第19話
貴方は即座に立ち上がって鋸鉈を右手に携えると、止めを刺さんと疾駆する。
しかし怪物たる白狼も然る者で、足を撃たれた瞬間に敵がいると素早く認識したのだろう。悲鳴を上げると同時に後退し、森へと逃げ込むように駆け出したのだ。
白狼の行動に貴方は微かな驚きを持ちながらも、しかし駆ける足を緩めない。
大抵の怪物は攻撃を受けると同時に殺意と敵意を周囲に振り撒き、在する凶暴性を大いに発揮することが多いのだ。
が、此度の討伐対象は少しばかり違うようだ、と貴方は思う。
とはいえ、行動に多少の違いが見られようとも、討伐することに変わりはない。
思考の隅にこれまでとは違う行動を取る可能性を考慮しつつ、貴方は逃げる白狼を追跡し、闇を抱く森へと踏み入ってゆく。
【回想:深き闇を抱く森】
森に三歩ほど踏み入った時点で、貴方は白狼の考えを知った。
黒曜の神たる加護を受けた断罪者であるならば、多少の暗さがあろうとも、視界に映るものを鮮明に捉えられるのだ。が、この森はどうしたことか、断罪者である貴方であっても視界がほとんど利かないのである。
ゆえに貴方は白狼の姿を見失い、その場に立ち尽くすこととなった。
とはいえ、追跡が不可能というわけでもない。
貴方の視線は足下へと移り、そこに残っている微かな痕跡を目に映す。
それは、白狼の足から伝って落ちたのであろう白き血による血痕だ。
並外れた回復力といえども、黒曜の神の加護による武器の一撃は早々に治らぬものであるらしい。血痕は確実に森の奥へと続き、白狼の逃げ先を教えてくれている。
貴方は僅かに目を細め、気配と足音を殺しつつ、白き血の跡を追ってゆく。
少し歩いて追ううちに、貴方は血痕以外にも痕跡が残されていることを知る。
なにしろ相手は大きな肉体を持つ動物だ。
それも完全に野生の動物というわけではなく、元は人間であったものだ。
ゆえにこそ、なのだろう。野生の動物なら残さぬ筈の気配や感情・意思の残滓が、淀んだ罪業の残り香が、貴方の行く手を導いてくれるのである。
視界が利かぬ場所といえども、白狼の残した濃密な気配が臭い立ち、貴方を迷わすことなく歩かせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます