第4話
僕の話に耳を傾ける教授は座り直し、腕組みをして考えはじめた。
「確かに怪獣は地球の極地を行ったり来たりしている。面白い推論だけど、それで?」
「地球のオーロラで大はしゃぎして騒音を出すようなヤツです。もっとデカくて、見応えのあるオーロラを紹介してやりましょう」
「どこにそんなものがあるんだい」
「太陽系で一番デカいオーロラが、木星にあるでしょう!」
教授は膝をポンとたたき、合点がいった顔になった。
木星は大きい。その大きさたるや、直径で比べても地球の十倍。質量では三百倍だ。そして木星のオーロラが発するエネルギーは地球のものの千倍と言われている。
「怪獣の興味が木星にいくよう、『オケアノス』に電波を出させて誘導するんです。地球から『オケアノス』へ命令を送ることはできるので、双方向通信が目的ではないなら妨害電波は問題になりませんよ」
合点がいってからうなずきっぱなしの教授が顔をあげる。
その目は笑っていた。
それから僕らは酔っ払った頭を奮いたたせ、教授の号令で管制室へと駆け戻った。そして怪獣へ送る『招待状』を朝までに突貫工事で書き上げた。
内容の検討から書き上げるまで八時間もかからなかったが、それを上出来ととるか拙速ととるかは人によると思う。
人類史上はじめて太陽系を脱した人工物である『パイオニア』探査機は、地球外生命体へ宛てた金属板メッセージを搭載していた。
その金属板をカール・セーガンがデザインした期間は三週間だった。
僕らがこれから送るメッセージと『パイオニア』の金属板が、同じぐらい重要であるとするなら、八時間は短すぎる。
だけど僕らの頭は疲労とアルコールと寝不足でハイになっていて、最大の意気込みと野心を持っていたのは間違いがなかった。
***
三月十一日の早朝五時。
鳥飼教授の緊急召集に応じて、長野・千葉・種子島・沖縄の各宇宙通信所が待機していた。
この四カ所から、木星へ向かって飛んでいる『オケアノス』へと僕らが今回書いたコマンドを送信する。
コマンドの最終チェックを終えた僕は、管制室の大型モニタ前で腕組みをして待ちかまえる教授のもとへ駆け寄る。
「先生。バグチェック、コードミスのチェック終わりました。送ります」
「うん。一発かましてやろう」
教授も昨晩から一睡もしていない。だからか、目がギラギラと滾っていた。
僕は管制室の端末を使い、コマンドコードを各所へ送信する。
相模原の研究所には電波を直接受信する装置はない。宇宙から送られてくる電波は微弱で、都市部で発生するノイズによって簡単にかき消されてしまうからだ。
だからJAXAの『耳』は日本各地の、都市から離れた静謐な場所に置かれている。
僕の座っている端末の画面に、各所から「受信完了」の合図が送られてきた。それを確認した僕は、鳥飼教授に向かって親指を立てた右腕を力強く掲げる。
それを見た教授がうなずいた。
「特別送信オペレーションをはじめます。各所、よろしいですか」
教授の号令がとぶと、改めて各通信所から音声で「準備よし」の合図が帰ってくる。
「では、開始」
誰にも見えず聞こえない電波が、日本の各地から宇宙空間に向けて送信されはじめた。
地味で、静かだ。
そして今は『オケアノス』からの返事ももらえない。
だが僕らの書いたコマンドが『オケアノス』にちゃんと届けば、彼女は五〇分後には指令どおりに姿勢制御を開始して、そのアンテナを怪獣へと向ける。
そして木星への『招待状』を発信するはずだ。
宇宙空間を電波が行って、帰って、合わせて一時間四〇分。
僕らは待った。何か変化が起こるはずだと期待した。
そして一時間四〇分があっというまに経過したが、何も起きなかった。怪獣は相変わらず北極の上空で花見をしている。
三時間が経っても何も起きなかった。短気なメンバーがため息をついて顔を伏せはじめる。
休憩に入っていた同僚から朝飯の差し入れをもらったが、僕は胃がギリギリと痛んできてそれどころではなかった。
正午をまわり、夕方にさしかかって太陽が丹沢の山々の向こうへ隠れはじめても、怪獣に動きは見られなかった。
こうなってくると、メンバーに諦めではなく焦りが見えはじめる。
指示どおり『オケアノス』がアンテナを使って『招待状』を送り続けているのなら、結構な電力を消費しているはずだからだ。
『オケアノス』は太陽風を受ける帆に、ソーラーパネルが設置してある。それを使って発電をして、電池への蓄電を行っている。
その蓄えをすっかり使い切れば『オケアノス』は力尽きてしまう。
どこかのタイミングで一度、休ませる必要があった。
「先生」
しんと静まりかえっている管制室で、僕は懸念を伝えようと声をあげた。
「いや。もう少し待とう」
鳥飼教授の声はしっかりとしていて、眼前のデスクトップモニタを注視している。そのモニタは『オケアノス』のサブアンテナから発信される電波の反応を映していた。
もし怪獣の妨害電波が途切れれば、サブアンテナから地球に向けて発信されている『オケアノス』の合図が表示される手はずになっている。
だけどモニタに表示されているのは、か細く平坦な横棒だけで、なんの反応もない。
「先生。『オケアノス』の電池が」
「まだ大丈夫だよ。計算したもの」
僕は意外に思った。
花見の時は他人事のような諦めを見せていた教授が、実は一番諦めていなかったことに。
意固地に見えるかもしれないが、ここで結果が出ないかぎり『オケアノス』を待つのは木星に囚われる運命だ。
電池を使い切って宇宙の果てで力尽きるのと変わらない。
教授の非情で、合理的な冷たい知性を垣間見た気分だった。
僕らはそれからは静かにモニタを見守った。ここまで来たら、おそらく『オケアノス』が斃れるまでトライするだろうと思ったからだ。
だがそのとき、モニタを横切る線に小さな山が現れた。
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