第6話 強制イベント発動『アイリス奴隷店』へ行こう



俺は正式に冒険者ギルドに登録してもらうことができた。正式な冒険者ギルド証は鉄製の電車の定期券くらいの大きさで、表面にオーランド支部冒険者ギルド証であることと俺の名前の記載があるだけである。裏面には数字の記載がある。


この数字が俺の冒険者ギルド番号ということになる。


冒険者ギルドはこの数字を基に俺の実績を、名簿に記載していく。完全なアナログ仕様である。魔法を用いたオーパーツ的な何かを期待していたが、そういうものは全くなかった。


俺は髪の毛を染めることなく、魔物から魔石を奪い実績を上げていく。


何度も襲撃を受けていることから、俺はパーティを組んでいない。もちろんクランにも所属していない。完全にソロで活動していた。


一度試しにパーティを組んだのだが、その日のうちにパーティメンバーから襲撃を受けて撃退しパーティは解散している。


「……やっぱりソロが一番気楽だ」


俺の言葉には実感が込められていた。


「しかしパーティを組めば、色々活動に幅が出てきますよ」


魔石の買取窓口で目の前には、俺が指名している猫獣人のアイシスさん。俺は買取を毎回彼女に依頼していた。彼女がいない時は買取を取りやめていた。


この魔石の買取は担当ごとで買取金額が違うようだ。俺は魔法属性を持たない白い髪の毛で、体からは魔力が一切漏れていない。漏れているほうが強いといわれているのにだ。


そのため、はっきり言えば強そうには見えない。むしろ弱そうに見える。


他の買取担当だと、買い叩かれる可能性がとても高い。彼女も買い叩いている可能性もあるが、その様子は見られない。騙されていたら俺の眼が節穴だったということだろう。


「……確かにそうだけど、信用できる相手がいないんだよな」


俺は事実を告げる。パーティを組むこと自体は反対ではない。しかし相手が信用できない。いきなり襲撃するような奴や騙して襲撃するような奴らである。


信用できるほうがおかしいと思う。


「それなら奴隷なんてどうですか?

 値段としては金貨100枚以上必要になりますが、奴隷契約を結べば裏切られませんよ」


「そんなお金俺にはないよ」


俺は笑いながら彼女の提案を拒絶する。ついでに言えば奴隷が信用できるというのも、疑っている。


自分を金で買った相手を恨まないという保証はどこにもない。奴隷契約にしても穴が全くないとは言えないだろう。むしろ金で買った俺を恨んでいれば、必死に穴を探して報復するかもしれない。


