第34話 帰り道
「ケントさん、今日はありがとうこざいます」
ほがらかに、鈴音さんが頭を下げる。
さっきまでの暗い表情が、若干和らいでいた。
「いえ。なんのおみやげもなくて、恥ずかしいくらいでして」
「とんでもない。ゲームの中でも話しましたけど、あたしたちはビビちゃんに会いたかっただけでは決してないので」
そういってもらえると、ボクも素直にうれしい。
ボクはゲームでは対して活躍していないけど、「便利だから」とか「役に立つから」とかなんて理由で呼ばれたわけではなかった。
「ケントさんには、ホントに会いたかったんです。あんなに楽しそうにプレイしている人って、どんな人なんだろうって。ゲームそのまんまな人で、本当によかった」
「ありがとうございます」
べた褒めだ。なんだか、照れくさいな。
「あたしたちにとっても、ビビちゃんにとっても、ケントさんは決して単なる『ビビちゃんの飼い主』ではないんです。大切な仲間ですよ」
「そうなんですね」
「あのときも、ケントさんに助けてもらっていなかったら、あたしかナインがキャラロストしていたでしょう。すごく感謝しています」
「あれは、ビビががんばったおかげですよ」
「ですが、あなたもあたしたちを守ってくださいました。ビビちゃんだけを守っていてもよかったのに」
ボクは首を振る。
「困ったときは、お互い様です。ボクもみなさんに、助けられていますから」
「そうですか。恩返しができているなら、幸いです」
駅に到着した。
「では、ボクはここで」
「あたしもいっしょですよ」
なんと、鈴音さんもナインくんを連れて、共に電車へと乗り込む。
え、駅でお別れじゃないのかな?
「あの、電車に乗るんですか?」
「はい。あたしの家、おそらくケントさんと同じ駅ですよ」
「うそ……」
駅の近くって、ボクの家のある駅だったのか。
でも、たしかにボクとぶつかった場所は、駅の近くにあるスーパーだったもんなぁ。
二駅ほど進んで、ボクの下車駅に着いた。
「お買い物をしてから、帰りますけど」
「はい。お供します」
ボクたちは、スーパーへ。
ビビのフードやおやつは、ゲーム内で相当数が手に入った。スーパーのものよりいいやつだから、もういいかな。
自分用のおやつとして、リンゴでも買おう。
猫砂やカリカリ・消臭剤など、消耗品をとにかく買った。
あとは日用品と、自分用の食事を。
会計を済ませて、店を出る。
「おうちの近くまで、送ります」
「ありがとう。こっちです」
鈴音さんのガイドに沿って、歩道を進む。
「こっちは、雨が振っていたみたいですね」
辺り一面に、水たまりができている。
もう雨が止んでいるからいいが、空はまだ鉛色のままだ。
「うわ!」
トラックの車輪が、水たまりにはまった。大量の水を飛ばす。
「大丈夫ですか!?」
ハンカチを持って、鈴音さんがボクの服や体を拭いてくれた。
「平気です。それよりビビが、大丈夫かな」
ビビはケージが濡れただけで、無事のようである。
「こちらです」
鈴音さんの家は、大きなマンションだった。
やっぱりゲームデザイナーって、お金持ちなのかな。ボクの住んでいる家より、数段スケールが大きい。
「おおお」
ビルのようなマンションを見上げて、ボクは思わずため息をつく。
「ボクは、この辺で」
ビビがケージから出たがっているといけないから、もうそろそろ帰ろう。
「そういうわけには、いきません! もしよろしければ、ウチに上がりませんか?」
「ええ!?」
「ビビちゃんもごいっしょに、お茶でも」
「そ、そういうわけには、いきません」
一人暮らしの女性の家にお邪魔するなんて、とんでもないっ。
「しかし、カゼを引いてしまいます。こちらへ」
なおも、鈴音さんはボクを引き止めた。
ビビも『にゃーん』と、こちらを見上げる。ケージから一旦出たいのか、ボクを心配してくれているのか。
「す、すいません。ビビを出すことになりますけど、よろしいですか?」
ここは、ビビを出してあげよう。
「ええ、もちろん。ナインを遊んでくださる?」
「はい。お邪魔します」
ビビのこともあるので、鈴音さんの好意に甘えることにした。
部屋は、香りなどはあまりしない。犬を飼っているからだろう。芳香剤的なものは、消臭機能程度にとどめていた。
鈴音さん自身からも、香水などの匂いは感じない。強い香りは、犬の嗅覚を鈍らせるからかも。
部屋について早々、鈴音さんはボクとビビの分のタオルをくれる。
「ありがとうございます。ビビー、出ておいでー」
自分の頭にバスタオルをかけるにとどめて、まずはビビを拭いてあげることに。
よかった、ビビは濡れていない。ケージを拭くだけにしよう。
ボクは、頭をしっかりと拭う。すっかり濡れてしまったな。
「すいません。ありがとうございます。では、ここで」
「待って。ホットココアを淹れたので、もう少しどうぞ。ビビちゃんに、常温のお水も用意しましたので」
鈴音さんが淹れてくれた、ココアか。お言葉に甘えようかな。
「ビビ、いい?」
ボクが聞くと、ビビは『にゃあ』と短く鳴いた。OKみたいだ。
「では、いただきます」
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