第三章

第3話 sideシーラ

「ん……。」


目が覚めて、長い夢を見ていた事に気がついた。

ナイト様と出会いそれから数年の夢を見ていたなんて。不思議な感じだ。


私は今23歳でナイト様は28歳。

さっきまで夢を見ていたから自分が本当に23歳なのか不思議になってくる。


いい加減服を着ないと。


「ん〜っ。」


二度寝したけど微妙にスッキリしない。

でもここでボーッとしているわけにはいかないよね。とりあえずお風呂に入ろうかな。


そう思い立った私はすぐにベッドを降りて自分の足でバスルームへ向かう。

今私が歩けているのはもちろんナイト様のおかげだ。

前にナイト様と話し合ってこのお城の中だけは歩けるようになってる。


これならナイト様の負担も減り私も便利だから利害の一致という事になった。


私が部屋を出るとメイドが待機していた。


「お嬢様、おはようございます!

今日もお美しいですね!お食事はいかがなさいますか?」


あの衝撃的な処刑以来、私に媚び諂うメイドが増えた。

と言うより、全てのメイドが私をこの国で一番の淑女のように扱う。


きっと私の機嫌を損ねたらナイト様に殺されると思っているのね。

実際、その通りだから笑い話にもできないわ。


「お風呂に入るので食事は大丈夫です。」


「お風呂ですね!かしこまりました!

早速準備をしてきます!」


もちろん、私はお風呂は1人で入りたい。


「私1人で大丈夫です。ありがとうございます。」


と言うより、1人じゃないとかなりまずいのよね…。

お風呂場には誰にも言えない秘密がある。


もしも誰かにその秘密がバレてしまったら、その時は私の首が飛ぶ。

それくらい危険な秘密だった。


「ですが…お嬢様…。」


「本当に大丈夫です!

1人で入りたいので!」


私は必死に1人で入りたいとアピールした。

するとメイドは渋々納得してくれる。

私は足早にメイドの前から去り、今日着るワンピースを持ってバスルームへ向かった。


ここからは楽しくて仕方ない時間が始まる。


一日、30分しかない私だけの楽しみがもうすぐそこにある。早く行かないと。


バスルームのど真ん中にガラスでできた浴槽がある。

これはナイト様が魔法で作り出したものらしい。その中に入り人魚の姿になれば準備完了。


中へ潜りコンコンと浴槽を叩くと…


「シーラ!」

「ルーン!」


私のたった1人の友達が底のガラスに映し出された。

こんな事が出来ると分かったのは3年前のこと。


私が1人でお風呂に入っている時に、浴槽の底からノックの音が聞こえた時からだ。


当時は悲鳴を上げるほど驚いた。


どうしてこんな事が出来たのか理由を聞いたら、ルーンもよく分からないと言っていた。


でも、正直嬉しいしルーンが海で無事に過ごせている事に心の底から安堵した。


それから毎日3年間、ルーンに会えている。

こうして見ると、ルーンも私も容姿はかなり大人になったのかな。


「シーラ、今日は遅かったね。」


ルーンはいつから私を待ってくれていたんだろう。


「うん、ちょっと寝過ぎちゃったの。

ごめんね、待ったよね?」


私が聞くとルーンは何度も首を横に振った。


「そんな事ないよ!謝らないで、俺はこうしてシーラに毎日会えるのが嬉しい。」


それは私も同じだった。

私は外には行けないし、使用人たちは何を考えているか分からないし、ナイト様なんてもっと何を考えているか分からない。


それに、ナイト様は忙しすぎて夜にしか会えないから日中は暇で暇で死にそうになってる。

だから私もこの時間が嬉しくて大好きだった。


「私も嬉しいよ、ルーンのおかげで寂しくない。」


ここは海よりも人がいるのにどうしてか孤独を感じる。


「シーラ、海に戻っておいでよ。」


ルーンはどうしてそんな事が言えるんだろう。

あの時、散々な目に遭ったでしょ?


「またナイト様に捨てられたらそうしようかな。」


でもそうなったとしてもまた意味不明に連れ戻されるかも。

また死人が出るかもしれない。

それだけは避けたかった。


「シーラが都合よく振り回される所なんて見たくないよ。」


ルーンは悲しそうな顔をした。

こんな話、純粋なルーンにする話でもないよね。

私とナイト様は結局、都合のいい関係でしかない。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。

何だかんだ言って離れられない私が悪いんだから。」


どんな形でもナイト様の側にいたいと思った、そこまで惚れ込んでしまった私の負けなの。


「シーラは悪くない、それだけは俺が断言する。ねぇ、シーラ。

もし俺がシーラを迎えに行ったら、シーラは俺について来てくれる?」


もしも、の話よね?

