第2話 先輩
その日の放課後、武志は所属する軽音部のOBの山崎雄二に呼び出された。指定された駅前のファミリーレストランに入ると、赤い派手なジャケットを着た裕二が手を振っているのが見えた。武志は裕二の向かいに座った。
「久しぶりだな」と裕二は笑った。その顔には、左目の周りに青いあざができていた。
「どうしたんですか、その顔?」と武志。
「お前の姉ちゃんにやられたんだよ」と裕二。
「姉貴の失恋の相手って、先輩だったんですか?」と武志。
「失恋ってことになってるのか。だけど別れたとかそういう話じゃないんだ」と裕二。
「どういうことですか?」と武志。
「確かに、一緒に飯食ったり遊園地に行ったりしたけどよ、付き合ってたっていうのとは違うんだよ」と裕二。
「デートみたいですが」と武志。
「真理はそう思ってたみたいだけどよ」と裕二。
「違うんですか?」と武志。
「真理はいつもライブに来てくれるし、熱心に誘ってくれるから飯食ったりするけど、付き合ってるつもりはなかったんだよ、俺は」と裕二。「お前もバンドやってるならわかるだろ。ファンサービスみたいなもんなんだよ。」
「姉貴にそう言ったらいいじゃないですか」と武志。
「言ったらこうなったんだよ」と裕二は自分の左目を指さしながら言った。
「そりゃあ、災難でしたね」と武志。
「お前、完全に他人事だな」と裕二。
「オレは被害者ですよ。今朝なんて姉貴に絡まれて大変だったんですから」と武志。
「その程度我慢しろ。弟なんだからよ」と裕二。
「先輩、ひでえ。それで何の用なんです?」と武志。
「相談というか、頼みがあるんだよ」と裕二。
「姉貴のこと?」と武志。
「そうだよ。ほかに何があるんだよ」と裕二。
「取りなしてほしいとかですか?」と武志。
「そんなことじゃねえ。ちょっと説明しにくいんだけどよ、俺は真理のことが嫌いなわけじゃないんだよ。」と裕二。
「はあ」と武志。
「真理は男気があっていいやつなんだ。俺は何度も助けられたことがあってよ、だから真理のことをマブダチみたいに思ってたんだ」と裕二。「だけどまさか告られるなんてよ、それで驚いちまったわけよ。」
「それだけで殴られたんですか?」と武志。
「俺もちょっと調子に乗っちまって、少しだけ手を出しちまったんだけどよ」と裕二。「なんていうか、怖いもの見たさっていうかよ。」
「物好きですね」と武志。
「まあな。だけど俺は真理に釣り合わねえっていうか、わかるだろ」と裕二。「真理の相手はそれなりの器の男じゃなきゃあ務まらないんだよ。」
「先輩、中身ないですからね」と武志。
「そんなにはっきり言うなよ」と裕二。「それでよ、頼みがあるんだ。」
「なんでしょうか?」と武志。
「お前に真理にふさわしい相手を探してほしいんだよ」と裕二。
「何言ってるんですか、先輩」と武志は笑った。「ご冗談を。」
「俺は冗談なんて言ってねえ」と裕二と怖い顔をした。
「お断りします」と武志。「なんでオレが姉貴の男探しに付き合わなきゃならないんです?」
「お前しかいねえんだよ。頼むよ」と裕二。「真理にどんな男が好みか聞ける人間なんて俺の周りにいねえんだよ。」
「男の好みを聞くだけでいいんですか?」と武志。
「ああそうだ。だけどよ、できれば条件に合った男を探してくれ」と裕二。
「なんでそこまでしなきゃいけないんです?」と武志。
「真理には幸せになってほしいんだよ」と裕二。「俺は真理のマブダチだ。だからあいつの彼氏にはなれねえ。」
「何格好つけてるんですか」と武志。「先輩が付き合ってあげればすむことじゃないですか。」
「だから無理だって言ってるだろう」と裕二。
「先輩、姉貴が怖いだけなんでしょ」と武志。「今のままじゃ、今度会ったら殺されかねないって思ってるんじゃないですか?」
「そんなわけねえだろ」と裕二は顔をひきつらせた。
「図星だ」と武志。
「おめえ、部活じゃ面倒見てやっただろう」と裕二。
「オレだって命が惜しいですから」と武志。「虎の尾を踏むようなまね、したくないですよ。」
「部活の合宿で、お前が部費ちょろまかしたの庇ってやっただろ。忘れたのか?」と裕二。
「あれは計算を間違えたんです。ちょろまかしたわけじゃありませんよ」と武志。
「だけどあの金返してないだろ、お前」と裕二。
「ええ」と武志は目を背けた。
「頼む、お前だけが頼りなんだ」と裕二は手を合わせて頭を下げた。
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