第5話 sideシーラ

私が天才的な作戦を立ててから5時間後のこと。

私は今ナイトに腕枕されていて(もちろん服は着ていない)お互いに抱き合ってベッドに転がっていた。

言うなら今しかない!


そう思った私は作戦を決行する事にした。


「ねぇ、ナイト。

お願いがあるんだけど。」


私がそう切り出すとナイトは私の頬にキスをした。


「何でしょうか、可愛い人魚さん。」


よし、ご機嫌だし成功を確信したわ。


「あのね、私専属のメイドが一人欲しいの。」


「なんだ、そんな事か。

勝手に任命して専属にしていいぞ。」


よかった、想像以上にあっさり承諾された。


「ありがとう!

いろんな人を見て決めたいからここの全員のメイドの顔と名前が分かるリストが欲しいの…。」


「かなり本格的だな。

この城以外に持ち出さなければ勝手に見ていい。俺の書斎にまとめてあるから好きに使ってくれ。」


私はとにかくびっくりしてる。


理由を根掘り葉掘り聞かれると思っていたからいろんな言い訳パターンを考えたのに。

でもこれで私の作戦の第一関門は突破した。


メイドのリストを手に入れてミザリーに見せる、そして情報をもらう。


朝になったら早速ミザリーのところへ行ってみよう。 


二人で眠りにつき朝になる。

ナイトはもう仕事に行ってしまったらしくこのお城にはいない。

そして、自分が一つ大切な事を伝え忘れたのを思い出した。


ごめんね、ルーク様。

自分の作戦でいっぱいいっぱいでナイトを説得するのを忘れてた。

まぁいい、それはナイトが帰ってきてから説得しよう。


今はまず……


「あった!これだ!」


この書斎で見つけたメイド達のリストを元に密偵を炙り出そう。

私は次にこのお城の厨房へ急いだ。


ミザリーは悔しそうに鉄格子の方へ寄ってきた。


そこで私はリストを開く。


「このお城に密偵がいるって言う匿名の情報が入った。

ナイトは今日外から帰ってきたら庭であなたの首を刎ねると宣言したわ。

でも、私が何とか助けてあげる。

密偵を見つけた功績を考慮してあなたをここから自由にするよう私が説得してあげるわ。」


お分かりの通り、全くのデタラメ。

ナイトはもうミザリーの存在を忘れているし、そもそも私が今日ここにいる事自体知らないんだから。


「どうして私があんたなんかの言う事を」


「今すぐにナイトを呼び戻してもいいのよ?

私がナイトに縋り付いて泣いたらどうなると思う?ナイトはきっとありとあらゆる拷問をかけてあなたを殺すわ。」


言葉さながら、悪魔のように笑ってみせた。


「ねぇ、まだ分からないの?

あなたは私に生かされているのよ。」


お願い、騙されて!

私、悪女の演技はあまり得意じゃないの!!


ミザリーは怒りと恐怖が混じった表情をしてプルプルと震えている。


お願い、お願い、お願い、何とか騙されて!

正直、こんな脅すような真似をして心が痛くなってきた。

ミザリーにされた事を考えれば私が心を痛める理由なんてないのに。


こんな弱い自分といつかさよならしたいけど今はまだ無理そうね。


「リストの一番最後のページのリサ。

あの子は毎晩夜中に抜け出していると同室のメイドから報告を受けている。それ以外に怪しい子はいないわ。」


ミザリーは驚く事にリストの内容を全部覚えているみたい。


さすがメイド長、仕事はできるのね。


「そう、ありがとう。じゃあご褒美よ。」


私は鉄格子の間からパンとチーズを渡して最後に水球を牢の中へ浮かばせた。


ミザリーはその途端、宙に浮いた水に縋り付くようにして飛びついた。


髪や服が濡れることなんてお構いなしね。

とりあえず、聞きたいことは聞き出せた。

こんな陰気な所は早く出たい。


飢えと渇きを満たすのに忙しいミザリーは放っておいて、私はナイトの部屋へ向かった。


地下牢からお城へ上がる階段で私は恐怖に直面した。


「え…?」


階段で鉢合わせた人物は…


「お、お嬢様!探したんですよ?

