sideシーラ

最悪な展開とはまさにこの事。

2人で星を見るはずが何故か私は人魚狩りの網にかかっている。

突然のことでパニックになる私と、必死に網にしがみ付くルーン。


「シーラ!落ち着いて!絶対助けるから!!」


この網は何か特殊なもので出来ているみたい。

異常なほど頑丈だ。

これはもう無理…絶対に逃げられない…!


「ルーン、行って!!

ルーンまで捕まっちゃうよ!!」


ルーンは運良く網を逃れた。

ここでルーンまで死ぬ事はない。


「嫌だ!絶対に離れない!!!」

「ルーン!!ダメだよ!!早く行って!!」


私たちの怒鳴り声と人間たちの声が重なり、夜の海に喧騒が響く。


「ルーン!!逃げて!!お願い!!」

「嫌だ!!シーラと一緒じゃなきゃ行かない!」


私もルーンも引かず結局2人で船の上に上げられてしまった。


「きゃっ!」

「っ!!!」


船の上に網がついた途端、魔法のように網が消えてなくなった。

魔法のようにじゃない、本当に魔法だったんだ。


この網といい船、一体どんな権力者がこの船を操ってるの?


船に上げられ裸になった私とルーン。

人の体になった途端、尋常ではない寒さが体に突き刺さる。


恐怖と羞恥と寒さで船の隅っこで膝を抱えていると、裸のルーンが私の体を隠すように抱きしめてくれた。


そんな私たちを囲む10人以上の人間の男たち。


この男たちは寝不足なのか体調が悪いのか、顔色がものすごく悪い。


でも、私とルーンを見てすごく嬉しそうな顔をしているからその差が不気味だ。


「それ以上近付いたら殺す!」


ルーンは本気で言っていた。

足に完全に力が入っていない私とは違って、ルーンはしゃがんでいる。


一体いつ歩けるようになったんだろう。


「無駄に騒ぐな!!無理矢理大人しくさせてもいいんだぞ!」


「あぁ!やってみろ!!!

それ以上近付いたら死ぬまで暴れてやるからな!!」


「生意気な野郎だ!

オスは要らねぇから殺っちまえ!!」


ルーンと言い争いをしていた男に誰かが言った。

オスはいらない?

私が目当てって事?


「シーラが目当てなら…全員殺すしかないな。」


ルーンの殺気に鳥肌が立った。

いつもの優しい声は低く変わり、瞳に憎悪を宿してる。


「ルーン…」


私の声は届いていない。

目の前の男を殺すことしか考えていないんだ。


ルーンが強い事は知ってる。

体格もいいし、狩も上手くて、一度は群れを率いる力を手にした。

それ程強い事は知っているけど今は勝ち目がない。


人魚の足よりも遥かに扱いにくい人間の足で、最悪な事に相手は10人以上。

こんな相手に向かって行くなんて自殺行為よ。


「ルーン、お願い、冷静になって!

