第37話 ビビ、奮闘

 ~数時間前~


 大変だ~。ケントご主人が倒れてしまった。玄関のカギを閉めようとして、そのままベッドから転げ落ちてしまった。上半身が、ベッドに落ちたままになっている。


 ニャアの力では、ケントご主人を動かせない。


 どうにかしないと。


 誰かに連絡を……。


 といっても、誰に? 


 トワさんは、

 

 でも、ネコのニャアにできるの?


 スマホなんて、触ることができるのかしら? それさえ使えれば、人を呼ぶこともできるのに。


 メッセアプリが、開きっぱなし。


 なんとかこれで、誰かにつながってくれたら。


 そうだ。舐めたら、ニャアでも動かせるかも。

 

 たしかここでお世話になり始めの頃、スマホに間違って触ったことがあった。おいしそうなエサの画面が出てきたから、ついなめってしまったのだ。

 ケントご主人が、ニャアのためにエサを選んでくれていたのである。

 でもスマホの原理がわからなくて、思わずペロッとした。


 そしたら、購入キーに舌が触れたらしく、購入完了になってしまったっけ。


 ケントご主人は苦笑いをしつつも、ニャアを追い出さなかった。


 おいしそうなエサも、格別のウマさだったのを覚えている。いまだにそのエサは、ヘビロテだ。


 そういう話じゃなくて。スマホは、舌でも文字が打てる。


 だからニャアの舌でも、スマホは扱えるのだ。


 背に腹は変えられない。考えるのも面倒だ。ならば、実行あるのみ。


 今も、ご主人は変な体勢で気絶している。



(……ここがゲームだったら、【妖刀クモキリ】で解毒できるニャー)

 


 クモキリの鞘には、解毒効果がある。カゼに効くか、わからんけど。


 ニャアは急いで、床に落ちたスマホをなめった。


「たすけて」


 フリック打ちというのか? そういう技術で、メッセージを打つ。

 

 誰でもいい。誰かにつながってくれ。


 時間はかかったけど、なんとかメッセージは打てた。


『ケントさん、どうしました?』


 一本のメッセージが届く。この人は、最近仲良くなった、鈴音りんねさんだ。老犬ナインのご主人である。


「かぜ」


 短くまとめて、送信した。


『すぐに向かいます』


 鈴音さんが、家に来てくれるみたいだ。


 たしか玄関は開いていると、ケントご主人は言っていた。


 なんとかなるはず。

 

 数分後、鈴音さんは来てくれた。

 

 懸命にドアを叩いているが、ご主人は反応しない。


 ニャアは玄関前に駆け寄って、ずっと鳴き続けた。


「すいません。勝手にドア開けますよ」


 玄関が開き、鈴音さんがニャアを撫でる。


 付き添いのナインも、ニャアの顔をずっと舐めてくれた。


 鈴音さんのすぐ後ろから、白衣を着た男女が、ぞろぞろと家に入ってくる。


「お願いします」


 鈴音さんが白衣の人たちにお願いをして、ケントご主人をベッドに戻した。


 検査らしき行為を、ご主人に施している。


 獣医さんに、似た匂いがする。お医者さんかな。


「軽いカゼですね。感染症の可能性は、ありません。数日後にはよくなるでしょうけど、しばらくは安静にしててください。お仕事も、休んだほうがいいです」


 一番年配の人が、鈴音さんに告げた。この人がお医者さんみたい。


「食事は、要求があるときに与えてください。ムリに食べさせると、かえって症状が悪化しますからね」 


「ありがとうございます」


「では、お薬です。食後に処方してください」


 数日分の薬を鈴音さんに渡して、お医者さんは帰っていった。

 

 お医者さんが帰った後、鈴音さんはケントご主人の部屋を片付け、洗濯と掃除を始める。


「あとは、必要なものの買い出しと……」


 ニャアは、TV台の上にあったカギをくわえて、鈴音さんのもとに持ってきた。


「ありがとうね、ビビちゃん。じゃあ行くわよ、ナイン」


 鈴音さんが、部屋を出ていく。どうやら、近所のドラッグストアに向かったみたい。


 大変だな、鈴音さんは。


 このアパートは、ペットが住めるようにしてある。そのため、駐車場がやや離れていた。

 道路はあるが、普段はポールが立っていて入れない。許可をもらえば入れるが、利用するのは主に引越し業者や消防車など、緊急時のみ。

 乗用車は、少し歩いた先に駐めなければならない


 ニャアたち動物には、交通事故の心配はないけど、ニンゲンには不便だろう。


 ケントご主人も、宅配の人に気を使っている。


 鈴音さんが、帰ってきた。スポーツドリンクと、パックのお粥を買ってきたようである。

 大家のトワご主人がくれた作り置きを見ているから、そんな大量にゴハンを買っていない。

 ニャアのオヤツまで、買ってくれていた。そんなの、気を使わなくていいのに。


「ビビちゃん、えらいね。ご主人に寄り添っていたのね。はい、どうぞ」


 鈴音さんが、ニャアにチューブオヤツの封を切ってくれた。


 ホントにいいのに。まあ、食べるけど。


 ニャアのオヤツが終わると、鈴音さんはカバンから、小型WiFiとノートPCを出す。お仕事のようだ。リモートで、お仕事するみたい。

 

 こういうとき、ニンゲンさんはいいな。


 ニャアは、なにもできない。


 ベッドに寄り添って、ケントご主人に暖を取ってあげるくらいしか。


『ニャアア』


 ケントご主人、今はゆっくり休んでほしい。


 いつのまにか、ニャアもご主人といっしょに眠っていた。

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