どうしてこんな所にいらっしゃるのですか?」


顔を真っ青にしたメイドのリサだった。

私とミザリーの話を聞いていたのは明白。

私を執拗につけ回していた事になるからこの子が密偵で間違いない。


ここで問いただすのは絶対ダメよね。

万が一、リサがやけになって私に攻撃して来たらまずい。


とにかくこの地下から抜け出すことを最優先にしないと。


「あの…そこ、退いてくれません?」


私の言葉にリサは切羽詰まったように冷や汗を流す。


「い…嫌よ…退かないわ…。」


様子がおかしいなんて言葉じゃ言い表せないくらい、リサは小刻みに震えている。


これは…刺激したらマズい…。


「あんたのせいで…あんたが公爵様を誑かしたせいで…あの方は毎日毎日泣いてらっしゃるのよ…。」


小さく早い口調でそう言うとリサは俯いた。

あの方、なんてすぐに誰かわかる。

皇女様の事だ。


「あの方を苦しませるなんて許さない。

ねぇ、知ってる?あの方は…マリア皇女様は人魚の肉が大好物なの…。」


リサの狂気に一気に鳥肌が立った。

駆け引きなんてやってられない、このままだと殺される。


私の本能が何よりも必死に叫んだ瞬間だった。


すぐに片手で水球を使った。

そしてそれをブルブル不気味に震えるその顔に…


「退いて!」バシャッ!!

「ぎゃっ!!!」


一気に叩きつけた。

リサがよろけた瞬間、私はその横をすり抜けるようにして何とか脱出。


「うわぁぁぁぁあ!!!!!

この海の悪魔がぁぁぁ!!!!」


振り返る事なくひたすら階段を走った。


「待てぇええ!!!!」


何が海の悪魔よ!あなたの方がよっぽど悪魔じゃない!


「助けて!誰か助けて!!」


私も負けじと喚き散らした。

さて、誰が海の悪魔を助けてくれるかな。


「待てぇぇえ!!!!

皇女様を苦しめる悪魔めぇえ!!!!」



恐怖で心臓が震える。

階段を駆け上がったのもあって既に息苦しい。

今までこんなに真剣に走ったことがない。

まさかこのお城で追いかけっこをする日が来るなんてね。


「来ないで!!」

「殺してやるぅうう!!!!」


それも、命懸けの鬼ごっこだ。


陸の上って本当に危険がいっぱいだ。


私はすぐにナイトの部屋へ向かった。

必死に走って部屋に滑り込み鍵をしっかり閉める。


どうにか武器が欲しい所だけど、私が三人の執事と揉めて怪我をした事で部屋から武器という武器は全て撤去されてしまった。


私が怪我をしないためとは言えそれが裏目に出るなんて。


ガタガタガタ!!!!!

「開けろぉお!!!!!開けろよぉぉお!!!!」


その狂気がただひたすら怖い。

気の触れた人間は何をするか分からないから悍ましい。

もう武器なんて贅沢は言っていられない。

私はすぐにクローゼットを開けてナイトのベルトを取った。


もしもあのドアが破られてこの部屋に入ってきたらこのベルトで顔面を叩いてやる。


ルーク様にもらった薬も頭をよぎったけどまだ使うには早い気がする。


相手は一人のメイド、あの薬は最後の切り札としてとっておくのよ。


ドン!!ドン!!!ドン!!!


本当に女の力なの?

とても女の力でドアを叩いているとは思えない。

私がリサの怪力に怯えていると、ついにドアが壊れてしまった。


「嘘でしょ…?」


鍵かけたのよ?

素手でしかも女でドアを壊せる訳ない。


「お前…なんて………€]^}€<+?^{%」


え?何?なんて言った?

明らかに人の言葉ではなかった。

それどころか、リサの皮膚は沸騰したようにブクブクと波打っている。


正直、気持ち悪い。


立ったまま口から泡を吐き始めてついには白目まで向いた。

その後は私が今まで生きてきた中で一番グロテスクなものだ。




ブチッ!バキッ!!グチャッ!!!



リサの頭のてっぺんが裂けて……


「きゃぁあぁあっ!!!!」


手と口はだらっと下がり悍ましい歩き方で私に近づいて来た。

まさに怪物だ、人間とは思えない。


「来ないで!」


私が虚勢を張って大声を上げても意味はなかった。


そもそも…


「£#^$>+%_•>」


私の言葉が理解できているとは思えない。

とにかくこっちに来てほしくなかったから私は全力で威嚇をする事を決めた。


大きく息を吸い込み…


「キャァァァァァァア!!!!!」


思い切り叫んだ。


私の叫び声でこの部屋にある鏡やガラスが全て割れる。

リサの耳からは血が吹き出した。


「ひっ…ぎっ…ぎぎっ…。」


耳から血を垂れ流し、小刻みに震えそれでも足は私の方へと進んでくる。

これは異常だ。

鼓膜が破裂し尋常ではない痛みを与えたはずなのにどうして気を失わないの?


人魚の威嚇を受けて立っていられる生物なんて聞いた事ない。


今、薬で姿を消すべき?

