第28話 ファンナおばさんの薬局

 オフ会が明日に迫っているので、今日は軽めに遊ぶだけで済ませる。

 会場でも、ゲーム機はあるそうなので。それだけじゃなく、多人数プレイも可能だとか。最近ではオンラインゲームカフェも行っているらしく、色々と機材を揃えたという。


 ボクは、ポーション屋の経営をしてくれるというおばあちゃんに、ごあいさつをした。

 数日前、ビビが店舗経営をしたいプレイヤーを探し出してくれたのだ。


「ありがとう。ビビのおかげだよ」

 

『ニャアが見つけたというより、「経営者募集の依頼を出したらどうニャ?」って提案をしただけニャー』


「それでも、ありがたいよ」



 商店街が、見えてきた。

 ちっこいエルフの少女が、牛柄のネコに乗ってポーションを売っている。

 ネコと言っても、その牛柄はタヌキの置物くらい大きい。 


「いらっしゃい。あらあ、ケントさんだねぇ」


 エルフの少女が、こちらに手を振ってきた。


「こんにちは。ファンナさん。すごい売れ行きですね」


 ボクはエルフの少女、ファンナさんに声を掛ける。


「そうだねぇ。こんなおばあちゃんのポーションなんて、どこにでも売ってると思うんだけどねぇ」


 おばあちゃんといっても、まだ実年齢は五〇代半ばらしいけど。アバターも、美少女エルフである。


「ファンナさんって、珍しい名前ですね」


「昔読んだ小説に出てくる言語を、活用してみたんだよぉ」

 

 ファンナさんの名前の由来は、「ファからの贈り物アンナ」……つまり、雨という意味らしい。


「若い頃は、それなりにファンタジー小説は読んでてねぇ。それで、そこで使われていた言語を使ってみたねぇ」


 人は見かけによらないというが、やっぱりオンラインゲームって、色んな人がいるんだなぁ。


「古い冒険小説を読んでいたんなら、今のファンタジー設定って、ヌルく感じたりしませんか?」


「いやいやぁ。新しい発見があって、楽しいねぇ。若い子たちが入っていきやすくする努力を、ビンビンに感じるねぇ」


 まだ五〇代だからか、ファンナさんは脳が若い。ネット内には、頭でっかちな人も多いというのに。


「ちょっとアレンジして、ポーションの種類を増やしてみたんだけどねぇ」


 ファンナさんの中の人は、趣味でガーデニングをしているらしい。そのため、薬草の知識が豊富なのだという。

 古いファンタジー小説を読んでいたり、ガーデニングをしていたり、充実している人だ。


「しょせん、素人のマネごとだからねぇ。ご迷惑だったかねぇ?」


「とんでもない! ボクが作ったものより、評判じゃないですか。すごいです」


 ボクの作ったポーションよりも、ファンナさんのポーションの方が効果が高い。毒だけではなく、マヒも直せるとは。


 エルフで【ハーバリスト】……薬草学者となると、ここまで多岐にわたるポーションが作れるのか。


 ここはもうファンナさんのお店として、定着している。


 いっそお店をファンナさんに譲渡して、ボクは委託販売だけをしてもらおう。自分で商売が必要なほど、お金には困っていない。

 ボクもポーションは作るけど、お店に出すときはスペースを借りる程度にとどめよう。


「ファンナさん、このお店をお譲りしますね」


「ええ、いいのかい? 悪いよぉ」


「いえ。持て余していたので、ちょうどいいんですよ。ここは人気ですし」


 ボクは商業ギルドに行き、ファンナさんを正式に店長として登録してもらった。


「店のお名前は、どうしたいです?」


「飾らずに、【ファンナおばさんの薬局】でいいよぉ」


 ファンナさんは美少女アバターを使っているのに、自分をおばさんと表現する。本当に、飾らない人だ。

 

「じゃ、【ファンナおばさんの薬局】で、登録しておきますね」


 こうして、正式にお店がファンナさんのものに。


「ありがとうねぇ。楽しみが増えたよぉ」


「いえいえ。楽しいのが一番ですから」

 

「たしかに、ここなら、ムリなくゲームができそうだねぇ」


「はい。お孫さんが探索に出たいと言ってきたら、いつでも店を空けてくださって結構ですので」


「ありがとうねぇ。モーさんも喜んでいるねぇ」


 モーさんというのは、おばあちゃんの飼い猫のことだ。

 この牛柄のネコは、かなり高齢だという。ちなみに、「モーさん」までが名前だとか。


「モーさんちゃん、人気ですね」


 牛柄のためか、マスコット的な注目を集めている。


「モーさんでいいよぉ。この子も、お店番としてしっかり働いているねぇ」

 

 撫でられるがままに撫でられているが、モーさんは「これも仕事」と割り切っている感がある。

 

「あの、近々オフ会があるんですが?」


「結構だねぇ。若い人たちで、楽しんできてちょうだいねぇ」


 その日は、孫と遊園地で遊ぶ約束があるという。

 たしかに、祝日だもんね。


「気を付けて、いってらっしゃいねぇ」


「はい。ありがとうございます。行ってきます」




 当日、ボクは市電を乗り継いで、会場へ。


 この地域は、業者が限界集落を安く買い取って、街全体を改装したという。



 言われた通り、古民家の撮影所へ。


「こんにちは……」


 表情の暗い女性が、ボクを出迎えてくれた。


「ケントさんと、ビビちゃんですよね?」


 その女性が、ボクたちのことを言い当てる。


 やはり、この間にぶつかった女性だった。


「はじめまして。そよぎ 鈴音りんねです。『ベル』と言えばわかりますでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る