それでも私は…


「行かないよ。

私はナイト様に捨てられるまでここにいる。」


馬鹿だと罵ってよ。

本当にその通りだから。

相手は人間で、人間の中でも地位の高い男。


妻を何人も持てるし、人を無意味に殺しても罪に問われない英雄だ。

そんな無意味で無情な恋をしている私は誰からも笑い物にされるに違いない。


そんな馬鹿な私をルーンは笑わなかった。


「そっか、それなら迎えには行けないね。」


ルーンは私を怒るわけでも罵るわけでもなく優しく言った。


「でも、シーラ。覚えておいて。

俺は常にシーラの味方だし、シーラが迎えに来て欲しい時は何を犠牲にしてでもシーラのとこに行くよ。もしもの時は俺をちゃんと頼って。

俺はいつまでも待ってるから。」


この優しさはどこからくるものなの?

ルーンは純粋すぎる。

私の友達でいてくれる事が不思議なくらい。


「ありがとう、ルーン。本当に嬉しいよ。

それに、頼もしい。」


ルーンはいつも孤独な私に1人じゃないと教えてくれる大切な存在だった。


「そうだよ、俺はちゃんと頼れる男だよ。

それよりシーラ……ん?」


ルーンが私の後ろの方を見ている気がする。

どうしたんだろう。


「何?どうしたの?」


私が聞くとルーンが恐ろしい事を口にした。


「シーラ、誰かいない?影みたいなのが見えるよ。」


一瞬、ルーンが私をからかっているんだと思った。

だけど、遊びで言っている訳じゃないとすぐに分かる。

ルーンが本気で私の後ろを警戒していたからだ。


私は恐る恐る振り返る。


すると、私が入っている浴槽を覗き込んでいる人物とバッチリ目が合った。

私はもちろん悲鳴を上げそうになる。


私を見ていた人物は…


「お嬢様、これは頂けませんねぇ?」


勝ち誇ったように、ほくそ笑んだミザリーだった。


「ルーン……。」


どうしてミザリーがこんな所にいるの?

それよりどうしよう、一番見られてはいけない人に見られてしまった。


ナイト様はあの一件からルーンのことをよく思っていない。

私とルーンが恋人同士だと勘違いして引き離したのがその証拠だ。

ルーンと私がこうしてこっそりやり取りをしていること自体、それを肯定するようなもの。


特にミザリーは私の事を疎ましく思っている。

ナイト様にある事ない事全て言うに決まってるわ。

今はとにかく…


「逃げて…ルーン。」


次にナイト様に捕まってしまったら絶対に命はない。


「シーラ、何?誰に見られたの?」


ルーンは冷静に聞いて来た。

私はミザリーから目を離さずに答える。


「ここのメイド長よ。」


一番見つかりたくない人に見つかった。


「ルーン、今すぐに逃げて!

出来るだけ遠くに、この国の海には二度と戻らないで!」


こうなった以上開き直っても無駄だ。

今からは全力でルーンを守る為だけに動こう。


私が顔を出す前にミザリーの手が私の髪を掴んだ。


「い゛っ!!!」


片手で私を水から引っ張り上げるなんてどんな筋肉してるの?私と同じ女よね?


「公爵様は何と仰るかしら?

まぁ、あなたがアバズレだって事はみんな知ってるけど。

公爵様に養われている分際で外の男と密通してたなんてねぇ…。」


そう見えても仕方ない。

実際、ナイト様に黙ってルーンと話していた事は事実だ。私はいくら罵倒されてもいい。


とにかくルーンを守らないと。

ルーンが処刑台に立たされたら私はこの先立ち直れない。


もうヤケクソだった。


「離して!!!」


私は力を振り絞り、目の前にある憎たらしい顔を思い切り殴った。

パリン!!とメガネが割れて私の手もミザリーの額も切れる。


「っ!!!この小娘!!!!」


ミザリー自体は違う意味でもキレていた。

ミザリーが怯んだ瞬間を私は見逃さない。

その隙をついてミザリーを思い切り押し、近くにあったタオルを引ったくって体に巻いた。


その後はバスルームを飛び出してナイト様の部屋へ向かった。

ナイト様の部屋なら鍵もあるし武器もある。

ここまで来たら暴れるしかない。

ナイト様が出かけてしまっている今は私の味方は1人もいない。


前回みたいな事をされたら次こそ私は生きていけなくなる。

もう私をやっかむ人間に振り回されるのはごめんなのよ。


「誰かー!誰か来てー!!

人魚が私を殺そうとしたわ!!!

