第3話 エンカウント

 指定された倉庫は郊外にぽつんと建っていた。周囲に人通りがなく、聞こえるのは風が草を揺らす音ぐらいだ。壁沿いに移動して、開いている扉の辺りまで移動する。扉からは明かりが漏れているので、人がいるのは間違いなさそうだ。


「おい、本当に『ダークネスシャドウ』は来るのかよ」

「大丈夫だろうよ。ボスにも連絡したから、間もなく来るはずだ」

「しかし、アイツの弱点なんて無いと思っていたけど、まさか妹がいるなんてな」


 妹? その言葉に引っかかりを覚えた僕は、倉庫の中を覗き見る。すると、ロープで縛られて転がされているソフィアと、三人の男たちがいた。

 一人はキノコ頭のスーツを着たサラリーマン風、もう一人はドレッド頭のチャラ男、最後の一人は丸刈りで小太りの男だ。


「なんで、捕まってんの? 別れてから、1時間くらいしか経ってないじゃないか……」


 ここに来るまでの時間を考慮すると、別れてから一時間以内には彼らに捕まった計算だ。まさかとは思うけど、別れた後も聞き込みを続けたんじゃないだろうな……?


「まさか、向こうから声を掛けられるとはね。それで、何かと思えば「『ダークネスシャドウ』さんを知りませんか?」だと。しかも、妹だって言うじゃないですか」

「そうだな。なにせアイツなかなか尻尾を掴ませやがらねえ。だが、これならボスにも満足いただけるはずだ」

「ちゃんと報酬は山分けにしてくださいよ」

「うるせえ、お前は何もしていねえじゃねえか!」

「そんなぁ……」


 どうやら、ソフィアが話しかけたのがキノコ頭。そこにチャラ男が合流して彼女を拘束したようだ。丸刈りは……報酬山分けを要求して、二人からどつかれていた。


「それより、こいつはどうするんですか?」

「そりゃ、大事な人質だ。ボスが来る前に殺すわけにはいかねえだろ」

「別に殺そうなんて思ってませんよ。でも、いい女じゃないですか。少しくらい味見しても良くないっすか?」


 報酬が貰えなさそうだと思った丸刈りは、ソフィアに狙いを定める。その表情は醜く歪んでいた。無能な上にゲスとか最悪なヤツだ。だが、丸刈りの提案に他の二人は無関心だった。


「ふん、勝手にしろ。だが、全部お前の責任だからな!」

「へへへ、後で後悔しても知らないですぜ?」

「こいつはボスの怖さを知らないからな……」


 二人が周囲の警戒を強めるのとは対照的に、丸刈りは服を脱ぎながらソフィアに迫る。ソフィアは迫ってくる丸刈りに対する恐怖に目を見開いて、必死で首を横に振る。


「んんん~!」


 声を上げようとしているのだろう。しかし、彼女の口にはさるぐつわがはめられていて、くぐもったうめき声しか出せないようだ。


「……仕方ないな」


 僕は服を脱いでプロテクトスーツ姿になり、マスクをかぶる。それによって、僕の姿は闇に溶けるような漆黒となった。腰に差した愛銃ブラックサンダーを抜いて、倉庫の中の明かりを狙って発射する。


 パシュ、というサプレッサーによって抑制された銃声と共に、電球が割れて明かりが消える。


「て、敵襲か?」

「注意しろ!」

「ふあぁ?!」


 注意を呼び掛ける二人に対して、丸刈りは間の抜けた声を発する。定石で言えば、実力のありそうな二人のうちのどちらかを不意打ちで無力化するのが正攻法だが……。ここはソフィアの救出が最優先だ。


 僕は素早く丸刈りの背後に回るとヤツの肩を押さえつける。少し沈んだところで、素早く前転。ヤツとソフィアの間に降り立つ。肩の重さが無くなったことで立ち上がったヤツの股間に、地面に両手をついて後ろ蹴りを放つ。


「ぐぎゃあああああああ!」


 丸刈りの悲痛な叫び越えが響き渡る。そのまま素早く屈んで向きを変える。前のめりに倒れ込もうとするヤツの顎に向けて、膝蹴りを放った。


「あばああああ」


 僕の膝蹴りを食らって、放物線を描きながら丸刈りは後ろに倒れ込んだ。


「き、貴様は『ダークネスシャドウ』! 現れやがったな!」


 丸刈りを倒すまでのわずかな時間で、チャラ男が光源をばらまいていた。周囲に光が戻り、僕の漆黒の姿が浮かび上がる。


「やはり妹というのは本当でしたか。ですが、私たちの前に姿を現わした以上、あなたに逃げ場はありません」

「くくく、一人倒していい気になっているようだが、ヤツは俺たち三人の中でも最弱……」


 チャラ男がナイフを両手に持って、僕に迫ってくる。絶妙に急所を外しているけど、食らえば動きが鈍るのは必至。咄嗟にナイフをかわそうとしたところで、銃声が鳴り響いた。


「……!」


 僕のマスクの一部が裂けて、頬に浅い傷ができていた。傷口から血がにじむ。


「言ったでしょう? 逃げ場はないと」

「ふん、『ダークネスシャドウ』は優秀だって聞いてたけど、大した事ねえな」

「『ダークネスシャドウ』さん……」


 勝利を確信してニヤニヤと笑う二人に対し、ソフィアは心配そうに僕を見つめていた。僕は目の前の二人を警戒しながら背後をチラリと見る。状況的に見れば、今の僕は完全に詰んでいた。何より、ソフィアが背後で行動不能にされているのが大きい。


 一方のキノコ頭とチャラ男の方は、有利な状況を維持するべく、僕が隙を見せるのをうかがっているように見えた。じりじりと僕が後ろに下がれば、彼らは少しずつ前へと進み出てくる。そうしてついに僕はソフィアの目の前まで追い詰められてしまった。


「くくく、もう逃げられないぜ。大人しく捕まりやがれ!」


 チャラ男が僕の方へと突進してきて、右手のナイフを腹に突き出し、それと同時に左手のナイフを肩口に振り下ろす。しかし、その二本のナイフは僕の右手一本で弾かれた。宙を舞う二本のナイフがカランカランと地面に落ちる。


 その時には僕の左の肘はチャラ男のみぞおちをとらえていた。


「うぐぅ……」

「やれやれ、僕も舐められたものだね」


 鳩尾を突かれて意識を失ったチャラ男を後ろに投げ飛ばし、ソフィアの前に落とす。ちょうどチャラ男の身体がソフィアへの射線を塞ぐ形になった。


 彼らは自分が優位であるということにおごっていた。だから、僕がじりじりと下がった時、追い詰められていると勘違いしたんだ。だけど、僕の狙いはソフィアの保護。そして、チャラ男は狙い通りソフィアの盾になってくれたわけだ。


「これでタイマンだね……」

「ちっ、どいつもこいつも使えませんね。だが、私は簡単にはいきませんよ」


 そう言って、照準を僕に定め――直後、その拳銃は空に舞っていた。僕の手には愛銃のブラックサンダー。その銃口からは硝煙が立ち上っていた。


 僕は飛び上がると、得物を失い呆然としているキノコ頭の傘に目掛けてかかとを落とす。それだけであっさりとキノコ頭は撃沈した。



 その頃、倉庫を見下ろす高台に、一人の少女が双眼鏡で倉庫の様子をうかがっていた。


「やっと見つけたアル。『ダークネスシャドウ』。顔もバッチリ覚えたから、覚悟するアルヨ!」


 そう言って、少女はニヤリと笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る