sideシーラ

あの最悪な日から早くも1ヶ月が経っていた。

心の傷は癒えるどころか広がるばかり。


毎日毎日寂しさで潰れそうになる。

私がいなくなった後のあのお城を想像するから。

お城をと言うか、お城で生活をしているナイト様のこと。


邪魔な私を捨てて、清々しい気持ちで毎日朝を迎えているのだとしたら…


「っ……。」


もう…私は本当に馬鹿だ。

いつまでナイト様のことを思っているのよ。


「シーラ、遅くなってごめん!」


メソメソしている私の事を何一つ責めないルーン。

ちなみに、ルーンは今どこから狩って来たかは知らないけどサメを脇に抱えている。


「全然!それよりすごいね!」


私がサメを指して言うとルーンは少し照れたように笑っていた。


「シーラに美味しい物食べさせてあげたくて。」


や…………優しい………。

胸にジーンと来た。


「ありがとう、ルーン。

でも、夜は一緒に狩りしようね!」


この生活をしていくのなら狩りはちゃんと交代でやっていかないと。


「大丈夫。俺は狩りが得意だし楽しいから。

それよりシーラ、何日かは海から顔を出さないほうがいいかもしれない。

大きな船が何隻もあってかなりの数の網や籠が海に入れられてた。多分、人魚狩りをしているんだと思う。」


人魚狩り?

そんな野蛮な事をしている人間がまだいるなんて。

どの時代になっても、人魚は高く売れるのね。

って……


「ルーンも気をつけてよ!?

そもそも海の上に見に行ったから知ってるって事だよね?

もう行っちゃダメ、捕まったら本当に酷い目に遭うんだから!」


あの時の私は本当に運が良かった。

もしも、あの時ナイト様がいなかったら私は酷い死に方をしていたかもしれない。


この事はルーンも知っている。

再会した時にナイト様のことは一応話しておいた。

ナイト様に特別な感情を持っている事は言っていないけどね。


「分かってるよ。

俺は絶対に捕まらないから安心して。」


ルーンは爽やかな笑顔を浮かべながら素手でサメを真っ二つにした。


こんなの、貴族のお嬢様が見たら倒れるだろうね。


血がそこら中に充満しているし、何より生き物を真っ二つって言うのが耐えられないと思う。


「シーラ、頭と尻尾どっちがいい?」


栄養があるのが頭の方だから…


「尻尾がいい!」


いい所は狩りを頑張った人にあげないとね。


かなり野生的な食事をした後は2人で海を楽しむ。

イルカと遊んだり、タコをつついて遊んだり。

その時、その時は楽しい。

けど、私の心の中にはやっぱりナイト様がいる。

自分で海の底へ帰ると決めたくせに。


嫌われてるくせにまだナイト様に未練がある。

そんな自分がどうしようもなく嫌になってしまった。

ルーンは私が落ち込むと必ず何か持って来てくれる。


今だってそうだ。


私が少し落ち込んだ事に気がついて何かを持って来てくれるらしい。


ルーンをずっと待っていた。

夕方からずっと、ずっと。

だけどあまりにも遅い。

だってもう月が上がっている。

さすがに心配になって来た。

ルーンは確かに強い人魚だけど、いつもこんなに私を1人にする事はない。


きっと何かあったんだ。

まさか人間に捕まったんじゃ……。


ルーンが人間に捕まったと想像したら血の気が引くような感覚に陥る。


人魚を捕まえる人間は総じてみんな野蛮だ。

もしも捕まったとして、激しく抵抗したら弾みでルーンを殺してしまうかもしれない。

 

殺された後は、鱗を全て剥がされ捨てられるだろう。


考えただけでゾッとする。

探しに行こう。

人間に捕まっていなくても、何かで怪我をして動けなくなっているのかもしれない。


私は急いで飛び出した。

数キロ先に進むくらいなら入れ違いにもならないはず。

私は全速力で海を泳いだ。

とりあえず3キロくらい進んだだろうか。


ここで一度呼んでみよう。


「ルーン!!」


真っ暗な海に私の声だけが響いた。

世界でたった1人取り残されたような孤独に襲われて一気に心がザワザワする。


怖い、1人になりたくない。


「ルーン!!」


もう寂しいのは嫌だ。


バクバクと心臓が早鐘のように鳴る。

どうしたらいいか分からなくなって辺りをキョロキョロ見るけど何をしていいのか全く分からない。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう…」


孤独は私の中で最大の恐怖だ。

ナイト様に捨てられた今、私にはルーンしかいない。

きっと、ルーンだけだ。

こんな私の側にいてくれるのは。


そのルーンが今は見つからない。

恐怖は涙に変わり、涙は海に溶けていく。


「ルーン!!」


情けない涙声に返事はなかった。

1人になりたくない、もう寂しいのは嫌だ…!


「ルーン!!」


ママは死に、ナイト様にはゴミみたいに捨てられた。

ルーンまで失いたくない…!


