第17話
そこは、北の森のすぐ側にある畑の一つであった。
今や見事な麦穂の見る影もなく、荒れた耕地が土を剥き出しにし、倒され踏まれて喰われた麦の残骸がぼろぼろに散乱している有様だ。
怪物が来るということで、村人は掃除にも来られないのだろう。
無事な麦穂は一つたりとも無く、他の麦畑が襲われないか心配するのも無理からぬ話だと貴方は思う。
貴方としてはここで気配を消して待ち構え、怪物が森から現れ出るのを見計らい、不意を打って即座に断罪を執り行うつもりだ。
村長からの話によれば襲来の無い日もあるとのことであったから、貴方はこれから怪物が姿を現わすまでこの場に潜んで待ち続けるつもりでもあった。
が、機会はそれほどの間もなく訪れた。
完全に漆黒の闇で塗り潰されている森の口から、四つ足の獣が現れたのである。
それはまさしく、大きな狼そのものであった。
体長にして二メートルを優に超え、全身の毛が白色に抜けている。
大白狼と呼ばれる種の動物に似ているが、その大きさは比較にならない。
貴方はその白狼の瞳に宿った狂気と罪業の濁りを見た。
野生の動物が決して持ち得ぬ、執念じみた怨念をその瞳から感じ取ったのである。
その個体が恐らく、村長の言っていた怪物なのだろう。
風は無く、光も無く、ゆえに白狼は貴方のことになど気付く素振りも見せない。
のっそりとした足取りでもって、貴方の正面から左手側、畑の方へと歩いてゆく。
貴方の潜んでいる位置は風下でもあり、白狼の嗅覚が反応する万一もない。
この辺りには敵がいないのだと、安心しきっている様子であった。
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