sideシーラ

ナイトが危険な目に遭う事だけは耐えられなかった。

あまりの発言に私は体を起こしナイトに言う。


「ナイト、私はそんな事をしてまで妻の座なんて望まない。私は」


ナイトは私の腕を掴み私と同様起き上がった。

一気に変わる視線。


大きなナイトに見下ろされた私はその視線の冷たさに体を硬直させるほかなかった。


「今…なんて言った?」


私は言葉の選択を誤ったらしい。


「俺の妻にはなりたくない、そう言ったか?」


ダメよ、ここで怯んだらナイトは無謀な賭けに出て殺される。


「そ、そうだよ、だって」

「まさかまだアイツと繋がってるのか?

余程殺されたいらしいな?」


え?何?アイツ?アイツってまさか…


「ルーン?何でこんな時にルーンの話になるの?私は今ナイトの話をしてるのに!」


「あぁ、俺の妻にはなりたくないって話だよな?」


違う、違うよ!そうじゃない!!


「そもそもなるならないの問題じゃない!

私は絶対にナイトの妻にはなれないんだよ!

私たちは結婚できないんだから!一生一緒になんていられないの!」


「っ。」


私の声がナイトの耳を傷つけた。

ナイトの耳の外側が痛々しく切れている。  


私は自分の言ったことと、ナイトを傷つけてしまったショックで放心した。

ナイトは私のせいで耳が切れたと言うのに顔色一つ変えない。


むしろナイトは嬉しそうに笑った。


「これは大変だ。皇族程ではないそれなりの権力者の体に傷を付けたな?」


ナイトは私の手を自身の耳に当てさせた。

私の掌には温かい血がまとわり付く。


「や…やだ、ごめん、ごめんなさい、ナイト…私、ナイトを傷つけるつもりなんてなかったの!」


私がナイトの耳から手を離したいのに、ナイトがそれを許してくれない。

何度も自分の手を引いているのに、ナイトに掴まれた手はびくともしなかった。


「最悪な事に、誰からでも見られる耳。

こんな傷物と結婚してくれる女なんてきっといないな。これは困った。」


ナイトは困ったと言いつつ全く困った顔をしていない。


「なぁ、責任とって俺とずっと一緒にいないとな?」


ナイトは私の唇の端に優しくキスをする。

完全に話の流れを持っていかれてしまった。


「で…でも…」

「あぁ、痛い。今この瞬間にも涙が出てしまいそうだ。」


ナイトはそう言うと勝ち誇った笑みを浮かべた。


「本当にごめんなさい…。」

「50年後に許してやる。

それまではずっと俺の側にいてくれ。分かったな?」


上手くしてやられた。

私はナイトを傷つけた罪悪感で頷くしかなかった。


ナイトの作戦に完全に嵌った私は憂鬱な日々を過ごした。

どんな理由であれナイトの耳に傷を残してしまったんだから。


そして、今日この日が特に憂鬱だ。


「シーラ…。さすが俺の妻は美しいな。」


鏡に写っているのは豪華なドレスを着せられた海の悪魔。


この絢爛豪華なドレスは皇女様のお誕生日の舞踏会に行くためのものだった。

そう、ついにこの日が来てしまった。


この日に名前を付けるとしたなら、人生最悪の日。


歴史上、最も残忍な事件が王宮内で起きてしまう日だ。 


それを知っているのは私とナイトだけ。


もう、胃が痛くて仕方がなかった。


美しいのはナイトも同じ。

いつも服装には拘らないナイトがビシッと舞踏会用の服を着ているとまるでどこかの王子様のようだ。


長い前髪を上げて色気も更に増している。


「//////」


ナイトがすごく格好いい。

舞踏会に行かなくてももう分かる。

ナイトは今夜、社交界で一番素敵な男性だって。


「あぁ…俺以外がシーラのこの美しい姿を見るんだと思うと全員の首を刎ねてやりたくなる。

こんな物騒な状況じゃなきゃこの城に閉じ込めて俺しかシーラを見られないようにしてやるのに。」


私の頭を撫でながら紡がれる恐ろしい言葉。

前々から分かっていたことだけど、ナイトは独占欲が人より少し強いのかもしれない。


「無礼な事をされたらすぐに言うんだぞ?

相手が誰であれ、俺がちゃんと始末してやるからな。」


もちろん口が裂けても言わないわ。

ナイトがやると言えば本当にやるから。

私が何を言っても無駄よね。


「うん、ありがとう。」


とにかく私はこの日を何事もなく無事に乗り切りたい。私は何度も神様に祈った。


どうか何も起きませんように、って。

たったそれだけの願いよ、神様もそれくらいは分かってくださるよね?


「じゃあ行こうか、世界一くだらない舞踏会に。」


私は差し出された手をそっと取った。

思えばもうこの時から始まっていたんだ。

凄惨な血みどろの舞踏会は。 



何も知る由もなく、私たちはその後馬車に乗り領地を出発した。


何度も言うようだけど、馬車はやっぱり嫌い。

馬車に乗る時はいつも何か起きている。

本当に不吉で仕方ない。

いっそのこと歩いて行きたいくらいよ。


「シーラ、大丈夫か?

酔ったのなら馬車を止めるぞ。」


酔ってないよ、私はそんなに軟弱じゃない。


「酔ってないよ…。

私、馬車はあまり好きじゃないの。

私が馬車に乗った日はいつも悪いことが起きるから。」


私がそう言うとナイトは少し笑った。


「そんな顔してたら美人が台無しだろ?

いつもみたいに可愛く笑ってくれ。

それに、今日は絶対に大丈夫だ。

シーラにとっていい日になるように俺が精一杯頑張るから。」


ナイトが頑張るって…


「ふふ…。」

「今笑うとかあったか?」


ナイトは不思議そうに聞く。

笑うと言うより…


「ナイトが頑張るって言うのが珍しくて。

ナイトは何でも器用にこなすから少し意外だっただけだよ。」


私が正直に言うとナイトが目元をくしゃっと緩ませる。

端正な顔立ちでたまに子供みたいな顔をして笑うから狡い。


「俺はシーラのためならどんな事だって頑張れる。よく覚えておいてくれ。」


ナイトがいきなり私を膝の上に乗せて頬にキスをした。


「どうしてそんなにご機嫌なの?」


私が聞くとナイトは今度は耳にキスをする。


「可愛い妻を膝に乗せてるんだ、ご機嫌に決まってるだろ。」

「もう/////」


馬車の中での不安はナイトの言葉によって少しずつ消えていった。


そうよ、大丈夫よ。

私にはナイトがいてくれる。

変に不安がるのはやめよう。

これから行くところはその不安に付け込み私を引き摺り下ろそうとするはずだから。


しっかりして、どうにか今日を乗り切ろう。

そしてナイトと一緒の家に帰るの。

私たちなら大丈夫よ。




私とナイトならね。

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