見ると首を縦に振っているので、確かにこの場から去ったほうが良さそうに思える。
俺たちは一度ゆっくりと話し合いをするために、貧民街にある空き倉庫へと向かった。かつて冒険者クラン『金の亡者』が使用していた倉庫だ。
******
空き倉庫は『金の亡者』が消えて今は誰も使っておらず、代わりに俺の拠点となっていた。貧民地区の宿屋だと治安が悪く、空き倉庫のほうがまだ安心できる。どうせ風呂もないし。
この世界の風呂は風呂屋で入るのが一般的で、個人での風呂の所有や宿屋に風呂があるというのは珍しい。
そういう理由もあり、俺は空き倉庫で寝泊まりしていた。最初の方は襲撃もあったが、最近は襲撃が無くなっていた。襲撃した者が毎回確実に姿を消しているので、襲撃することが危険だと周囲が認識し始めたのかもしれない。
俺は念のために周囲に『結界』を張る。進入禁止と防音の機能を持つ結界だ。
「シズク、お前はもしかして『爺』を知っているのか?」
俺は悪魔であるシズクに単刀直入に聞いた。シズクは俺の心を読み、話があると言った。『爺』に心当たりがあるのかもしれない。
「ええ、もちろん知っています。
私は元々あなたが言うところの『爺』の嫁でした。
もちろん子供もいました。残念ながら、孫の顔は見れませんでしたが。
その後に『爺』との契約が切れて肉体が亡びて、別次元にある悪魔の世界に帰りました。
たまには実家に帰りたくなったというやつです。
しばらくのんびり過ごしていたところ、この世界に召喚されました。
召喚主は取るに足らない、すぐに食い殺されてしまうような男でした。
せめてもう少し強くないと、召喚主としては失格です」
「それでお前が召喚されたのはいつぐらいだ?それと召喚された場所は?」
俺はこの世界の召喚魔法について興味があった。再び召喚魔法が使われるのではないか。もしかしたら今度は大地様が召喚されてしまうのではないか。それは阻止しないといけない。
正直に言えば俺も召喚魔法くらいは使える。地球に帰ることもできる。それをしないのは俺を追放した『爺』が恐ろしいからだ。『爺』の手先である大地様と戦いたくないからだ。
大地様の幸せを守ることが俺の役目。ならこの世界の召喚魔法を俺が管理することこそ、大地様の役に立つことができるのではないだろうか?
「……あなたの考えは理解できないわ。
えっと、召喚された場所と時間?
確か今は砂漠と化した神聖教国と呼ばれる国で、時期は100年位前だと思う」
砂漠と化した国?俺が『龍脈』を枯らした国か?
「えっ?あれあなたの仕業なの?
じゃあ、あなたが召喚された『無能』勇者?」
『無能』勇者?なんだそれは?何となく予想できるけど。
「あれは私が召喚されてすぐの話だったと思う。
私の召喚も『勇者』を召喚するための、実験の一環だった。
勇者たちが召喚されて、一人の勇者が消えた。
残った勇者はどれも使い物にならない程度の者たちだった。
そのうちの一人は魅了の禁断症状で死んだし、酷い有様だった」
やっぱり担任は禁断症状で死んだか。
「お前なら助けてやれたんじゃないのか?」
「その頃には既に国から逃げていたから、無理よ。
『龍脈』が限界に来ていたから、私はすぐに国から逃げていた。
この話は伝聞で聞いた話よ」
なるほど。実験段階から『龍脈』を使用していたということか。確かにそれならすぐに逃げるな。滅びる国に残る理由はない。
「止め刺したのが『消えた勇者』である、あなたでしょ?」
シズクはジト目で俺を見てくる。
「そうだな。そうすると、召喚魔法の技術はそこで絶えたとみてもいいか……」
「一応教国の生き残りは王国に逃げ込んだとあるから、あるとすれば王国でしょう」
俺はシズクの声を聞いて、顔を顰めていた。
王国は魂が腐った王女がいた国だ。あんな奴がいたような国に、絶対に行きたくない。
「それについては同感ね。
あの国は人間至上主義だし、私は碌な扱い受けないだろうから。
でもマイダーリンがどうしても行きたいなら、行ってもいいわよ。
その時は私はマイダーリンの影の中で留守番しているから」
シズクはにっこりと笑っていた。
「ところでマイダーリン。
今日はどこで寝るつもり?」
「?当然ここだぞ?」
ここは静かで安全だ。わざわざ危険な宿に泊まる意味がない。
シズクを見ると、笑顔が引き攣っている。
「そう、そうなんだ!
私はマイダーリンの影の中で寝ることにするね!!
これは決定事項だから!!」
シズクはそういうと怒って俺の影の中へと入っていった。
どういうことだろうか?女の考えることなんてよく分らん。
安全で静かなこの空き倉庫のどこが気に入らないのだろうか?
確かにベッドなどはないが、魔力で体を強化すれば地面で寝ても平気だろう。
《そういう問題じゃない!!
マイダーリンとの初めての夜が野外なんて、何考えているの!?》
影の中からシズクから念話が届く。
「どうせそういうことはしないのだから問題ないだろう」
《……いつかその気にさせてやる》
何か恐ろしいことを念話で伝えられた後は、完全に静かになった。
こうして夜は更けていき、俺はその場で寝転がると睡眠を取った。
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