第7話 sideシーラ
ナイトが姿を消してしまってから30分。
広いお城のどこを探してもナイトはいない。
「はぁ…。
こんなに広いと考えものだね。」
「本当ですね、一つの村みたい…。」
私はこんな所を家だとは言えないわ。
そもそも、そんな事は永遠に起こらないことだけど。
「一度戻ろうか。
もしかしたら入れ違ってるかもしれないし。」
ルーク様もこれにはお手上げらしい。
「はい…。」
ナイト、今どこで何をしてるの?
ナイトと離れてこんなにも不安になったのは初めてだった。
ルーク様にエスコートされながら会場へ戻る。
相変わらずナイトはいなくて私とルーク様は永遠とキョロキョロしていた。
そんな中、私が一番恐れている人が声を上げる。
「皆様、本日は私のためにご足労いただきありがとうございます。
感謝の気持ちを込めて特別なプレゼントをご用意しました。」
美しい金色の髪に緑の瞳。
まるで美しい絵画から飛び出してきたような女性だった。
そして、そんな美しい人が用意したプレゼントはこの会場にいる全ての人間と私に衝撃を与える。
騎士たちによって運ばれてきた大きな水槽。
その中には男の人魚が一人いた。
「あれを見て!」
「男の人魚だ!」
「すごいわ、生け捕りだなんて!」
「さすがは皇女様ね。」
私はその人魚の顔を見て血の気が引いていく。
「シーラ?」
ルーク様は真っ青になった私の顔を覗き込んだ。
「な……なんで…どうして……?」
水槽の中で手錠と首輪と口枷を付けられていたのはボロボロになったルーンだった。
「ルーン…どうして…」
あまりのショックに言葉も出ない。
「え?まさか知り合いなの?」
ルーク様は少し焦った様子で私に聞いてきた。
私はその問いに答える余裕すらない。
「この人魚は私の大切な侍女を海に引き摺り込み無惨にも殺しました。侍女の名はリサ。リサには恋人がいましたが今回のこの事件でその恋人は崖から身を投げ若き恋人達は悲劇の死を遂げたのです。」
リサ?侍女のリサと言った?
それはあなたがナイトの城に放ったあの化け物でしょう?
自分の侍女を化け物に変えて私に殺させようとしたくせに何言ってるの?
「私の大切な侍女にした仕打ちは許しがたい物です。今日この日、私はこの人魚を地獄へ導き亡きリサの無念を晴らします。
その後はこの人魚の肉をここにいる全員で食べましょう。
今日この舞踏会は人間の勝利の宴へと変わるのです!!」
皇女が力強く宣言した瞬間、会場は活気に包まれた。
「素晴らしい!なんと心の優しい方なんだ!」
「皇女様の侍女もきっと天国で喜んでいるわ!」
「海の悪魔は一匹残らず殺すべきよ!」
「皇女様の勇気は素晴らしい!」
ここにいる人たちはみんな人魚を憎んでいる。
皇女は私を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
一つだけ分かることは、ルーンがリサを殺していないと言うこと。
そして、皇女が悪魔のような女だと言うことだ。
このままルーンを見殺しにはできない。
そう思うと足が勝手にルーンの方へ進んでいた。
「シーラ!」
ルーク様が私に手を伸ばすけど、私は捕まらないようにわざと人混みに紛れた。
私は大勢の人間を掻き分け水槽に飛びつくようにして床に膝をつく。
近くで見ればたくさんの暴行の跡がある。
それはあまりにも痛々しくて胸を酷く締め付けられたような気持ちになった。
「ルーン…、こんなの酷いわ…。」
縋りついたのが私だと気付いた瞬間、ルーンは目を見開き必死に何かを訴えていた。
「ちょっと!水槽に縋り付いてるわよ!」
「きっとこの人魚の仲間だ!」
「見ろ、レイジリアン公爵様のとこの人魚だ。」
「こんな悪魔と面識があるなんてやっぱりこの女も公爵様を誑かしているんじゃないのか…?」
誰かは分からないけど、最後の一言で全員の視線が私に集まった。
そして次々に声が上がる。
「皇女様!!その人魚を捕えてください!!」
「この女はきっと公爵様を不幸にします!」
「皇女様と公爵様の仲を引き裂き続けた女です!こんな無礼で恐ろしい女は捕えるべきですわ!」
この状況は私にとって不利すぎる。
人間の疑心暗鬼な心は簡単に他人の命を奪うからだ。
「皆様の言う通りです。
私はもう、この悪魔を許しません。
衛兵!この女を捕えなさい!!」
皇女の声が力強く会場に響いた。
その声を聞き、二人の近衛兵が私を取り押さえる。
二人に両腕を捕まれ身動きができずにいると…
「ん゛ー!!!!ん゛ん!!!!」
ルークは拘束具を付けられながらも必死にこの水槽を壊そうとしてた。
ドン!ドンドンドン!!!