大人しくしていたら殺される事はないから!ね?」


私はルーンがどこにも行かないようにギュッと抱きついた。


ルーンは片手で私を抱きしめたままもう片手を男に向けた。

その瞬間、海がザワザワ騒ぎ出す。


「おい…何だよ、これ…」

「何だ!」

「おい!何してる!」

「早く殺せ!そいつ何か企んでるぞ!」


男たちがこのおかしな光景を見て不安そうにいろいろと口走る。

それもそのはず、これはルーンの能力だと思う。


ルーンの魔力と海水で作られた人魚の兵隊たちが船の上にいる男たちを囲むように配置された。


「船の上で溺れ死ね、薄汚い人間ども。」


ルーンが力強く翳した手を握ると…


「うわぁ!!何だよ!」

「このっ!!やめろ!!」

「お゛っごぼっ!」

「逃げろ!!早く!!」


水で作られた兵隊は男たちを次々と襲って行った。

ルーンの言葉通り、人間たちが船の上で溺れて行く。

兵隊は人間に纏わりつき酸素を奪っている。


こんなに必死に踠く人間を見たことがない。

水の中では人間は無力、人魚とは相容れない存在だ。


男たち全員の酸素を奪い、惨たらしい死を与えようとしているルーン。

これはもう、人間たちの完敗だ。

ルーンの勝ちだよ。


だから……


「帰ろう?もう十分だよ、今のうちに早く逃げようよ。」


殺す必要はない。

この人たちだってきっと家族がいる。


「コイツらを殺しておかないとまたシーラが狙われる。」


ルーンは能力を解除しなかった。


「私は狙われないよ!海から出なければいいんだから!助けてあげて、お願い!」


私が懇願するとルーンはすごく苦しそうな顔をする。


「シーラが気を使う必要なんて微塵もない!

コイツらは自分たちの利益のためにこれからもシーラを、俺たち人魚を蹂躙しようとする!

そんな奴らいらないんだよ!」


「分かってるよ!そんな事!

人間は怖いし卑劣な生き物だって!

でも、だからって私やルーンが人間を殺していい理由にはならないの!!!

これじゃあ本当に海の悪魔になっちゃうよ!

ルーンは私に花をくれる優しい人魚なの!

だから殺しちゃダメ!助けてあげて!!」


私が泣きながら懇願すると、ルーンまでもが泣きそうな顔をする。


「甘い…甘すぎるよ、シーラ。

コイツらはシーラのその慈悲を受ける資格なんて微塵もないのに…。」


ピキッ!パシッ!!

私たちが必死に話していると妙な音が聞こえた。

反射的に音のする方を見て驚愕する。


ルーンがまとわり付かせていた人魚の兵隊達は氷に変わり次々に砕けてしまった。


明らかに魔法の仕業だ。

この中に魔法使いがいるのね。


「っはぁ、ゲホッ!!ゲホッ!!」

「クソ!!!あの人魚ぶっ殺してやる!」

「生きたまま鱗を剥がしてやろうぜ!」

「いや!火炙りがいいだろ!」


ルーンを助けるために私は何ができる?

せめてルーンだけでも…


「公爵様!こちらです!人魚を二匹生捕りにしました!」


………え?


少し離れたところで聞こえた声に思考が停止した。

今確実に言ったよね?


公爵様って。

嘘でしょ?公爵様ってまさか…違うよね?

私の期待と不安はすぐに恐怖一色に染まる事になる。

船の奥から現れたのは紛れもなくこの国の公爵様。


私をゴミのように捨てた、ナイト様だった。


ナイト様はナイト様だけど前とかなり印象が違う。

一緒の空間にいるだけで息が詰まりそうな程の禍々しい魔力を纏っている。


表情だって、前よりも怖い。

前はナイト様の瞳から優しさを感じていた、それなのに今は殺伐とした視線しか感じないからだ。


その視線に囚われた私は自然と涙が溢れて行く。


この1ヶ月で何があったの?

誰かに何かされたの?


その禍々しい狂気と殺気は何?


聞きたい事はたくさんあるのに、目の前の恐怖に支配されて何も言えなくなってしまった。


ナイト様は私を見た後、すぐにルーンに視線を移した。


すると、真っ暗な蛇のような物がルーンの体を這っていく。

ルーンが必死に振り払おうとしても、それは容赦なくルーンの体中に巻きつき首を絞めた。 


何かは分からないけど、絶対にナイト様の力だ。


「っ!!」

「ルーン!!!」


ルーンが私から引き離されて宙吊りになってしまった。


「シーラっ……逃げてっ……!!」


私歩けないから絶対に逃げられないよ!!!

