第2話

 しかしそれも場当たり的な一時凌ぎに過ぎず、それほど長くは持ちそうにない。

 既にその身は満身創痍。

 打ち傷に切り傷、擦り傷などによって血が滲み、息が上がって疲労が重い。

 おまけにずっと全力で走り続けてきたものだから、体力も底をついている。


 そして遂に、運も尽きたのだろう。


 あっと言う間すらもなく、貴方は何も無い箇所で躓いて転び、その身を前方へと放り出してしまった。

 幾度も転がり腐葉土と泥とに塗れ、立とうとしても足が震えて身動きが取れず、呼吸は激しく乱れている。

 息を吸っているのか、それとも吐いているのか、それすら貴方には分からない。

 痛痒の感覚すらなく、全身がまるで熱した鉄塊のようだ。


 そう。貴方の肉体は完全に活動限界に達していた。


 耳には自身の掠れ乱れた呼吸音ばかりが入り込み、周囲の一切が入ってこない。

 そんなぎりぎりの状態でも、否、そんなぎりぎりの状態であるからこそ、自身に迫っている脅威が分かる。


 ゆっくり近づいてきていると、貴方は明確に知覚しているのだ。


 限界にまで研ぎ澄まされた嗅覚は辺りに漂い始めた腐敗臭を噎せ返すほどに吸い込み、喉を引っ張り上げるような嘔吐きの感覚を強く引き起こす。

 喉と鼻の粘膜に執拗に絡みつく酸の刺激が、否が応にも現実を、幼い貴方を追い回してきた存在を、はっきりと認識させる。

 追手は、貴方の呼吸が整ってきた頃合いを敢えて見計ったのだろう。


 強烈極まる衝撃が脇腹に突き刺さってくる感覚を、貴方はその身に得た。


 軽々と吹き飛ぶ自身の身体に、脇腹に鈍く重たい熱源が発生したことをきっかけとして、腹の奥から湧き出してきた大量の熱の塊が喉の奥から手前へと押し寄せ、口から勢いよく吐き出される。


 温かく錆び臭いその液体は、紛うことなき貴方の血だ。


 全身がぬるま湯に浸かっているのではないかと錯覚するほどに血の溜まりは暖かであったが、しかし急激に、急速に、貴方の肉体は冷え込んできている。

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