「一応紹介状を渡しておきます。気が変わったら一度見てみてください。

 場所は貧民街で、『アイリス奴隷店』になります」


猫獣人の『アイシス』さんはにっこりと笑って紹介状を渡してくる。


「……『アイリス』ね。似た名前だね」


「親戚になります」


『アイシス』さんはにっこりと笑いながら俺に紹介状を押し付けてきた。笑顔の圧が強く。俺はそれを受け取るほかなかった。


「できるだけ早く顔を出してくださいね。

 ……ノルマがありますので」


後半は小声で呟きつつ、アイシスさんはにっこりと笑っていた。



******



どうやら買取で優遇していたのは、こういう裏があったからのようだ。でも逆に信用ができる。


無償の善意よりは信用ができた。


まぁ売り上げのノルマとかもあるのかもしれないが。それはさておこう。


問題は奴隷店に行くかどうかだ。……いや、行かないという選択肢はないかもしれない。


少し力を使うが限定的な未来を見てみよう。『未来予測』発動。



・奴隷店に行く。アイシスさんが喜んで終わる。


・奴隷店に行かない。アイシスさんから食事に誘われる。応じると奴隷店に連れていかれる。


・奴隷店にも食事にも行かない。偶然を装い出会い捕まり、奴隷店に連れていかれる。



結論は同じようだ。恐らくこれを避けるためには辺境都市から逃げ出さないと無理だろう。しかしそこまでするようなことでもない。


俺はあきらめて奴隷店へ足を運ぶことにした。



******



それにしてもどうしてそこまでして俺を奴隷店に行かせようとしているのだろうか。俺は疑問に思うが、行ってみればわかるだろうと思い奴隷店へ行くことにする。


魔法を使えば確かめることは可能だが、下手に確かめると逆に自体が悪化する場合もある。それにそれなりの大魔法のため、使用すると疲れるため出来れば使いたくない。


まぁこれからは基本的に使わないと考えてくれたらいいだろう。余程の状況でなければ使わないはずだ。


俺がアイリス奴隷店に行くと、疲れた様子の猫獣人がいた。恐らく彼女がアイリスだろう。


猫獣人は俺に気が付くと、怪訝な様子で話しかけてくる。


「……何の用?」


俺は髪の色が白く魔法の属性を持っていないと思われている。また体から一切の魔力を漏らしておらず、一般的な基準でいうと弱そうで魅力がない。


そういうこともあり、猫獣人は俺のことを相手にしていないようだ。普通に考えればそんな奴が奴隷を買いに来るとも思わないのだろう。


「アイシスさんの紹介できました」


俺は猫獣人に紹介状を渡す。それを見ると彼女は顔を顰めた。


「……アイシスの奴、ノルマのためにこんなやつまで連れてくるようになったのか。

 もう人材がいないということか……」


小声で呟いているが、俺にはハッキリと聞こえていた。


「待ってな!あんたに紹介できる奴隷は一人だけだ!」


そういうと、猫獣人は店の奥へと入っていった。


そういえば吸収した知識にアイリス奴隷店には悪魔がいるというのがあったな。


それからアイシスさんは高い買取をしてくれるけど、関わると危険という噂もあったようだ。


吸収した知識は辞典のようなもので、きっかけがないと生かすことができない。吸収しただけでは身につかないということだ。


ということはこれから俺は悪魔と出会うことになるのだろうか。


そうしているうちに猫獣人が『悪魔』を連れて戻ってきた。


俺にはわかる。こいつは間違いなく、悪魔だ。悪魔というのは別世界に住む、魔力で体を作る種族のことである。現実世界で肉体を持つ場合もあるが、肉体が滅んでも悪魔は滅びない。何故なら魔力で出来た肉体が本体だからだ。


目の前にいる悪魔はこちらの世界で肉体を受肉した悪魔で、種類としては元の世界の嫁を販売する家と同じサキュバスだろう。


サキュバスは人を『魅了』する。そして人から精気というか魔力を食らう。一度でもサキュバスの魅了に虜にされるともうお仕舞いである。サキュバスの魅了は強い中毒性があり、定期的に受けていないと危険な禁断症状が出る。


そういう意味でいえば『危険物』である。幸い俺には通用しないが。


サキュバスを見ると、背は俺より低く170センチくらい。胸は大きく、腰はくびれてお尻もデカい。顔は恐ろしいほど整っており、髪は長く黒い。服装は体のラインがわかる黒いボディスーツ。


髪が黒いということは闇属性の使い手か。


魔力も溢れ返りかなり魅力的な女性で、その目を見ると吐き気がする。……魅了をかけてきたようだが、俺は無意識のうちに無効化した。


いきなり仕掛けてきやがった。


「見つけたぁ!!」


突然サキュバスが叫び出す。そのまま俺を強く抱きしめた。殺気などがなく、突然のことで対処が遅れた。


引き離そうとするが、サキュバスのほうが力が強く抱き締められたままだ。


「アイリス、見つけたよ!私はこの子の奴隷になる!!」


サキュバスは俺を抱き締めたまま、嬉しそうに叫んでいる。


いつの間にか隣に立っていたアイリスと呼ばれた猫獣人は、こちらも嬉しそうに頷いていた。


「そうですか!それは良かった!本当に良かった!!」


アイリスは涙を拭うと、俺に向き直り勢いよく話し出す。


「それでは彼女はあなたの奴隷になります!代金は結構です!

 では略式ですが手続きを行います!

 どりゃっ!!」


アイリスの手から奴隷契約の魔法が迸り、俺とサキュバスの間で奴隷契約が結ばれる。契約内容はいたって普通のものだし、おかしい点は何もない。


俺の意志は無視されているが、それ以外は通常の奴隷契約だ。


「契約の解除は受け付けません!仮に他の奴隷店などで解除された場合も奴隷の返却は受け付けられません!

 どんな理由で主人であるあなたが亡くなった場合も、奴隷の所有権はアイリス奴隷店にはありません!その場合は奴隷解除により自由になります!

 決して返却できませんのでご承知おきください!!」


アイリスの言葉が全てを物語っていた。


このサキュバスは奴隷店にとって、『不良債権』だ。


「不良債権扱いは悲しいな。

 そんなことより私に名前を付けて」


可愛らしく言っているが、抱き締める力は増していて普通の人間なら死んでいる。


「あなたは普通の人間でないから大丈夫!

 それより早く名前を頂戴」


こいつ俺の心を読んでいる?


「奴隷契約の繋がりを逆流させれば、その程度のことは簡単簡単!

 それより名前!!」


色々思うことはあるが、名前を付けなくてはいけないようだ。


うちで使う陰陽道の五行相生において、『金』は『水』を生む。なら俺の魔力を食らうサキュバスは『水』に関係する名前がいいだろう。


「特に異存はないわね」


それから綺麗な黒い髪の毛。黒い瞳。黒を連想するものも混ぜてもいいだろう。


「……褒めてくれるのは嬉しいけど、それは混ぜないほうがいいと思う」


うーん。…………黒い水。『ボクジュウ』なんてどうだろうか?


「このまま体を真っ二つにして欲しいの?」


サキュバスからかなり低い声が漏れる。


「真っ二つにされても、返却は受け付けておりませんのでご承知おきください!」


アイリスは全力で保身に走っていた。


仕方ない。水だけにしよう。……『シズク』なんてどうだろうか?


俺は抱き締められて声が出せないため、心の中でそう呟いた。


それを聞いたサキュバスが、抱き締めつ力をふっと緩める。


「これからは『シズク』とお呼びください。マイダーリン!」


シズクはその場で跪き、俺へ頭を下げた。


……奴隷だよね?


「細かいことは気にしてはいけません」


シズクはにっこりと笑った。その横でアイリスが嬉しそうに涙を流していた。



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