泣きながら必死に暗闇を泳いでいると…


「きゃっ!!!」


何か固い物に尾鰭をぶつけて、砂に転がり込んだ。


「ぅ………うっ……痛っ……」


人間の足で言う、膝の辺りの尾鰭を傷付けてしまった。

鱗が数枚剥がれて血が出ている。


ジワっと涙が浮かび全てのことが嫌になった。

もう嫌だ、全部嫌。


痛いし、寂しいし悲しい。

生きるのってどうしてこんなにつらいの?


私が蹲って泣いていると、何かが聞こえる。


「……ラ!」


雑音か、空耳か正直分からない。


「シーラ!」


それが空耳ではない事に気がついたのは、はっきりとした声が聞こえたから。

しかもこれはルーンの声だ。


私が顔を上げると、それと同時にルーンが私の所へ辿り着く。


「シーラ!こんなとこで何してるの!

 って…え!?」


ルーンは私がどうして泣いているのか分からないみたいでひたすらオロオロしていた。


「シーラ、大丈夫?ねぇ、シーラ。」


ルーンが心配そうに私の顔を覗き込んで来た。

こんな事を言ってはいけないのは分かってる。

でも言わなきゃ気が済まない。


「遅いよー!!」


私が子供みたいに怒るとルーンは余計にアタフタした。


「え、お、遅い?あ、ごめん、ごめんね?

本当はもっと早く帰る予定だったんだけど思ったより近くで見つからなくて………」


見つからなかった?

一体何を探していたの?


「その……これなんだけど…ごめん。

さっきシーラを見つけたときに全速力で泳いだから少し曲がっちゃって……」


気まずそうに差し出された一輪の花。

その花は暗闇でも優しいピンク色の光を纏っている。

人生でこの花を見るのは二度目だ。


「これ………」


私の涙がピタリと止まったのを見てルーンが嬉しそうに笑った。


「この花、好きだったでしょ?」


もちろん、この花は大好き。

海の中でしか咲かない花、名前は知らないけど陸の薔薇によく似ている。


「うん…大好きな花だよ。」


「小さい頃、一緒にこの花を見に行ったの覚えてる?道中、シーラがタコに絡まれて大泣きしてたよね。」


それは懐かしい記憶だ。

私は確かにこの花を覚えている。

子供ながらに感動したからだと思う。


そして、ルーンの言っていることもよく覚えている。

私たちは大人達が寝たのを確認して2人で手を繋いで海の奥深くまで行った。


その途中でタコに捕まって大泣きしていたら、体の弱かったルーンが一生懸命そのタコを追い払ってくれた。


ルーンはあの時もこうして私を元気付けてくれた。

私、あの時から何も成長してない。

いつまでもルーンに元気付けられているようじゃダメね。


「ありがとう、ルーン。あの時も、今も。」


私がお礼を言うとルーンは花を私の耳に付けてくれた。


「どういたしまして、あの時も今も。」


2人で笑い合って、あの日みたいに手を繋いで安全な場所へ戻った。


さっき感じた恐怖に近い孤独感はいつの間にかなくなっていた。


その日は冷たい砂の上で2人で身を寄せ合って眠った。

海底は寒い。

海に炎はないから温まる手段は身を寄せ合うしかなかった。


今はその体温だけが私の救いだ。

だけど、一抹の不安は消えない。


どんなに綺麗な言葉を並べても、どんなに相手を思っても、私の意思に関係なく別れは来る。


それをつい一カ月前に学んだ。

学んだはずなのに、私はこうしてまた他人の体温に依存する。


私は本当に愚か者ね。


己の愚かさを思い知り、ぐるぐるといろいろなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。


朝になれば…


「シーラ、おはよう。起きれる?」


こうしてルーンが起こしてくれる。

ルーンは手にタコを持っていた。


「ルーン…そのタコは…?」


まだ寝ぼけている私はかなり間抜けな声で聞いた。


「昔、シーラを泣かせたから仇取ってきたよ。」


私を泣かせたタコは絶対にそのタコじゃない。


「ふふっ…」


でも、ちょっと嬉しい。


「一緒に食べよう?」

「うん!」


2人でタコを食べた後はいつも通り遊んで過ごす。

海を泳ぐのは大好き。

嫌な事は全部忘れられた。


こんな自由気ままな生活で大丈夫だろうか。

私は陸では学校に行きそれなりの教養を身につけた。


陸で学んだ事は正直、海では役に立たない。

海にマナーや上流階級なんてないからね。


人魚はどこまでも自由な生き物だ。


「ねぇ、シーラ。

今日の夜、星を見に行こうよ。」


突然、ルーンが提案してきた。


「いいけど、どうして?」


この1カ月間、星を見に行こうなんて言われた事なかったのに。


「ずっと海にいても仕方ないでしょ?

たまには空も見ないと。」


つまり、海の景色に飽きたってことね。


「分かった、一緒に見に行こう。」


私が笑顔を見せるとルーンもすごく嬉しそうに笑った。

いつも夜は真っ暗で不安になるけど、今日だけは夜が楽しみ。


思えばこの時予感していたのかもしれない。


もう二度と会うことのないと思っていたあなたにもう一度会える奇跡を。

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