第15話 爆速泣いた赤鬼

「その情報は確かなのじゃな?」青鬼は老爺に訊き返した。

「あどけない子供が噂していることゆえ、むしろ却って信頼性があるかと……」老爺は厳かに答えた。

「承知した」


 赤鬼に関する、その情報を得た青鬼は、即座に村への襲撃を開始した。騒ぎを聞いた赤鬼が駆け付けるまでにさほどの時間はかからなかったが、そこは鬼の怪力、村の施設や家屋はそれなりの損壊を被った。

 赤鬼には青鬼の意図が全く理解できなかった。兎にも角にも、まずは落ちつけて話を聞かねば。そう思った赤鬼は青鬼を羽交い絞めにして身体の自由を奪おうと試みた。

「おい青鬼、いったいどういう……」

「ぐはぁっ!」

赤鬼が問いの言葉も言い終わらないうちに、青鬼は激痛に悶えたかのように弾け飛び、しなだれた姿勢のまま赤鬼を睨みつけた。いや羽交い絞めにしただけで、そんな痛いことあるわけないんだけど……と赤鬼は思ったが、青鬼はそのまま罵詈雑言を赤鬼に浴びせ続けた。その言葉は非常に口汚く、だが同時に緊張しているような棒読みのような口調だったため、要領を得ない上に聞き取れない部分すらあったものの、要約すると、およそ以下のような内容であった。


・貴様は鬼のくせに人間に加担するのか

・ならば二度と鬼らの前に顔を出すな

・覚えておけよ


 口汚く長々しい口上だったが、要約すればたったそれだけの内容なのだ。それだけを言い捨てると、青鬼は脱兎の如く逃げ出した。「鬼らの前に顔を出すな」って言ったって、このあたりの鬼って、俺とお前しかいないじゃないか。

 赤鬼は青鬼を追おうとしたが、青鬼に凄まれておびえる村人たち、泣きじゃくる子供たち、そしてまた赤鬼に感謝を捧げる人々によって阻まれた。赤鬼としても、同族の暴虐に申し訳なさを感じないわけがない。

「すまんなぁ、すまんな、みんな」

そう言って周囲を見渡す赤鬼は、やがて奇妙なことに気づいた。

 怪力無双の鬼が暴れたのだ、損壊は少なからず出ている、しかしそのことごとくが、簡単に修復可能、或いは代替可能そうな壊れ方をしている……そして何より、驚き泣きわめく大人子供こそ居れ、怪我人が1人もいないのだ。

「……まさか⁉」

赤鬼は村人たちの輪をどうにか逃れ、大急ぎで青鬼の住居に向かう。だが案の定、そこに青鬼の姿はなかった。ただそこには1枚の呪紙まじないがみが置かれていた。それにはこう書かれている。


 赤鬼よ

 お前はもう、我と共にるな。共にればお前も疑われる。お前は人間の女性を愛し、非道の青鬼を駆逐した赤鬼。そのように生きるのだ。

 この呪紙まじないがみには3種のまじないが施してある。1つ、この文言は鬼にしか読めぬ。2つ、文言を読まれると、この紙自体が焼失する。3つ、紙が焼失すると、読み手の頭から、書き手に関する全ての記憶が喪われる。つまり特級呪物だ(笑)  では達者でな。


 読み終えると、文言通り呪紙まじないがみは青い炎を挙げ、あっという間に灰と化した。赤鬼はただ茫然とその場に佇んでいた。

 だがやがて、自分の瞳から熱いものが溢れ、頬を伝うのを感じた。


「……くわけ、ねぇだろ……」赤鬼は絞り出すような声で独り言ちる。

「効くわけ、ねぇだろ……鬼である俺に、そんなまじないが、効くわけねぇだろおぉぉぉ!!!」

それだけ叫ぶと、ただ赤鬼は、その場で嗚咽を続けることしかできなかった。


◆  ◆  ◆  ◆


「だからここ、鬼哭村おになきむらっていうんだね」

「そうよ。文字だけ見ると恐ろしいけど、ふたりの心優しい鬼に護られた村なのよ」

「うん」

「それだけじゃない。赤鬼は村人と結ばれて子を為した。私たちはその血を引いているから、お母さんやあなたのように、頬が他の人々よりちょっとだけ赤いの。力が強かったり、体の能力が優れている人も多いわ。私たちはその力を、赤鬼さんと同様、人々の為に使うのよ」

「うん、何度も聞いたよ」

「そして、少し離れたところに『鬼就村おにつきむら』という村があるわ。この村を離れ、行き倒れかけた青鬼さんが介抱されて、そこに住まうようになったのよ」

「え、それは初めて聞く」

「『肌の青い女の人が倒れてる、死んでしまっているんじゃないか』って大騒ぎだったみたいだけど、それは血の気が引いた色じゃなくて、もともとの色だった」

「倒れている人が青かったら、そりゃ最初はびっくりするよねえ」

「ええ、鬼と言っても角と牙がある以外は、見た目は普通の人と大差ないものね。青鬼さんは、その介抱してくれた青年と、やがて結ばれたの。その村の人々は青鬼さんの血を引いているから、やはり力は強くて心優しいんだけど、素直になれないツンデレさんが多い。そして肌とか指先が、透き通るように青みがかかっているの。お父さんやあなたのようにね」

「え、じゃあお父さんの故郷って」

「そう鬼就村。あの人照れ屋すぎて、里帰りとかしたがらないんだけどねぇ」

「そうだったんだ」

「鬼哭村と鬼就村は若干の距離があるけど、同じ曰くから生まれた村なんだから、仲が悪いわけがないわ。昔は距離が隔たりにもなっていたけど、現代いまは自動車だってあるしね。運命に導かれれば、結ばれることもあるわ。そうして生まれた子供は、昔は『ムラサキさん』なんて呼ばれてたのよ。と言っても本当に肌が紫色になるわけじゃないから安心して」

「僕はムラサキさんか」

「そうよ、紫遠しおん

「ねぇおかあさん」

「ん?」

「この話ってさ、良い話かもしれないけど、爆速ではないよね? うしろがやたら長いし、わざわざ僕の名前まで出てきたり、なんなら新しい物語がはじまりそうですらあるよ」

「フフ、前半は爆速にしたかったんだろうから許してあげて。ふたりの鬼さんのように、優しい心で」

「う~ん、僕が許してもなぁ」

「あとね」

「え?」

「青鬼さんが鬼哭村となる村を出たあと、鬼就村となる村の人に介抱されて、そこに住まうようになるまで、2時間くらいだったらしいわ」

「あ、そこが爆速なんだ」

「でもその事実を赤鬼さんが知ったのは3年後くらいだったらしいけど」

「そこは爆速じゃないんだ」

「距離あったからね。けど事実を知った赤鬼さんが鬼就村に駆け付けるまでは15分くらいだったって」

「そこは爆速なんだ」

「青鬼さんは鬼就村に住んで3日後には結婚していて」

「そこも爆速なんだ」

「赤鬼さんが駆け付けた時、すでに4人の子供に囲まれてたって」

「そこも爆速なんだ」




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