sideシーラ
あまりにも酷い状況に腰が抜けて会場の隅で膝を抱えていた。
血の匂いが気持ち悪い。
叫び声が耳をつんざく度、罪悪感に苛まれた。
何にしろ、これを始めたのはナイトだ。
ナイトが何を考えているのか全ては分からないけど、少なからず私のために起こした行動だとは思っている。
いろいろなことが起こりすぎて吐きそうになっていると、ナイトがついにシャンデリアから飛び降りて剣を抜いた。
血まみれの床の上で鮮やかに怪物を殺すナイト。
ナイトがこの会場の全ての怪物を殺すのに時間はかからなかった。
怪物が全て死に絶え、静寂が訪れる。
数秒の静寂が終われば…
「レイジリアン公爵様!!」
「ありがとうございます!」
「彼は英雄だ!!」
「ありがとうございます!公爵様!!」
感謝の言葉と羨望が一気にナイトに集中した。
「皆さん、喜ぶのはまだ早いですよ。
今回のこの惨劇を企てた犯人がまだ生きているんですから。」
ナイトは血まみれの道をゆっくりと歩き、腰を抜かして座り込んでいる皇女様の目の前に立った。
「ねぇ?マリア皇女様。」
皇女様は泣きながらナイトを見上げた。
「え…え?わたし?私は何も…」
声が震えている皇女様。
それもそのはず、皇女様はこんなこと企てていない。
皇女様は私を殺したかっただけなんだから。
私を殺すために用意してたであろう怪物たち、それをナイトに利用されただけだ。
皇女様、あなたは美しく地位もある完璧な女性だった。
きっと今まで全てのことが自分の思い通りになっていたはず。
今回は相手が悪かった。
皇女様、あなたは絶対に怒らせてはいけない人を怒らせたのよ。
そのせいであなたは…
「皇女様、処刑台が完成するまで地下牢でお過ごしください。」
命を失う事になった。
「生き残った皆さん、落ち着いて聞いてください。我らが王が皇女様により暗殺されました。
今回のこの凄惨な出来事は、王の護衛の目をこの会場に向けるために仕組まれたものです。」
ナイトの声はよく響き、全員に嘘のシナリオが届けられる。
「自分の父親を殺すためにこんな大勢の人を犠牲にしたのか!」
「何が皇女だ!!悪魔め!!」
「あの女はもう皇族ではない!」
「虐殺魔め!!」
「処刑すべきよ!」
「そうだ!殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
烏合の衆は一瞬にして国で一番権力を持つ女に憎悪の感情を向けた。
それからと言うもの、皇女は生き残った衛兵と貴族達により連行され地下牢へ閉じ込められた。
ナイトはその間、怪我人の治療をしてこれからの指示を衛兵に出す。
そんな中誰かが言い出した。
空席になった玉座には誰が座るのか。
この国にはもう皇族の血を引く者がいない。
国王が死んだ今、残っているのは皇女様だけ。
でも彼女は廃位させられ処刑台に送られる。
そのことも踏まえ、ここにいる全員が次の国王を心の中で連想した。
この悪夢のような一夜を救い事件の全貌を明らかにしたナイトこそが次期国王。
「英雄王、ナイト・レイジリアンの誕生だ!」
誰かが声を上げると…
「英雄王!」
「英雄王!」
「英雄王!」
それに同調するようにここにいる全員が声を上げる。
絶望を救った公爵はたった一夜で王になった。
ナイトはその歓声に無邪気な笑みを見せる。
まるで聖戦に打ち勝った英雄のように。
だけど、その笑顔は私の好きな顔じゃない。
だって、ナイトはそんな顔して笑わない。
私にしか分からないであろう作り笑い。
全て計画のうちなんだ。
ここにいる全員がナイトの掌で踊らされた。
ナイト以外の貴族が全員膝をつき頭を下げる。
英雄王、ナイト・レイジリアン
その名は何百年も語り継がれる伝説となるのだった。
結局の所、歴史は勝者に味方する。
