第22話

 貴方の視線が外れたことを認識したのだろう。

 その瞬間、人狼は即座に戦意と殺意を漲らせると、貴方の後方へと回り込み、強い脚力から生み出される跳躍によって貴方の背後を取っていた。

 両拳を握り合わせ、振り下ろすことによって貴方の頭を叩き潰す構図である。


 両腕が振り下ろされる前のコンマ数秒の刹那、人狼は自身の行動が、歯痒いほどに遅くなっている感覚を得ていた。時の流れが緩やかに思える感覚の中、人狼は驚異をもって現実の推移を視認する。


 足元を見ている貴方の右手が振り翳され、人狼の振り下ろす両腕よりも早く動き、拳を握る両手首を抵抗もさせずに切断したのだ。


 怪物の毛皮も強靭ではあるが、筋肉や骨に至ってはそれよりもなお強い。

 密度がこの上なく高く、並々ならぬ強度を誇る。

 にも関わらず、貴方の武器はそれらを容易に切断せしめた。


 ゆえに、己の身体強度を自覚し、武器としていた人狼の驚きは思考の停止を生むに足るものであった。停止による空白は人狼の認識における現実との断絶を生じさせ、貴方の攻撃を無防備に受けざるを得ない隙へと繋がらせる。


 人狼が驚き、硬直しているうちに、貴方は膝を曲げて後ろへと跳び退る。

 襲い掛かってきた人狼と前後を入れ替わるように、その位置を逆転させる。


 人狼が現実に認識を戻したときには、既に貴方は鋸鉈の攻撃行動を終えていた。

 得物を振るい、人狼の両足首と膝裏の筋肉を断裂させて神経を断ち、二度と立てぬように引き裂いていたのである。


 白き血液を勢いよく噴き出しながら、人狼は襲い掛かった体勢のまま大地に倒れ、受け身も取れずに転がった。


 立とうと思えど足には力が入らず、両手首は欠損している。

 怪物足り得る驚異の回復能力といえども、欠損の修復には多くの時間を要するようで、その傷口周辺から肉筋が隆起し、血管と神経を伸ばし始めるも、肉に血が通わぬままで動けぬ様子を見せている。


 喉奥から漏れる悲鳴と激情を持て余しながらも、人狼はなんとか体勢を整えようと苦心する。が、それは同時に、貴方という天敵の存在を一時的にでも忘却するという愚行であった。

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