ルーンがガラスの水槽を叩く毎に水槽は揺れて人間達は怯えていた。
「なんて狂暴な生き物なの!」
「さっさと殺せ!皇女様が近くにいらっしゃるんだぞ!」
「その女も一緒に殺してください!」
舞踏会は一気に処刑場と化す。
私はこの絶望的な状況を打破する方法が分からない。
ルーンには絶対に死んでほしくない。
しかもこれは冤罪だ。
「皇女様!」
私と皇女様の前に割り込んだのはルーク様だった。
「この人魚までも処刑するのは早急すぎませんか?それに、このような行いはレイジリアン公爵の信頼を裏切る行為です。」
こんなにも堂々と皇族に発言をできるルーク様はすごい。
私なんて口を開いた瞬間刺されそうな勢いなのに。
「そのレイジリアン公爵の呪いを解いて差し上げるのです。ナイトもいずれ私に感謝するでしょう。」
皇女様はナイトと親しいとこの場で知らしめたいんだろう。
いきなり名前を呼び出したから。
「仮にこの子を殺したとしましょう。
何の前触れも無しに人魚を取り上げられた人間はたちまち気が狂って身を滅ぼしています。
前例からしてレイジリアン公爵もそうなるのではありませんか?」
「いいえ、なりません。
私とナイトは生まれた時に結婚を約束されたのです。
私とナイトは本来一緒になる運命、私たちの愛は邪悪な人魚によって阻まれています。
あるべき形に戻った男女を神も祝福してくださるでしょう。」
皇女様、頭が沸いてるのね。
ナイトが欲しくて欲しくてたまらない、顔にそう書いてあるわ。
ガチャッ…。
ふと私の横で金属とガラスがぶつかる音がする。
チラッと見てみるとルーンが手枷と鎖を全て外していた。
全員の視線がルーク様に注がれている間にやったみたい。
ルーンは昔から手先が器用だった。
それがまさかこんな所で発揮されるとは。
「ここでこの子を殺せばナイトは怒り狂うでしょう。そうなれば誰も彼を止められません。
どうかお考え直しください。」
ルーク様が必死に止めてくれているけど、皇女はそれを逆に利用した。
「皆様!これが人魚の恐ろしさです!
ナイトだけでは飽き足らず、この人魚は私の友ルークにまで呪いをかけました!
この人魚は国を滅ぼそうとしているのです! 」
ルーク様も賢いけど皇女様の方が一枚上手だ。
この皇女様、本当に悪賢い。
「皇女様!今すぐにその人魚を殺してください!」
「首を刎ねるべきです!!」
「呪いが広がる前に始末しましょう!」
貴族達はルーンを殺す事よりも私を殺す事を望み始めた。
ルーンが水槽の縁に手をかけた。
腕力だけで体を持ち上げ水槽から飛び出すと、私を抑えていた近衛兵の一人に飛びかかり首元に噛み付いた。
そして3秒もしないうちにもう一人の衛兵に飛びついた。
「きゃー!!!!」
「人魚が逃げたわ!」
「殺せ!!誰でもいいから殺せ!!!」
この場は大パニック。
まるで猛獣が放たれたかのごとくに人間は騒ぐ。
「衛兵!捕えなさい!死んでも構わないわ!!」
皇女様の命令で近衛兵がゾロゾロとこの会場に入ってきた。
ルーンはこの数秒間に二人の衛兵に重傷を負わせてしまった、このままじゃルーンが確実に殺される!
ルーンはすぐに近衛兵のマントを奪い取り腰に巻く。
そして私を守るように私を背に隠し水槽へ押し付けた。
「ルーン…。」
「ごめん、シーラ。
国境付近でコイツらに捕まった。
こんな事になるならさっさと舌を噛みちぎって死んでおくんだったよ。」
私はその言葉に涙が溢れてしまった。
「そんなこと言わないで…!
