第20話

 そのまま十分ほど、貴方が闇の中を歩いていた頃のことだ。

 貴方の感覚に白狼の気配が掛かり、その気配が止まっていると感じられたのは。


 血痕はもはや残っておらず、どうやらほぼ完治してのけたらしい。

 だからであろうか。白狼は振り払えぬ貴方のことを疎ましいと感じて敵意を露わにし、この先にて待ち構えているのである。


 貴方は鋸鉈を握る手の感覚を確かめながら、一歩一歩を慎重に進めてゆく。

 いつ白狼が襲い掛かってこようとも、対応できるように。

 しかし白狼は少しも動く気配を見せず、貴方の歩みを止めることはしなかった。


 待ち受ける白狼を目に留め、貴方は歩みを止めた。


 そこは、灰雲によって覆われた空の映る、開けた森の広場だ。

 深緑の草花が萌え、淡い空の光を返し、場における幻想を、そして厳かさを、静かに彩っているのだ。あたかも、白狼と貴方の対決を讃えるかのように。


 視界が利いた貴方の目に、白狼の姿が確かに映る。

 しかしその姿は、先ほどまで貴方が見ていたものとは全く異なっている。

 というのも、貴方の先ほどまで追っていた白狼の毛皮は、対峙している者の足元に落ちているからだ。恐らく、それは脱皮という言葉が最も相応しいに違いない。


 白狼は今や四つ足の獣ではなく、二本足で立つ怪物と成っていた。

 上半身の筋肉が肥大化し、下半身もまた肥大化した上半身を支えるに十分な筋肉を持ち得ている。白き毛皮がなお健在なその怪物は、人狼という呼称が適していることだろう。


 人狼は大きく吠え猛ると、貴方に向かって殺意の圧を押し付けた。

 無抵抗の怪物を討伐することを良しとは思わぬ貴方は、人狼が露わにした闘争心を密かに称賛していた。戦闘の甲斐がある敵と看做し、敬意をもって断罪すると改めて覚悟したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る