第3話
身体の震えが収まらぬ中にありながら、貴方の精神は不思議と落ち着いていた。
腹を押さえて蹲り、苦しげに転がる自身を客観視しながら、しかし、貴方の視界には薄く白い光の帯が微かに、ゆっくりと森に差し込みゆくのが視えている。
頭上に枝葉の重なりはなく、黒い雲が風に流され、晴れていくに連れ、隠されていたのだろう大きな月が、その姿を現していた。
歪みの無い丸い月は白く、淡く、そして仄かな光の線により、貴方の周囲を切り出すように、静かに照らし出してゆく。
闇に満たされていた森の領域が、朧気ながらも次第に、明瞭に開かれてゆく。
すぐ傍らに立っている大きな輪郭と、その影が、奇妙に浮き上がってゆく。
その影は貴方以上に呼吸を激しく荒げていた。
口端から粘性の唾液をどろりと垂らして地を溶かし、白濁の眼球をギラつかせ、片方の手には大振りの刃物を握っている。
とてもではないが、その存在には理性も知性もあるように見えない。
少なくとも、幼き貴方にとっては、得体の知れない怪物に他ならなかった。
幼き貴方は理解の及ばぬ怪物を視界に入れていながら、しかし恐怖に類する感情を持ち得てはいなかった。
全身は泥のように重く、感覚の鈍みで指の一本すら動かない。肉体の状態に影響を受け、精神も思考も摩耗している。何をも思う余裕など、すっかり失われていたためだ。
理も知も無き怪物は横たわった貴方にゆっくりと近づき、その白く澱んだ眼球に何の光も映すことなく、刃物を握った手を振り上げ、そして貴方の頭部に向かって勢いよく振り下ろした。
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