宙吊りになったルーンの手を必死に両手で握りしめた。


「ルーン!大丈夫だよ!絶対、大丈夫だから…!」


だから気をしっかり持って、お願いだから死なないで。


ふと真横で人の気配がした。


「まるで恋人同士だな…?」


抑揚のない低い声にゾッとしたのは言うまでもない。


「ぁ……あ………」


ナイト様の魔力がわかる。

私の体にまとわり付くような狂気も。


「なぁ?シーラ。」


ナイト様が私の顎を片手で掴み上を向かせた。


「このガキ、どう始末してほしい?」


「し……始末って…」


何を言っているのか理解するのに時間がかかった。


「な……何で…何でそんな事…」


私の声は情けなく震えていた。


「何で?まだ分からないのか?

どうして俺がここまでしてると思う?」


全く分からない…分かるわけないよ。

だって、最初に私を見限ったのはナイト様の方じゃない。

私が困惑しているとルーンの手の力がスッと抜けていくのが分かる。

ルーンが気を失ってしまった。


「ナイト様、ルーンを助けてください!

お願いします!ルーンを殺さないで!!」


私は目の前のナイト様に縋りついた。


「ルーンがあなたの仲間を傷つけた事は謝ります!本当にごめんなさい!お願いですからルーンを殺さないで!」


私が泣きながら懇願するとナイト様は苦しそうに少しだけ笑う。


「この人魚がそんなに好きなのか?たったの1ヶ月過ごしただけで?ありえないだろ。」


もちろん好きよ。

私のたった1人の友達なんだから。

嫌いなわけないじゃない。


「好きです…ルーンを嫌いになることなんて絶対にありません。」


「へぇ、そうか。

それは最悪だが好都合だ。

コイツを生かして欲しければ俺の物になれ。

ならないならコイツを今ここで細切れにしてやる。」


何で…?どうして?

なんて残酷な事を思いつく人なの?


あなたが私を捨てたのに。

私の意思なんて無視して他人に私を捨てさせた。

私をゴミみたいに扱ったくせに…。

捨てられた悲しみはいつまでも消えない。


それなのに今度は自分のものになれって言うの?


自分勝手すぎるよ…。


「どうして…何で今更……」

「早く決めないとな?そろそろ死ぬんじゃないか?」


そうだ、早くしないとルーンが死ぬ。


あなたは変わってしまった。

前もぶっきらぼうな所はあった、でもこんなにも酷い選択をさせるような人じゃなかったのに。

ナイト様に一体何があったの?

前のナイト様はどこへ行ったの?


「あなたの物になります、だから…ルーンを助けてください。」


私の言葉を聞いてナイト様が無言で魔法を解除した。

ルーンが真横に落ちてきたから生きているかどうかすぐに確認する。


よく見るとちゃんと息をしていた。

よかった…本当によかった。

ルーンを見つめていると何かが私の視界を遮る。

温かいそれは、ナイト様が魔法で出したであろう何かの毛皮だ。


それに包まれ、ナイト様に軽々抱き上げられた私。

ナイト様は船員達の方へ向き直った。


「そこで伸びてるのは起きる前に海に捨てておけ。次は助けに来られない。」


ナイト様が簡潔に言うと船員達は返事をしてすぐに動き始める。


気を失っているルーンに何かされるんじゃないか、そんな不安が絶えない。


私の不安なんて置き去りにするようにナイト様がルーンから離れていく。


せめてお別れをさせてよ、こんな離れ方は嫌だ。


ナイト様にお願いしようとした瞬間、潮風から切り離された。

風は途端に止み、温かい空気が頬を包む。


何だか懐かしい気持ちになる。

ここは馬車の中だ。

正直言うと馬車はあまり好きじゃない。

いい思い出があまりないから。

今だってそう。


久しぶり会ったナイト様は前とは別人のようになっていて怖い。


この1ヶ月で何があったのか、軽く聞けるような雰囲気でもない。

この沈黙が私にとっては地獄だった。


そんな地獄を終わらせたのはナイト様だった。


「いつ出会ったんだ、あの人魚とは。」


ルーンの事を聞かれるとは思っていなかった。


「……海に戻った日です。」


ナイト様が私を見限った日とでも言おうか。


「それにしては随分と仲がいいな。

1ヶ月であぁもベタベタできるものか?」


私たちが裸で抱き合っていた事を言っているんだろう。

それは仕方ないよ。

大勢の人間に囲まれて、寒いし怖いし、互いの身を守ろうとしてなった形だ。


「罠を掻い潜ったり破壊したりする頭があって俺の事が分からないなんて信じられないな。」


罠を掻い潜る?破壊?


