第47話 最後のバグ

 ビビが、ゲームの中で言葉を話せなくなる。


 ボクは、ちょっと打ちのめされた。


 ゲームの中で会話をしていることが、デフォルトになっていたんだなと思う。

 ボクの中で、ビビとのお話は、かなりウェイトを占めていたんだな。


「ヴォルフさんたち他のギルド構成員も、お話ができるペットなんですよね?」


「そうなんだが、他のペットたちとも、今後は『PペットRランFファクトリー』内で会話ができなくなる。ビビが、特殊なパターンすぎるんでな」


「どの辺りが、しょうか?」


「会話内容の構成パターンは、模擬人格が管理しているって話は、したな?」


 ボクは、「はい」とうなずく。


 冒険者ギルドのスタッフには、ペットもいる。とはいえ、ペットと直接話しているのではない。模擬人格によって、構築された文章を読んでいるに過ぎないのだ。


 だから、言われたとおりにしか反応できない個体も、多くいる。


「しかし、ビビはイレギュラーなんだよ」


「まさか」


「そのまさかだよ、ケント。ビビのヤツは、自分で意思を持って話している」


 ビビは自分の言葉を、自分の意思で語りかけていたのだ。


 たしかにビビは、ボクが熱を出した時も、自分でベルさんの中の人である「鈴音りんね」さんに連絡をメッセージアプリで入力している。


 人間の言葉をビビが理解しているのは、明白だ。


 どこかで言葉を覚えたのか。

 あるいは、ボクとの生活で言語を学んだんだろう。


「こんな現象は、相当に訓練されたスタッフにしか起こり得ないはずだった。オレのような、な。しかし、ビビは違った。バグの除去作業によって生じた、一種のトラブルの可能性が出てきたんだ」


「ビビと会話できる現象は、バグであると?」


 ヴォルフさんは、うなずいた。


「その危険性がある以上、こちらも対処せざるを得なくなったんだ」


「ボクがもし、断ったらどうするんです?」

 

「……ビビを調査する必要がある。それも、かなりの年月をかけて」


 ビビが、実験体にされてしまうのか。


「コンピュータのバグでペットに人格が芽生えるなんて現象、オレたちスタッフにだって初めてのことなんだ。我々も、対処に困っている。ただのバグではなかった可能性が高い」


「放置すると、どうなるんですか?」


「他のペットたちにも、同じ現象が起きるかもしれない。そうなると」


「パニックに、なりますね」


「だな」


 ボクだったから、まだ反応が薄くてよかったのだ。ビビが言葉を話そうがなんだろうが、愛情は変わらないから。


 普通の人なら、大騒ぎになる。とてもじゃないが、冷静ではいられない。

 ネットにアップしてしまうか、ずっとお話ししたくてゲーム内にひきこもってしまうか。


 そんな事態に陥ってしまうだろう。


「よって、『ビビを長い年月をかけて調査する』か、ゲーム自体を一部クローズドにして、バグの除去に専念するかの二択となった」


 で、ボクたちへの配慮として、ゲーム側は後者を選んだと。


「お前さんたちに、迷惑をかけるわけにはいかん。こちらで対処することで、手を打った」


 そうせざるを得なかったんだろうな。

 

「ありがとうございます。ビビを守ってくれて」


 ボクもビビも、ヴォルフさんにお礼を言う。


「いいんだよ。こちらの不手際だった。申し訳ない。ただこちらにとっても、ビビを調査したがっている研究者も多くてな。なだめるのがやっとだったよ」


『ニャアは、そういう人気ものには、なりたくないニャー』


 正直な感想を、ビビが述べる。

 

「というわけで、ゲーム内容の大幅な見直しがなされる。ただ、二人の意見を聞いておきたい。もちろん、すぐにとは――」


「大丈夫です」


 間髪入れず、ボクはヴォルフさんに返答をした。


「いいのか? せっかく会話ができるようになったのに、むざむざ手放すことになるんだぞ?」


「構いません。言葉を話すからとか話さないとか、そんな理由でビビへの愛情が薄れちゃうなんて、ありえないし」


 そう。すごく単純なことである。


 ベルさんだって、会話ができないからと言って、ナインくんを手放したりはしない。

 愛情はそのままだ。


 ビビとお話できなくなるのは、たしかに悲しい。


 でも、ビビがいなくなるわけじゃないんだ。


「わかった。あんたの気持ちは理解した。ただ、すぐにしゃべれなくなるわけじゃない。時期が来たら、必ずアナウンスを送る。そのときまで、ずっと会話してあげなよ」


「ありがとうございます。失礼します」


 ボクたちは、ギルドを出た。


「さあ、残された時間をどう過ごそうか?」


 ビビにしてあげられることって、なんだろう?


 ボクの手持ちのアイテムから、なにかできるかな?


 せいぜい、ヴァンパイアを打倒したときに手に入れた【メイド服】と、【貴族のティーセット】くらいなんだよね。


 どれも、ほぼフレーバーアイテムである。


 メイド服は【きぐるみ】などのように、外見を変えるアイテムだ。


 ティーセットは、安全な結界を張って体力を完全回復する【テント】と、同じ役割を持っている。ただ、範囲が以上に小さい。入れるのが、二人だけだ。


『明日、やりたいことがあるニャー』


 ビビから、さっそくリクエストが。


「やりたいことだって?」


『秘密ニャー』


 

 

 

 翌日ログインすると、ボクのセーフハウスにメイドさんがいた。


『ご主人、おかえりニャー』


 メイド服を来たビビが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る