第11話「努力家」



 晶君は静かに荷物をまとめた。寝室に入ってから鞄を抱えて出てくるまでに、そんなに時間はかからなかった。その時間の短さが、彼がこの番組で何も爪痕を残せなかった事実を更に強調させているようで、非常に悲しくなってくる。


「晶君……」


 彼の落胆した表情が頭から離れない。まさかこんなに早く脱落してしまうとは思ってもおらず、同じ部屋の男性達にも哀れみの視線で見送られている。もう彼はこの番組のカメラの前に立つことを許されない。完全に恋する権利を剥奪されたのだ。私だったらやるせなさの行き場を失って、自分の体を傷付けてしまうかもしれない。




「……晶」


 逃げるように寝室を後にする晶君。そんな彼を、廊下の壁にもたれながら立っていた翔也君が呼び止める。まるで説教を始めようとする鬼教師のような佇まいなので、メンタルが弱まった晶君にとっては、心臓が止まるほどの恐怖を感じる。


「谷山君?」

「お前、努力家だな」

「え?」

「その手帳、大事なもんなんだろ」


 身構えていた晶君は呆気にとられ、右手に握っていた手帳を眺める。彼は全ての荷物を鞄に詰め込んでも、手帳だけはわざわざ手に握って帰ろうとしていた。そう、私も薄々気になってはいたけど、晶君は時々その手帳を一心不乱に眺めたり、何かを書き留めたりしている。主に女の子と会話したり遊んだりした後に。


「知ってたの?」

「お前は分かりやすすぎだ」

「……僕、本当は人見知りでさ、特に女の子と関わり方が分からないんだ。どうしても緊張しちゃってさ。どう話したらいいか分からなくなるんだよ。だから、ネットや書籍とかで徹底的に調べて、この手帳にまとめてたんだ」


 早くも翔也君が怖くなくなった晶君は、頬を緩めて話し始める。翔也君の見透かしたような表情から、私も察することができた。晶君が度々手帳を見ていたのは、女性とのコミュニケーションで重要なことを確認していたからだ。他の出演者の前では女性との関わりに慣れているように振る舞っていたけど、影では苦手意識を持っていたのかもしれない。


「そうか」

「でも、知識と実践は全然違うね。みんなすごくカッコいいし、積極的にアプローチしてたから焦りすぎちゃったよ。僕もまだまだだなぁ」


 そういえば、誰もいない場所で一人会話の練習をすることもあったっけ。翔也君がそれを見ていたような気がする。それだけ晶君が努力家であることを、翔也君は見抜いていた。そのことを褒められ、晶の胸が軽くなる。


「翔也君、ありがとう。僕、もっと恋愛のことを勉強してから出直すよ」

「ああ、頑張れよ」


 すっかり元気を取り戻した晶君は、満面の笑みを浮かべて前向きにペンションの玄関へと向かう。一番最初の脱落者となって落ち込んでいたけど、心優しい出演者に背中を押され、最後はスッキリとした気持ちで会場を去ることができた。心のわかだまりがなくなってよかった。


「……あ、そうだ! 晶君!」


 私は玄関の扉を開け、晶君の後ろ姿に呼びかける。呼び止められた晶君は、相変わらずの子供っぽいのほほんとした表情を向ける。まだ彼には例の件を聞いていなかった。


「ショウちゃんって……知ってます?」

「ショウちゃん? 君の知り合いか誰か?」

「はい。私の小学生の頃からの幼なじみで、今その人のことを探してて、もしかして晶君がそうじゃないかなぁ……なんて……」

「うーん……僕の記憶が正しいなら、麻里奈ちゃんとはこの番組で初めて会うし、多分違うと思うよ。ごめんね」


 晶君は申し訳なさそうに苦笑いして、リュックを抱えてペンションを後にする。ショウちゃんかどうかを確かめるには堂々と聞くしかないんだけど、それにしても直球すぎる。要は「あなたと私は幼い頃に親しい間柄ではありませんでしたか?」と尋ねているのだから、端から見れば顔見知りを装って距離を詰めようとする不審者だ。