「何を…、言ってるんですか…?」


確かにルーンは罠を警戒していた。

でも破壊したりなんかしてない。


「あくまでも知らないフリか?

どんな馬鹿でも気がつくように罠や船には俺の家の紋章をハッキリと書いておいた。

俺がお前を捕えようとしているとちゃんと分からせるためにな。

それを何十個も破壊しておいてよく堂々と嘘がつけるな…?」


本当に身に覚えがなかった。

だって…もしも、ナイト様が私を探していると知ったら私はきっとあなたの元へ戻ったのに。


「本当に知りません…私はずっと、海の深い所にいたんです。ルーンも私と常に一緒にん゛っ!」


いきなり喋れなくなった。

視界の端に黒い蛇のような光が見える。

どうやら、ナイト様の魔法で黙らされてしまったらしい。


困惑する私を置いていくように、ナイト様が私を馬車の椅子に押し倒した。




「あぁ、知ってる。アイツとは仲良しなんだよな?常に一緒、か。

引き離されてさぞ寂しいだろ?

でも安心しろ、これからは俺とずっと一緒だ。

寂しい思いなんてさせないし、好きなものを好きなだけ用意してやる。」


ナイト様が大きな手で私の頭を優しく撫でる。

それなのに…


「そう言えば、城にプレゼントを用意してる。

お前が気に入ればいいんだが、少々喧しいかもしれない。」


なぜか怖い。

目が笑っていないから?

魔力が禍々しいから?

私はこの人の何が怖いんだろう。


そして、何となくそのプレゼントはもらってはいけない気がした。


私は話せないから必死に首を横に振った。

プレゼントなんかいらない、って。

私の怯え切った瞳を覗くようにしてナイト様が顔をグッと近付ける。


「遠慮するな、前もそう言っただろ?

俺たちはこれからずっと一緒にいるんだからプレゼントくらい受け取ってくれよ。」


この有無を言わせない圧が怖い。

ナイト様じゃないみたいだ。


「まぁいい、プレゼントは後々渡す。

それより、明日は何がしたい?

せっかくシーラが帰ってきたんだ、俺も休暇を取る。前に行きたがっていたオペラに行くか?

それとも新しいドレスを見に行くか?ほら、何がしたい?」


ナイト様の質問と同時に黒い光が私の口元から消える。

何となく喋れるような感じがしたから答えてみる事にした。


「明日は…特に何もしなくていいです。

新しいドレスもいりません。明日はゆっくりしたい…です。」


よかった、ちゃんと喋れた。


「そうか、それなら明日は城で過ごそう。

俺も久々にゆっくりできてちょうどいい。」


「あ…あの…ナイト様…。」


押し倒されたままだと気まずい。


私は今毛皮で包まれているだけでかなり際どい事になっているし、何よりもこの距離はおかしいと思う。


こんなの外から見られたら恋人だと思われるくらいの距離よ。


「普通に座って話しませんか?

私はともかく、ナイト様は紳士でしょ?

こ、こんなとこ、誰かに見られたら大変ですよ。」


この体勢は正直心臓に悪い。

馬車のカーテンも閉まっていないし、とにかく身の置き所がないわ。


「こんな夜だし誰もいない。

そもそも、見られたって困らないだろ?