例えそれがどんなに血塗られていようが、嘘で塗り固められていようが、勝者のみが伝説になるんだ。
日が昇る頃には貴族全員がこの城を後にした。
ナイトは血まみれの部屋のど真ん中でおかしそうに笑い出す。
「ハハハッ…あぁ、本当に、こんなにも簡単だといろいろ心配になってくる。そうだろ、俺の王妃様。」
ナイトは最初から私がいる事に気付いていたらしい。
私は立ち上がり、ナイトの目の前に立つ。
ナイトに私の姿は見えていないはずなのにばっちり目が合っている。
「これでようやくシーラを俺の妻にできる。」
ナイトに抱きしめられた瞬間、薬の効果が切れた。
「ナイト…」
いろいろな感情が溢れて涙になった。
あなたが怖い、私のために何でもするナイトが怖くてたまらない。
だけど、私のためにここまでやってくれたナイトが愛おしい。
利用され死んでしまった人たちに本当に申し訳ない。
「シーラ、世界で一番幸せな人魚にしてやるからな。」
ナイトは血まみれの手で私の頬を撫でた。
「ずっと俺の隣にいてくれ。」
ナイトは私の手のひらにキスをした。
「もちろん、ずっとずっと側にいるよ。」
こんな恐ろしいことが起きてもあなたを愛していると断言できるのはこの世界中のどこを探しても私だけだと思うから。
私が答えてすぐに広間の扉が開く。
そこに立っていたのはルーク様とルーンだ。
二人とも大きな怪我はないように見える。
「ルーク様、ルーン!」
私がナイトに背を向けた瞬間…
「きゃっ!」
私はその場に崩れ落ちた。
これ…この感覚…ナイトに足の力を奪われてるわ。
「シーラ!」
ルーンは私を心配して飛び出してくる。
もちろん、それを許すナイトではなかった。
「っ!!」
ナイトは魔法で鎖を出し、ルーンは巻きつける。
ルーンは足を縛られてしまったから血まみれの床に思い切り飛び込む形となった。
「ナイト!やめて!ルーンに酷いことしないで!」
私は必死にナイトの足元に縋る。
「ちょうどいい、元皇女と一緒に処刑するか。」
「ルーンに何かするなら私はあなたとは一緒に生きないわ!!」
ルーンを死なせるなんて絶対に嫌。
それに、もう死人が出るのは懲り懲りよ。
「ナイト、あなたが王になったからって言いなりにはならない。ルーンを殺すなら私はあなたを愛さないから。」
足を奪われた今、私には口しか残っていない。
「それでもルーンを殺したいのならどうぞ、好きなだけやってください。国王陛下。」
ナイトは眉間に皺を寄せる。
「ふざけた呼び方はやめろ。」
国王陛下と敬語が効いたらしく、ナイトはすぐにルーンを解放した。
「ありがとう、ナイト。」
ナイトに手を差し出されたからその手を取ると、足の力を返してくれた。
「二度と呼ぶな。」
これは大収穫。
「もちろん、ルーンを大切にしてくれるなら呼ばないよ。」
あなたの弱点を見つける事ができた。
「シーラ…。」
ルーンは泣きそうな顔で私に近づく。
私はすぐにルーンの手を取り、私たちは額と額をくっつけた。
「ルーン…。よかった、本当によかったよ。」
「ごめん、俺が捕まったりなんかしたからシーラを危険な目に合わせた。本当にごめんね。」
ルーンは何も悪くない。
悪いのはルーンを捕まえた元皇女だ。
ルーンの顔を見るためにそっと額を話した瞬間、体がフワッと宙に浮いた。
「感動の再会はもういいだろう。
とりあえず楽な服に着替えて血を流すぞ。
今日はやる事がたくさんあるからな。」
ナイトの言う今日とはまさに今日のこと。
どうやら寝ている時間はないらしい。
「シーラ、また後で。」
ナイトに連れて行かれる私に声をかけたルーン。
そうよね、これが最後の別れじゃないよね。
「うん、また後でね。」
まさかナイトの前でルーンと会う約束をする日が来るなんて思いもしなかった。
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