第9話
祈っている内に、司祭が不意に立ち上がる。
貴方も次いで、立ち上がった。
気がつけば、礼拝室内を満たすように多くの人々が集まっている。
膝をついて拳を胸の前に置き、女神像に頭を下げて祈っている。
黒曜の神を、信仰する者たちだ。
この教会の近所に住む区民は、貴方が在籍しているこの教会に訪れる。
人間が異形化になるより以前は珍しいことではなかったが、この習慣が復活したのも黒曜教会による功績が大きい。
また、日中にも絶え間なく利用されるという理由から、黒曜教会は一種の避難所や託児所などとしての副次的な役割を果たす機会も多くなり、より多くの人たちが訪れるようにもなっている。
ともあれ、人々が集まったところで祈りの時間は終わりとなる。
司祭は信仰者たちの方に向き直ると、穏やかな口調で声を掛けた。
それは、祈りの終わりを告げる声掛けであり、黒曜の教義を伝えるためのものでもある。
人々は司祭の言葉に従い、無駄な声を発すること無く祈りを終えて頭を上げた。
その顔にあるのは安堵の含まれた、植物のように穏やかな表情だ。
強い感情は表に現れることなく、さりとて無感情というほどでもない。平穏な日々を過ごしているがゆえに、怒りに近しい激情が無く、また同時に、激しい喜びも無いのである。
これこそまさに黒曜が望んだ人々の態度であった。
争いや諍いの起こりを止めることはできない。しかしそれは極々小さな規模のものに限られるべきで、隣人を深く傷つけることは許されるべきでない。秩序と安寧ある日々保つ努力が必要不可欠である、というのが黒曜の教義であったからだ。
その人々の態度は貴方にとっても望まれるべき平和の象徴に他ならないものだ。が、それと同時に貴方は不意に思うことがある。
黒曜の神を信仰している人々は本当に、人間として正しい道のりを、歩めていると言えるのだろうか、と。
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