第39話 無限の猿定理

 ビビが、鈴音りんねさんに連絡を?


「どうして、そう思ったんです?」


「不自然だったのが、あたしが来たことに、ケントさんが驚いていたことです」


 自分で連絡をしたはずなのに、ボクは驚いていた。いつの間に連絡をしたのかと。


「普通なら、本当に来てくれたのか、的なリアクションがあるはずです」


 だがボクは、鈴音さんに連絡をしたことに心当たりがなかった。 


「さらに妙だなと思ったのが、スマホの位置です」


 ボクの身体はベッドから落ちていたのに、スマホはベッドに置いたままだった。


 いつ置いたのか? 連絡を入れてからベッドから落下したとしても、不自然すぎる。


「スマホは、手の先にあったんです」


 鈴音さんに連絡を入れてから気絶したにしても、位置が遠すぎた。


「つまり、あなたは連絡をしていない」

 

 ボクの手から先にいたのが、ビビだったらしい。


「あんな体勢から連絡を入れられるのは、ビビちゃんだけだなって思いまして」


 当のビビは、何事もなかったかのように、刻んだメザシをバリバリと食べている。自分は何も知らないとでも、言いたげに。


「以上のことから、あたしに連絡をしてきたのはビビちゃんしかいないと思いました。第三者がいた可能性も考えましたが、だとしたらあたしにメッセージなんて出さないでしょう。自分で看病すればいいんですから」


「はい。両親は遠くの地方にいるので、こんなに早くは来られません」


 なら、ビビだろう。


「それにしても、驚きました。人間の言葉を伝えてくるなんて」


 おそらく、【以心伝心】アビリティのおかげだろう。

 そうとしか、考えられない。

 ビビが、メールで人語を書けるなんて。

 もしビビがただのネコだったら、メールを打つ行為すらできなかっただろう。


 しかし、ビビはそれ以前から、おかしい点はいくつかあった。

 自分でステータス振りとかしていたし、ジョブも自分で選んでいたし。


 もともと人間の言葉が、わかっていた可能性が高い。


「たしかに、『無限の猿定理』という言葉もあります」


 チンパンジーにタイプライターを打たせ続けると、シェイクスピアの戯曲ができあがる可能性がある、という仮説だという。


 お猿さんって、そんなことができるのか。 


「しかしビビちゃんのそれは、無限の猿定理なんて範疇を超えています。明らかに、人間の言葉を理解しているようでした。短いながらも、あたしに事情を的確に伝えてきたので」


 だから鈴音さんは、ボクの家に来た。救急車まで呼んでくれて。結局カゼと診断されて、注射だけで済んだみたいだけど。


 ボクのスマホを、見せてもらう。


「たしかに、ボクが打った記憶はありません」


 第一、鈴音さんに連絡なんて入れない。ご迷惑になる。


 まず、自分で救急車を呼ぶだろう。


「でも、救急車は呼べなかった。病状を口頭で伝えられないから」


 それで、メッセアプリを使ったと。


「ビビちゃん、本当におりこうさんです。すごいですね。きっと、ケントさんを本当に心配してくれているんだわ」


 鈴音さんに褒められたからか、ビビが『にゃーん』と鳴く。コタツのそばで横になっているナインくんのお腹まで来て、丸くなる。シッポをポンポンしていて、心地よさそう。


 ナインくんもビビを邪険に扱わず、されるがまま。

 

「うふふ。ビビちゃん、ナインのお腹が気に入ったみたい」


 鈴音さんは、ナインくんを撫でる。


「あたし、やっぱり泊まらせていただきますね。ケントさんの体調が悪化してはいけないので、一日は様子を見させていただきます」

 

「ありがとうございます。布団を敷きますね」

 

 ボクは、テーブル脇のソファを倒した。


「来客用のベッドは、これしかないんですが」


「平気です。ありがとう」


 掛ふとんと毛布を、鈴音さんに渡す。


 鈴音さんは、スウェットまで用意していた。最初から、泊まるつもりだったみたい。



 翌朝、ボクはすっかり元気になった。

 とはいえ、病み上がりの身である。大事を取って、仕事は休むことに。

 こういうとき、トワさんから資産運用を教わっているのが生きた。あまり、不安はない。


「ありがとうございました」


「いえ。お大事になさってくださいね」

 

 ボクは、鈴音さんとナインくんを見送った。


 病床の身体ではあるけど、ビビとお話はしておこう。


『大丈夫かニャ? ケントご主人』


「うん」


 本当は久しぶりに、いっしょに遊んであげたい。

 しかし、今日はビビと話すだけにしておく。


『ケントご主人、元気になったニャー』


 カゼが治ったボクを見て、ビビも喜んでくれる。

 

「ありがとう。ビビのおかげだよ」


 ボクはゲームの中で、ビビを撫でた。


 ビビがゴロゴロと、ノドを鳴らす。


『余計なことをしたかニャって、心配していたニャ』


 秘密がバレそうになったのを、ビビも気にしているようだった。


「とんでもない。本当にありがたかったんだよ」


 ビビが鈴音さんを連れてきてくれたから、悪化しなくて済んだ。おかげで、ビビとこうして会うこともできる。

 

 そうはいっても、鈴音さんに迷惑をかけてしまったのは、事実だ。


 だから、その埋め合わせはしないとね。


「それでね、ビビ。ちょっと相談があるんだ」


『なんでも聞くニャー』


「ボクは鈴音さんに、ビビのことを話してもいいように思う」


 アビリティ【以心伝心】のことは、鈴音さんに話すべきだろうと思った。

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