俺たちは前もこうしてずっと一緒にいた仲なんだから。今更誰にどう解釈されようが俺は構わない。」


ナイト様が私の前髪を掻き上げるようにして頭を一度撫でた。


「他人の目なんて気にするな、好きに言わせておけ。どうせ死ぬまで俺と一緒にいるんだ、他人の事まで気にしていたらこの先持たないぞ。」


死ぬまで一緒にいる??

何を言ってるの?

ナイト様は皇女様と結婚するんでしょ?


「ナイト様…冗談はいいですから先に座りましょうよ、ね?」


私が少しナイト様の胸を押すとナイト様が私の手をそっと掴んだ。


「なぁ、シーラ。」


ナイト様の瞳に捉えられ私は言葉を失う。

底知れぬ恐怖を感じたからだろうか。


「俺が冗談を言ってるように見えるのか?」


もちろん見えない、見えるわけがない。

私が首を横に振るとナイト様が緩く笑みを浮かべた。


「あぁ、そうだよな。

俺たちは今度こそ何があっても一緒だ。」


ナイト様の中に執着を見た。

本当に意味がわからない。

あなたが私を捨てた。

それなのにどうして執着するの?


絶対に実現しない未来をどうして口にするの?


「シーラ、分かったら返事をしないとな?」


分かったら返事?何もわからないのに??


「あの……。」

「返事は?」


ここで返事をしなければ大変な事になる気がする。

今のナイト様の機嫌を損ねたら何をされるか分からない。


「は……い。」


私のぎこちない返事を聞いてナイト様の機嫌がすぐに直った。


「いい子だ、シーラ。

さすがは俺の人魚だな。」


私を押し倒すのはやめて今度は、私を向き合わせる形でナイト様の膝の上に座らせた。


これは…この体勢はよくない…//////


「あの…ナイト様/////」


こんな近くじゃ恥ずかしい。

体も見えそうだし…。


「恋人がいた割には初々しい反応をするんだな。わざとか?」


ナイト様は勘違いをしてる。

私とルーンが恋人同士だと思ったらしい。

そうよね、人魚と人間の距離感は全くもって違うから。

私はここで何と答えるべきだろう。


キッパリと違うと言うべきなの?

いや、それよりも…


「お///降ろしてくださいっ/////」


「この馬車から?

それもそうだな、俺も早く自分の家に帰りたい。」


ナイト様はわざと話が通じていないフリをする。その顔を見たら分かるの。

いつも、私を揶揄う時その顔をしていたから。


「ナイト様!真面目に聞いてください////」

「あぁ、真面目に聞いてる。

だから、もっと早く帰れるように瞬間移動するか。」


瞬間移動!?

何でそうなるの!?


