第10話「サバイバル」
「ここ、いいかな?」
「あ、はい。じゃなくて、うん……」
キッチンにて、祥太郎君が私の隣の席に座る。昼食は豪華なビュッフェ形式だった。見たことも聞いたこともないイタリアンランチが並べられ、高級ホテルのダイニングだと錯覚してしまうほどの贅沢な空間だ。それも落ち着かない原因ではあるけど、一番の原因は私を見つけた途端にすぐ隣に座ろうとするこの高身長イケメン男性だ。
「俺、こんなパスタ初めて見たよ。毎日こんな料理が食べられるなんて幸せだね」
「そ、そうですね……いや、そうだね……」
緊張が収まらないから、丁寧語からタメ口への変換もぎこちなくなってしまう。もはや翔也君よりも慣れるのが遅いかもしれない。祥太郎君の方が話し上手っぽくて接しやすいと思ったのに。せっかくのパスタの香ばしい味わいもまともに楽しめない。楽しませようとしてくれている祥太郎君には悪いけど、今はそっとしておいてほしい。
「そうだ、昼食の後にさ、デートの続き……いいかな?」
「え? あ、はい……」
祥太郎君から再びデートのお誘いだ。私は二つ返事で承諾してしまった。美顔が眩しく輝くイケメン男性に誘われ、しかもその場面をカメラで撮影されているという状況の中、断るのは至難の業だ。恐らく彼もカメラの存在も確認した上で誘っているのだろう。断りづらい雰囲気で言われると困る。
でもまぁ、確かに先程は聖斗君が間に入ってきてまともに話せず、デートとも呼べない時間だった。中途半端なデートは男としてのプライドが許さないのかも。
「ん〜、希未子ちゃん、このステーキ美味しいね!」
「うん! でもこんなに食べたら太っちゃいそう……」
「そんなことないよ! 希未子ちゃんは十分綺麗だよ!」
「ありがとう、晶君」
離れた席で希未子ちゃんと晶君が仲睦まじげに昼食を楽しんでいる。希未子ちゃんは相変わらず男性の前では純粋無垢な可愛い子ちゃんを演じているらしい。まるで別人が乗り移ったかのように態度がまるで違う。もし女の子だけの空間だったら余計にガンを飛ばしてきそうだ。おかげで彼女の本性に気付かない晶君が鈍い男の子のように見えてしまう。
「よし……」
晶君は希未子ちゃんの目線が逸れた瞬間に、手元にある何かを見ている。テーブルで隠れて見えないけど、他の人に見られたくない何かを確認している。何だろう……。
「それじゃあ、案内するよ」
昼食を食べ終えた私は、再び祥太郎君に手を引かれてペンションの外へ出る。小さな小屋が隣接していて、中にはおしゃれな文房具やアクセサリーなどが並べられた棚が立ち並ぶ。お土産屋さんも揃っているらしい。
「麻里奈ちゃんはこういうヘアピンとかよく似合うんじゃない?」
「ありがとうございます……でもヘアピンなら私もう付けてますから」
「……そうだったね」
私は前髪に留められたヘアピンを指差す。夜空に輝く金色の星々があしらわれた綺麗なヘアピンだ。記憶を亡くして目が覚めた直後から、私の手元には誰かの忘れ形見のように残されていた。これが私にとって宝物だったかどうかは分からない。ただ、美波さんの話によると、記憶を失う前の私は毎日のように付けていたらしいので、とりあえず分からないなりに普段の自分を保とうと付けている。
でも、完全に分からないというわけでもない。このヘアピン……どこか心当たりが……
「うーん……」
「おっと、あんまり触らない方がいいよ。せっかくの綺麗な髪が崩れてしまったら大変だ」
「え? ああ、はい……」
考えを巡らそうと、私の手はヘアピンに伸びていた。それを祥太郎君が優しく声をかけて止める。なぜ止める必要があるんだろう。まるでペアピンに触らせまいとしているように思えた。
「それで、さっきの話なんだけど、俺に聞きたいことがあるんじゃない?」
「ああ、そうでした。えっと、実は私、探している人がいて……」
「あ、待って。まだカメラがこっち撮ってるから、一旦誰もいないところに行こう」
祥太郎君が再び私の手を握って駆け出した。まるで退屈なパーティーを秘密裏に抜け出す二人のように、私達は人気のないビーチへと向かった。何となくだけど、近所の公園に遊びに行こうと、幼い頃にもショウちゃんが私の手を引いてくれていたような気がした。
「ここなら誰も聞いてないだろう。んで、俺に話って?」
「ええっと、実は私、2ヶ月前くらいから記憶喪失に遭って……」
ようやく祥太郎君に事情を話すことができた。せっかく向こうから協力的な姿を見せてくれたのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。私は覚えている限りのショウちゃんの特徴と思い出を語った。とはいえ、家で『ファインディング・ラブ』を見たことや、グレープジュースを飲んだことくらいしか覚えていないのだけれど。
「なるほど、だからこの番組にね……」
「そうなんです。きっとショウちゃんも番組に出てると思うんですけど、祥太郎君は何か知りませんか?」