ルーンにまた会えてすごく嬉しいよ!」
ルーンは少し振り返り悲しそうに笑った。
「こんな時まで優しいこと言わないでよ。
胸が苦しくなる。」
ルーンの切なそうな声を聞き私も胸が苦しくなった。
その時、バリン!!!と聞きなれない音がして…
「きゃっ!」「ゔっ!!!」
私とルーンを何かが傷つけた。
二人とも出血している。
ルーンは左脇腹を、私は左腕だ。
傷の真横には鋭利な槍が突き刺さっている。
水槽に突き刺さったせいで穴が空いた隙間から水が少しずつこぼれ始めた。
「頭を狙え!」
「そうよ!殺して!」
「海の悪魔め!!!」
完全に取り囲まれた私とルーン。
どうやら仲良く串刺しにされるみたい。
「皇女様!!こんなこと、ナイトは望んでいません!」
ルーク様は勇敢にも私たちの目の前に出てきた。
「衛兵!ルークを安全な場所へお連れして!
呪いがかかっているから人魚たちを殺すまでここへの立ち入りは禁止よ。」
皇女様はルーク様を邪魔者扱いしている。
いつまでも私たち人魚を庇っているから退場させられるんだ。
三人の近衛兵がルーク様を囲った。
「本当に面倒くさいなぁ…。」
ルーク様とは思えない発言だ。
いつもの明るい声色はどこかへ行ってしまった。
「お前たち全員」ドーン!!!!
ルーク様の声をかき消す程の騒音が響いた。
ドーン!!ドーン!!!
何が起こっているのか一つも理解できない。
「何?」
「何の音?」
「入り口の方から聞こえてこない?」
「一体何の音かしら…?」
この非常事態に全員が入口の方を見た。
シュッと横に誰かの気配を感じて視線を移すと、ルーク様が私の真隣に瞬間移動してきた。
「シーラ、お菓子を食べる時間じゃない?」
私にしか聞こえない声で囁いたルーク様。
お菓子を食べる?
お菓子…お菓子……あ!
ルーク様に貰った薬!
私はすぐに自分の胸元に手を入れ小瓶を取り出した。
「シーラ、まずは重傷を負った彼を逃す。
シーラはとにかく隠れてて。
その薬が効いている間は絶対に見つからないから。いいね?」
ルーク様は重傷を負ったルーンを逃すことを提案してくれた。
もちろんそんなの賛成に決まってる。
私は一度頷き小瓶の薬を一気に飲み干した。
一口飲んだだけで訪れる変化。
水槽に映っていた私は最初からいなかったように消えていた。
その瞬間、ルーク様がルーンに強く抱きつく。
「ちょっと失礼するよ。」
「おいっ!お前どこ触って」
いきなり男の人に抱きつかれてルーンも驚いたらしい。
かなり暴れてはいたけど、ルーク様の魔法で二人は一瞬にしてこの場から消えた。
さすがにそんな大それたことをすれば…
「おい!人魚が消えたぞ!」
「いつの間に!!」
「逃げるなんて何て卑怯なんだ!!」
私たちがいなくなった事がすぐにバレる。
厳密に言うと、いなくなったのはルーク様とルーンだけどね。
私は足音を立てないようにそーっと部屋の端まで移動した。
ドーン!!ドーン!!!
私たちが消えた事よりもこの騒音を心配した方がいい。
明らかに人間よりも大きなものが部屋の外にいる音だ。
一体何がいるんだろう…。
そう思っていると私の視界の上の方で何かが揺れた。
「!!」
私は巨大なシャンデリアの上を見て驚愕する。
そのシャンデリアに誰にも気付かれず片手でぶら下がっていたのは行方不明になっていたナイトだった。
え?なんで?どうして?ついて行けない…!
しかも、ナイトは顔中血塗れだ。
まさか怪我をしたの?
いや…そんなはずはない。
あれはきっと返り血ね。
一体この短時間で何をしたのよ…!
ナイトはいろいろなところを見ているように思える。
まるで誰かを探しているみたい。
何度か全体を確認した後、ナイトはぶら下がっていない方の手を会場の扉の方へかざした。
すると会場の前後の扉は開き………
「ぎぎぎぎぎ!!!」
「ぎゃぁぁぁ!!!」
「おあ゛あぁぁ!!」
「ギャギャギャギャ!!!」
「@-¥/):&;@;”;¥:!!!」
「¥;/&:?,&;+\!,*~!,£!」
怪物たちが現れた。
その怪物たちには見覚えがあった。
私の事を殺そうとしたあの怪物に本当によく似ている。
「きゃぁぁぁ!!!」
「怪物よ!!!!」
「逃げろ!早く逃げろ!!」
「キャァァアアッ!!」
「退け!俺が先だ!」
「退きなさいよ!!」
「痛っ!!!よくも私のドレスを踏んだわね!」
恐怖に取り憑かれた人間達は滑稽とも言えるほどに怯えて逃げ惑う。
その様子をナイトは楽しそうに見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます