第38話 ベルさんの中の人に、看病してもらう

 目を覚ますと、こたつテーブルに鈴音さんがいた。ノートPCを出して、作業をしている。ときどき、画面の向こうにいる誰かと話をしていた。どうやら、リモートで仕事をしているみたい。


 PCのカメラは、ずっとナインくんを映しているようだ。

 画面の向こうにいるのも、ワンちゃんである。

 仕事仲間も、犬の飼い主同士なのだろう。


 部屋も、いつの間にか片付いていた。洋服なども、外に干してある。


 鈴音さんが、やってくれたのか。


「目が醒めましたか、ケントさん?」


 ノートPCを閉じて、鈴音さんがボクに視線を合わせる。

 

「すいません、鈴音りんねさん」


 ボクは、半身を起こす。自分のことは、自分でやらないとね。


「横になっていてください。ビビちゃんが起きちゃうので」


 鈴音さんがベッドのそばに寄って、ボクを寝かしつける。


「ああ、ビビ」


 ボクの隣では、ビビが寝息を立てていた。


「ずっと心配してくれたのか。ありがとうな」


 ボクはビビに触れないように、ベッドから離れる。


「ビビちゃん、ケントのことが大好きなのね。そばからずっと離れなくて」


「そうでしたか。鈴音さん、お仕事は」


「もう上がりです。ちょっとした、調整だけでしたので。業務も、お昼以降にしてもらってました」


 仕事は、もう終わったらしい。


「具合は、いかがですか? ほしいものはありますか?」


「お水を取ってきます」


「やりますから、じっとしてて」


 鈴音さんが、グラスにスポーツドリンクを汲んでくれた。


「ありがとうございます」


 ボクは、グラスを傾ける。


 相当、汗をかいていたのだろう。

 スポーツドリンクが、全身に染み渡る。

 

「食欲は、まだ回復していませんか?」


「そうですね」


「パックのお粥を買っていますから、調子が良くなったときにでも」


「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「こういうとき、ホントは手作りなんでしょうけど」


 鈴音さんが、苦笑いをする。


「カゼひきのときにムリに食べると、よくないそうなので」


「ボクも、聞いたことがあります」

 

 消化にエネルギーを使うから、かえって治りが遅くなるんだっけ。


 今は、水だけでいい。


「料理はある程度、やるんですよ。ナイン専用の炊飯器とかもあって、料理動画を参考にしながら食べさせています」


「すごいですね」


「歳なのであまり食べないんですが、しっかりしたものを食べさせたくて」


 動画で紹介された料理のおかげで、ナインくんは病気知らずなんだとか。


「ねー、ナインー」


『くーん』


 ナインくんも、うれしそうだ。


「ありがとうございました。鈴音さん。ナインくんも」


 カゼをうつしては、いけない。


「あとは、一人でできますから」


 ボクがいうと、鈴音さんは微笑んだ。


「大丈夫。ナインのゴハンも用意していますので、今日は一日ここにいますよ」


 キッチンに立って、鈴音さんがナインくん用の缶詰を開ける。


「カゼをうつしてしまったら、悪いので」


「いいのよ。今日は安静にして」


 鈴音さんは、ナインくんに缶詰をあげた。


 ナインくんは、お皿まで食べちゃいそうな勢いだ。


「でも」


 帰ってもらおうとしたら、ボクのお腹が鳴った。


「食欲が戻ったみたいですね。用意します」


 鈴音さんは、おかゆを温め始める。トワさんが作り置きしてくれたおかずから、消化によさそうなものを選んだ。あとは少量の、お味噌汁を作ってくれた。


「どうぞ」


 カゼひきにはもったいないくらいのごちそうが、食卓に並ぶ。

 

 鈴音さんも、自分の煮物を分けていた。


「いただきます」


 手を合わせて、お味噌汁から飲むことに。


「はあああ。これ、いいですね」


 あったかい。お味噌汁なんだから当然なんだけど、温まる。

 具の白菜も、柔らかい。


「具だくさんの料理なら、雑炊にしようかとも考えたんですけど。大家さんの作り置きが大量にあったので」


「ありがとうございます。おいしいです」


 続いて、お粥をいただく。

 おいしい。

 鈴音さんが、タマゴを落としてくれていた。

 それがまた、ありがたい。


「大根の煮物があったので、使わせていただきました」


「こちらも、いいですね」


 トワさんの味付けなので、間違いがなかった。


「子どもが食べないんだよねーと、トワさんはよくグチってます。ボクは大好物なんですけど」


「まだ子どもだから、しょうがないわよね」

 

 

 ビビはまだ、起きてこない。


 気疲れさせてしまったか。


「ケントさん。ビビちゃんが、気になっていますか?」

 

「そうですね。いつもは、ビビといっしょに食べるので」

 

 話をしていると、ビビが起きてきた。

 ゴハンの時間だね。


「待っててね。ビビ。ゴハンをあげるから」


 ボクは、立ち上がろうとする。


 しかしビビは、自分でお給餌マシンのボタンを押して、カリカリと刻みメザシを出す。


「いつもは、こんな感じじゃないんですけどね」


「普段は?」


「缶詰とオヤツを、ねだってきます。ついついあげちゃいますね」


 ビビのやつ、ボクに気を使っているのかな。


「ビビちゃんがいてくれなかったら、あたしはあなたの病気に気づかなかったかもしれません」


 カリカリをモグモグするビビを、鈴音さんは見つめていた。


「連絡をくれたの、ビビちゃんですよね?」

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