早くあの人魚を捕まえて!!」


歳の割によく響く声ね。

これで私はもっと窮地に陥る。

若い執事たちが来たらもうおしまいだ。

あのミザリーはどうにか殴る事ができたけど、大人の男となれば話が変わってくる。


廊下を濡らしながらとにかく走った。

私はあの時ほど弱くない。

次はちゃんと抵抗するから。


私がどれ程面倒くさい女かここの住人に知らしめてやる。


ナイト様の部屋について鍵を閉めようとした。

でも…


「この!抵抗するな!!!」


既に若い執事に追いつかれてしまった。

ドアの引っ張り合い攻防は少し続いた。

もう負けが確定している今、頑張る必要はないんじゃないか。

ふと思いついた事を実行した。


「えい。」


それは、抵抗をやめること。

サッとドアから手を離し扉の真横に避けたら…


「うわあぁ!!」


執事は勢いよく部屋の中に転がり込んできた。


「この…っ!!」


どうだ!!私は強いだろー!!!

と言ってやりたいけどそんな余裕はない。

この部屋に入って来てしまったならもう武器での抵抗しかなくなった。


私はすぐにソファーに上がり、壁にかけてあったナイト様の剣を取った。


「来ないで!!!」


私がその剣を向けた瞬間、執事は顔を真っ赤にして怒った。


「お前…その剣は…。」


執事はもう爆発寸前って感じだ。

この剣が何?


「それは公爵様がドラゴン討伐の時に使った剣だ!!

それをお前みたいな女が触るなんて…!

公爵様をこれ以上侮辱するな!!!」


なる程、魔物退治の剣ね。

通りで…


「っ…。」


剣を握っている私の手が熱いわけだ。


ジリジリ私の掌を焼いているのがよく分かる。


私は魔物だからね、この剣は好きじゃない。

この剣が私を殺したがっているのが本当によく分かる。


「この部屋から出て行って!」

「その剣を置け!!」


「いいから出て行ってよ!!!」


執事が大声で怒鳴るから私も必死に叫んだ。


私があまりにも本気で叫んだものだから、声に魔力が乗ってしまった。


「ゔっ!!!!」


どうやら私は執事の鼓膜を傷つけたらしい。

執事の耳からは少量の血が出ている。

前の私ならここでやり過ぎたと怯んだだろう。

でも今は違う。


ルーンの命がかかっている今、何をしたってやり過ぎにはならない。


「クソッ…!!

お前…!絶対に地獄に落としてやるからな!

魔物が人間に攻撃してタダで済むと思うなよ!

裁判にかけて処刑台に送ってやる!!」


処刑台という言葉に嫌な事を思い出した。

4人のメイドと1人の男。

あそこへ送られるのは嫌だ、あんな死に方はしたくない。


「これで公爵様も目が覚めるはずだ!!

どうせ黒魔術か何かを使って公爵様を誑かしてるんだろ!!その全てを明るみに出してやるからな!」


黒魔術なんて使ってない。

そもそも黒魔術なんて知らないし、使われていたのは何百年も前の話でしょ?

どこからそんな話が出てくるのよ。


「私は黒魔術なんて使ってない!

言いがかりはやめて!」


男と密通と黒魔術なんて最悪の組み合わせだ。


「黙れ!!魔物の分際で口答えをするな!」


これが彼の本音なんだ。

普段はナイト様がいるから穏やかにニコニコ笑って愛想良くしているけどナイト様がいなければこうなる。


ナイト様に間接的に守られている事は事実だ。


「っ…!」


私がこの剣を握っていられるのも時間の問題だ、掌が痛い。

ゆっくりと炙られているような感覚だった。

だけどこの剣は離せない。


これを離した途端、執事は私に襲いかかってくるだろうから。

そうなれば私は絶対に負ける。


人を斬る勇気も力も私には微塵もないけど、これを握っていれば襲ってこないなら私はいくらでも我慢できる。

幸い、我慢する事は得意だ。


私はとにかく時間を稼ごう。

ナイト様にルーンとのやりとりがバレるのは時間の問題。


ナイト様に隠し通す事はきっと不可能だと考えて私ができる事は一つになった。時間稼ぎよ。

ルーンが少しでも遠くに逃げれるようにしてあげないと。


ナイト様が帰って来た時のことはもう成り行きに任せるわ。

今はとにかく散々暴れて時間を稼ぎ、とことんここの人たちを困らせないと。


執事は私との距離を少しずつ埋めようとしている。

距離を詰められたら終わりだからとにかく暴れよう。

剣を鞘から抜くともっと嫌な感じが伝わってくる。さすがはドラゴンを倒した剣ね。

私なんてこんな剣に斬りつけられたらイチコロだ。

なんて考えている暇はない。


「私に!近寄らないで!!!」


重たい剣を両手で振り回した。

ブォン!!ブォンッ!!と剣は音を立てる。

ナイト様はこんな物を片手で振るっているの?

相当な豪腕だわ。


「おい!暴れるな!」


執事は私の奇行に怯み悔しそうに数歩後ろに下がった。

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