「ナイト様、わざわざ魔法を使わなくても」


私の言葉の途中でシュッと周りの景色が歪み、馬車から弾き出された。

今私たちがいるのは…


「おかえり、シーラ。」


大きなお城の前だった。


「………。」

「馬車でゆっくり話でもしようと思っていたが案外早く帰りたがってたからな。

俺は便利な男だろう?これからも存分に使ってくれ。」


ナイト様はそう言って私の手を取りキスすると懐かしいお城へと足を進めた。


このお城へ戻るのは怖い。

だって、ここのお城の人にはすごく嫌な事をされた。

散々邪険にされ、貶され、最後は蹴落とされた。

あの時の傷は治ったけど、心の傷の方は別。

たかが1ヶ月で心までは癒されない。

あのメイド達がまた私をいじめてきたらどうしよう。

そう考えるとこのお城へ入りたくはなかった。


私は抱かれているからここから逃げることはできない。

でも、拒否権もないだろうから不安に押しつぶされそうな私はナイト様の胸に身を寄せた。


ナイト様がお城の大きな扉の前に立つと、扉は勝手に開いていく。


まるでこのお城が生きていて、主人の帰りを待ち侘びていたように見えた。


「おかえりなさいませ、公爵様、お嬢様。」


私たちを出迎えたのはここのお城の執事のエドとメイド長のミザリー。

この顔ぶれをまた見る事になるなんて思わなかった。


またこの人たちに無視されたり虐められたりするのかと憂鬱になっていたけど、2人ともナイト様に怯えているように見える。


今までこんなことは一度もなかった。

一体、この1ヶ月で何が起こったんだろう。


「帰ってきて早々聞くのも何だが、シーラはコイツらのことどう思う?」


ナイト様の質問にギョッとしたのはエドとミザリーだけではない。私だって驚いた。


「どう思う、とは…?」


私がナイト様に聞くと、エドとミザリーの2人は私とナイト様を交互に見た。


「そのままの意味だ。

このまま仕事を続けさせるべきか、クビにして追い出すべきか…殺してほしいならそうする。」


「そ…そんな!!」

「公爵様!!」


ナイト様のめちゃくちゃな発想に2人が恐れ慄いた。


私にこの2人の今後を委ねると言うこと?


「あの……どうして私にそんなこと聞くんですか?」


私はナイト様の質問の意図が分からずひたすら困惑していた。


「1ヶ月前、シーラに無礼を働いた馬鹿な女が3人と男が1人いただろ?

男は知らんが、女達に至ってはコイツら2人が教育しているから根本から変えてほしいならそうする。

これは提案だ、好きに答えてくれ。」


確かに私はその人達に傷つけられたよ。

でも…私を捨てに行くように命じたのはナイト様でしょ?


何と答えるのが正解なんだろう。

正直、私はこの2人が好きじゃない。

前から私を見下しているし、何度も無視をされたこともある。

だけど…


「お嬢様!私は誠心誠意お嬢様にお仕えいたします!

これからは以前のような事が二度起きぬよう尽力すると誓います!

どうかお慈悲をお見せください!!」


「お嬢様、私もミザリーと同様これまで以上にお嬢様に誠心誠意仕えると誓います!

命だけはご容赦ください!

どうかお願いいたします!」


こんなにも必死に命乞いをしている姿を見たら何だか哀れに思えてきた。


別にこの人たちのことは好きじゃない、一生好きにはならないと思う。

だからと言って私が罰を下せる立場にいるかと言うとそれも微妙だ。


今回、こうなってしまったのは、私を手放す選択をしたのはナイト様だから。


結局この2人を変えたところで、ナイト様がまた私を捨てると言えば同じ事を繰り返すだろう。


「この2人に罰は望みません。

そもそも、このお城にいる人たちに何も望んでいませんから。」


私の言葉に2人は表情を明るくした。


「感謝いたします!お嬢様!」

「ありがとうございます!お嬢様。」


正直、関わりたくない。

あの一件からちゃんと学んだの。

人間は怖い生き物だって。


「シーラは慈悲深いな。

まぁいい、とりあえず使用人のことで何か気に入らない事があればすぐに言ってくれ。

その時は俺がちゃんとシーラの目の前に本人とコイツらのどちらかの首を揃えて持ってきてやる。」


何かあったとしても絶対に自分の中に留めておこうと誓った瞬間だった。


「そう言うことだ、お前達は常に気を張ってシーラに接しろ。分かったらもう下がれ。」


ナイト様の命令を聞いてメイド長のミザリーがおずおずと聞いた。


「公爵様…今夜のお嬢様のお世話はどうされるのですか?もしよろしければ私が直々に」


「下がれ、今夜の世話は俺がする。」


え!!?

ナイト様以外の誰もが心の中でそう思った。

 

「かしこまりました…。」


ミザリーも困惑している。

もちろん、一番困惑しているのは私だけど。

ナイト様は迷う事なくこの場を去る。


ナイト様の魔法で一瞬でお城の中へ到着した私たち。

お城の中と言うのはもちろん、ナイト様の部屋のことだ。


たった一ヶ月前のこと。

それなのにすごく懐かしく感じる。

ここはナイト様の部屋なのに、心のどこかで落ち着いているなんて。


またいつ捨てられるかも分からないのに滑稽だわ。

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