直接「あなたはショウちゃんですか?」と聞いた方が早いような気もするけど、私は回りくどい聞き方をする。違っていたら変なことを聞く人だと思われる。
そもそも男性出演者の中の誰かが、自分が私の幼なじみのショウちゃんであることを隠して番組に出ているという状況である。そこまでする理由は分からないけど、聞いても嘘を付いて答えてくれなさそうだ。自分の記憶がないため、それが嘘か本当かも見抜けない。
「うーん、ごめんよ。その人のことは知らないなぁ」
「そうですか……」
「あと悪いけど、カメラの前では君の事情は話さない方がいいよ。不正を疑われるかもしれないからね」
「え?」
祥太郎君が優しく諭す。彼曰く、昔から仲の良い幼なじみが一緒に番組に出演していて、その人を探しているという状況が明るみに出ると不正を疑われるという。その幼なじみとグルになり、口裏を合わせてカップル成立を狙って立ち振る舞っていると思われてしまう。出演者に協力者がいれば、公平な勝負にならない。
私自身にはそんな魂胆は更々ない。だけど、私とショウちゃんの関係を何も知らない視聴者や番組スタッフにとっては、そう思われても仕方ないだろう。
「スタッフのみんなには黙っておくけど、これからは慎重に探すことだね」
「ええ……それにしても、詳しいんですね」
「ああ、ずっと出たいと思ってた番組だからね。自分なりに研究はしてきたつもりだよ」
私は自分の恋愛に熱心になる祥太郎君の姿から、本当に番組への出演を強く臨んでいたことを察する。みんな憧れていたんだ。自分の恋愛に対する情熱を、堂々と発揮できる舞台であるこの番組を。
私も……より一層自分の恋のために奮闘しなければ。
ピピピッ
「ん?」
ふと、ワンピースのポケットにしまっていたスマフォがバイブする。番組から支給された島での共同生活限定のスマフォだ。今まで聞いたことのない音が鳴らされた。どうやらメールが届いたようだった。
『加納晶 脱落』
「……え?」
あまりにも衝撃的な内容のタイトルに、私の思考は一瞬にして停止させられた。
「ごめんね……晶君。私、ずっと心に決めてる人がいるの」
「そ、そんなぁ……」
メールの内容には、他の出演者もビーチに集合するようにという旨も綴られていた。私達は初日の最初に出演者が集められていたビーチに急いで駆け付けた。そこには、申し訳なさそうな表情を浮かべる希未子ちゃんと、酷くうなだれる晶君がいた。彼が脱落してしまったとは、一体どういうことだろうか。
「あいつ……希未子に振られたのか」
「え? 二日目でもう告ったの?」
私は最初に説明されたことを思い出した。ルールの一つとして、告白を断られた出演者は脱落となり、その後の番組への出演権がなくなるというものがあった。つまり、晶君は勇気を出して希未子ちゃんへ自分の思いを伝えたものの、断られて撃沈してしまったという。
でも、いくら仲良くなったからといって、知り合って二日目でいきなり告白なんて、気が早すぎるようにも思える。一体どうしてしまったのだろうか。
「晶のやつ……周りの行動力に圧倒されて、無理に詰め寄りすぎたな」
「えっと、どういうことですか?」
「周りが積極的に意中の相手にアプローチしてるから、自分も何かしなきゃと焦って急ぎすぎたんだよ」
祥太郎君は状況を冷静に分析した。彼曰く、晶君は周りが自分の恋を成就させるために、次々と行動を起こすことに焦りを感じていたという。一発逆転を狙おうと告白を強行したと見られる。
「まあ、序盤で既にカップルを成立させておけば、相手は視聴者の目がある以上、以降は他の人との交流が難しくなって、自分が一気に有利になる。一つの戦法ではあるけどね」
序盤で告白を受け入れてカップルとして成立させておけば、何かしらの理由で脱落しない限り、確実に優勝に近付くことができる。カップルとなった相手も、それ以降に告白された場合に別の相手に乗り換えようものなら、視聴者からの印象が悪化する。早い段階で自分とパートナーを安全圏に留めることで、他の出演者と差をつけることも有効的だろう。
「でも、恋愛はただ行動を起こせばいいってものでもない。冷静に状況を見極め、必要なタイミングで適切なアクションに移るのが鉄則だ。そこを見誤れば、待ち受けるのは最悪の結果だからな」
「そう……なんですか」
「恋は戦争だって、よく言うだろ。いかに戦略を立てて挑むかが重要なんだ」
祥太郎君は怪しげな笑みを浮かべて話す。人探しという異端な目的で参加した私だけど、この番組を侮っていたかもしれない。ここにいる人たちは自分の人生を賭けて、本気で恋愛に挑もうとしているのだ。選択を誤れば自分の望んだ未来は手に入らない。
ファインディング・ラブとは、純愛を売りにした恋愛リアリティショーではない。生き残りを賭けたサバイバルだった。
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