いや…まだダメよ。

冷静になって。


目の前の怪物は立ってはいるけどまともに歩けていない。


ほんの少しだろうけど私の威嚇が効いたんだ。

ちゃんと脳が働いていれば目眩だって酷いはず。


大丈夫、勝機はある。

私は再び手に持っていたベルトをしっかりと握りしめた。

危ない距離に近づいて来たらこのベルトで叩く。

ナイトがいない今、自分の身は自分で守らないと。


「い゛ぎっ…ぎぎぎ…」


フラフラとこっちへ近づいて来た、さっきまで人間だったもの。

私は容赦なくそれの顔にベルトを叩きつけた。


バチン!!!


絶対に痛いはずの攻撃は全く効いていない。

それはどんどん近づいて来る。

いっそバルコニーから飛んで逃げる?


明らかに考える能力のないそれはきっと私を殺すためだけに動いているから付いて来るはず。

そうだ、バルコニーから飛ぶふりをしてそれだけを地面に落とそう。

私の腕力でバルコニーのどこかにぶら下がれるだろうか…。


「う…ぎ…ぎぎが…あ゛…」


もうダメよ、やるしかない!

それの動きが早くなって来た。

回復なんかしてない、きっと痛みを恐怖と感じていないんだ。

一か八か、それの後ろのドアまで逃げる?


いや、何をして来るか分からない相手に向かって行って返り討ちに遭えば目も当てられないわ。


とにかくやるの、大丈夫、ちゃんとやり方は分かる。

私はすぐに背を向けバルコニーへ走った。


するとそれは手足をバタバタさせながら私の方へ走って来た。


「ぎゃぁぁあ゛ぁぁあ!」


締め上げられたような奇声を発し、狂ったように私に付いて来る。

失敗したらどうしよう、私まで落ちたら?

手が滑ってぶら下がらなかったらどうしよう、怖い、怖い!


私が走り抜けた3秒間で恐怖ばかりが脳裏をよぎる。


それでも体は生きたいと切望して、気が付けばバルコニーの外側の石造りの柵にしがみ付き…


ボトッ!!!!!


綺麗なお庭にはそれだけが地面に横たわっていた。


「はぁ……はぁ…はぁ…やった…やったぁ!!」


成功よ!大成功!!

私本当によく頑張った!!!

けど……


「ぅう………っ…。」


腕力が限界を迎えそう。

腕がプルプルして今にも滑りそうだ。

手を離したら終わりだけど、足をかける所も柵に上げる脚力もなく無様にぶら下がっている。


どうしよう…このまま落ちたら確実に怪我する。

後頭部なんか打ったら最悪死ぬんじゃないかな。


せっかくあのおかしな生き物を倒したのに私まで死んだら意味ないじゃない。


引き分けは嫌、ちゃんと勝ちたい。


「ん゛んー!!!!!」


体を持ち上げようとしても指先が痺れて来て言う事を聞かない。

嫌だ、落ちたくない、絶対に落ちたくない!!!


人生でこれほどまでに歯を食いしばった事がない。

力を入れすぎて頭の血管なんてもう切れそうだ。

落ち着いてと何度も何度も自分に言い聞かせるたびに心臓がはち切れそうな感覚に襲われる。


恐怖と比例して私の手は無情にも滑っていった。


もう無理、持たない…ヤバい、ヤバいヤバい!!!


ずるっ!!