「はぁ……」


 でもとりあえず、晶君はショウちゃん本人ではないことが分かった。今後も同様に男性出演者にしらみ潰しに話しかけ、地道に尋ねていくしか方法がないのだろうか。不審者扱いされることを覚悟に。






「お前、まだ探してんだな」

「あ、翔也君……」


 すると、翔也君が歩み寄ってきた。彼がショウちゃんではないことは確認済みだ。だからもう用はない……と言ったら失礼だけど。彼は相変わらず気だるけな表情を崩さず、孤独でいることにこだわっていそうな静けさの漂うオーラを纏っている。


 でも……


「翔也君って、優しいね」

「は? 何だよ急に……」

「だって、晶君が女の子と自然に話せるように努力してることを見抜いて、励ましてあげてたんだもん。人のことをよく見ていて、その人の良さに気付いてあげてるの、とっても凄いことだと思うよ」


 私は彼の凄いと思うところを純粋に褒めた。何の前触れもなしに唐突に褒めだすものだから、翔也君はびっくりして目線を反らす。またしても右手の指でぽりぽりと右頬を掻く。同じような光景を見るのは何度目だろう。照れると無意識に行ってしまう癖なのかもしれない。


「そんなに褒めても何も出ねぇぞ」

「ううん、ただ褒めたいから褒めたの」

「何だよそりゃ……」


 どうしてだろう。最初は出演男性の中で一番話しづらい人かもしれないという印象に囚われていた。それでも、一度話してみるとその固定観念は水に溶ける氷のようにあっという間に消え去った。気が付けば、自然とタメ口で話せるようになっていた。人は見かけによらない。触れ合ってみないと分からないものだ。ここに来て彼が非常に魅力的に見えてきた。


 彼はショウちゃんではないけれど、ショウちゃんと肩を並べるほどに素敵な男性だ。








 その日の夜は、夕食が喉を通らなかった。出演者が一人減っただけなのに、食卓の華やかな会話は昨晩よりかなり小さくなっていた。みんな、番組の趣旨を理解し始めて動揺しているんだ。でも、食べないと翌日の力が付かない。私達は寂しさを紛らわすように料理を喉に掻き込んだ。


「なんか、思ったより大変な番組なのかもね……」

「そうですね……」


 女性出演者達は寝室で風呂上がりの髪を乾かしながら、今後の番組での行動について考える。脱落者というサバイバル要素が恐怖となり、残りの参加者に焦りと緊張感をもたらす。今後も次々と出演者が減っていき、タイムリミットを迎える頃には一体何人になっているだろうか。想像すると言葉を失う。


「そうだ麻里奈、晶君は確かめてみた?」

「うん……でもショウちゃんではなかった」


 私は晶がショウちゃんではなかったことを、美波さんに報告する。やっと彼女の前でもタメ口で話せるようになってきた。


「それにしても告白を断るだなんて、大胆なことしたわね、希未子」


 紅麗葉さんが晶君の一生懸命の告白を断った希未子に意味深に投げかける。




「別に。自分にしつこくすり寄ってくるのがうざかったから、腹いせに振ってやっただけ。あんな女みたいなナヨナヨした奴なんかと恋人になりたくないし」

「……」


 希未子ちゃんの容赦ない言葉に、私は胸が貫かれたような衝撃を覚えた。先程カメラマンさんが撮っていた晶君の告白シーンを、私達も少しだけ見せてもらった。希未子ちゃんは本性を隠し、猫を被りながら自分には心に決めた人がいると言って断っていた。しかし、内心晶君のことを見下していたようだ。


「まぁ、このまま敵がどんどん減ってくれれば、私としては好都合ね。ふふっ♪」


 私達は苛立ちを覚えながらも、希未子ちゃんへの文句を言いたい気持ちを押し殺した。それとは逆に、彼女は自分以外の出演者を罵倒し続ける。なんて酷いことを言うのだろうか。カメラが向けられていないとはいえ、言いたい放題にも程があると思う。

 私は晶君の去り際の澄んだ笑顔を思い返す。彼の心境を思うと胸が痛くなる。私は一体どんな気持ちで、彼が楽しみたかった残りの時間を過ごせばいいのだろう。


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