「きゃっ!!!」


そのまま一気に下へ真っ逆さま、そう思ったけど…


「っ!!!!何やってんだ!!!!」


私の手を必死に掴んで怒った人がいた。

抱え切れない恐怖は安堵へ変わり涙がポロポロ溢れてしまう。


「な…ナイト…。」

「っ!!!!」


ナイトは片手で柵にしがみ付き、もう片方の手で私の手を掴んでいる。


「ほら!足かけろ!」


ナイトが片手で私を引き上げてバルコニーの柵に足がかかるようにしてくれた。

私はすぐに足をかけ、安全なバルコニーの内側へ戻る。

ナイトも自分の腕の力だけで体を持ち上げてすぐに私の目の前に来た。


「お前は一体何やってんだ!落ちたら死んでたぞ!!」


こんなにナイトに怒られたことのない私は少し動揺する。

よく見るとナイトの手もガタガタ震えていた。


「はぁ…もう…本当にやめてくれ…。

シーラが死ぬなんて…そんなのありえない。」


「ナイト……。」


私がナイトの名を呼ぶと、ナイトは私の肩に頭を置いた。


「間に合ってよかった。」


ギュッと抱きしめられることによってナイトの体温を感じる。

こんなにも暖かくて大きい。


ナイトを抱きしめ返したいのに、腕がまともに上がらない。


「ナイト…ありがとう。

来てくれて本当に嬉しい。」


私の心からの言葉を伝えると、ナイトが私を抱きしめる力を強くした。


「城の結界が攻撃された連絡が入った。

シーラに何かあったんじゃないかと思って何もかも放り出してここまで来た。」


仕事を放り出してまで私の元へ来てくれたなんて。

嬉しい…、この人にこんなにも愛されているなんて。


「嬉しいけど、ごめんなさい。

仕事の邪魔をするつもりじゃなかったの。」


きっと、結界を壊したのは紛れもなく私だ。

私の威嚇で壊れてしまったのね。


「仕事なんてどうでもいい。

シーラが一番大事だ、分かってるだろ?」


分からなかったよ、つい数秒前まではね。


「うん…本当によく分かった。

私もナイトが一番大事よ。」


ナイトが腕の力を緩めて私の顔を見る。


「あぁ、そうでないと困る。

俺はシーラの夫なんだから。」


夫って…。


「ふふ…/////」


結婚なんてできないけど、ナイトの言った言葉が真実のように思えた。


「うん、そうだね。旦那様。」


嬉しくなった私はナイトの唇にキスをした。


「ぎ……ぎぎ……。」


甘い雰囲気をぶち壊す、もう二度と聞きたくない声。

さっきの恐怖を瞬時に思い出して体に力が入った。

ナイトはすぐに下を覗き込んだ。


「首の骨は折れてるはずだが妙だな。」


ナイトの目にもそれは異常に写ったらしい。

もちろん、私は首が折れた化け物なんて見れないから目を伏せている。


「可愛い妻とベッドに入りたい所だが、仕事は放り出した上に部屋までぶっ壊されたんじゃそうと言ってられないな。」


ごめんなさい、ナイト。

部屋の中は私が壊しました、ドアはやってません。


「さて、どうするか……。」


ナイトはその賢い頭でいろいろ考えているみたい。

あなたは一体どんな方法で降りかかったものを捌くの?

考える姿も悩む姿も全部見ていたい。


「よし、決めた。」


ナイトは私を抱き上げてベッドに優しく置くといきなり腰に巻いてある剣のベルトを外し始めた。


え!!?


「ナイト!今はダメ!」

「ん?」


ナイトに襲われると思った私はすぐに膝を抱えて丸まった。


「あぁ、残念ながら今はダメだな。」


ナイトはニヤニヤしながら剣を取り、剣の握る部分で私の頭を優しくコツンと叩いた。



「可愛い人魚に何かあったら大変だからコレを預けておく。一応、このベッドに結界は張っていくが、これが壊されたらその剣振り回して細切れにしていい。誰を殺しても俺が許す。

30分程度で戻るからここでいい子にしててくれ。」


私はなんて勘違いをしてるの。

そうよ、今こんな状況でナイトが私を抱くわけないでしょ。

本当に馬鹿なんだから。


「…はい/////」


真っ赤になった私の頭を撫でるナイト。

ナイトはニヤニヤしながら瞬間移動の魔法を使い一瞬で消えてしまった。


って………!


「ナイト!!」


私は自分の手にある物を見てゾッとした。

だって、ナイトは丸腰で仕事へ戻ってしまったから。今日は確か討伐の仕事よね?


いくら強いナイトでも素手で魔物と戦うのは無理よ。


「どどどどうしよ…!」


かと言って届けるなんて絶対に無理だし、そもそも場所なんて知らないわ!

もう!なんで武器を私に託していくのよ!

このまま30分なんて絶対に待てないよ!!

だからってここから動くわけにも行かないし…!


あぁー!もう!もどかしいよ!!


「きゃー!!!!誰か来てぇぇ!!!」


物凄い悲鳴が庭の方から聞こえた。

きっとメイドの一人だ。

大騒ぎになりそうね。

とりあえず、誰も近づかないようにしておかないと。

へなちょこ魔物の私が手こずったんだからメイドなんか秒で殺されちゃうわ。


私はすぐにベッドを離れてバルコニーへ出た。


「それに近づかないで!全員各自の部屋へ戻って!ナイトの命令よ!!!一人残らず伝えて!」


私の言うことは聞かないだろうからナイトが言った事にしておいた。

もちろんこの時も、それの成れの果ては見ないようにしている。


「は…はい!」


メイドは真っ青な顔で返事をして転がるようにお城の中へ入って行った。

ひとまずこれでいいよね。


もうナイトのことで悩んでも仕方ない。

大人しく待っていよう。


ナイトなら大丈夫よ。

何があっても、ナイトは私の元へ戻って来る。

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