第29話 二人だけで会話

 ベルさんこと、そよぎ 鈴音りんねさんは、老犬を連れている。

 彼が、ナインくんだろう。

 元警察犬のドーベルマンというだけあって、貫禄がある。


 ベルさんの中の人は、顔の表情こそ重めだが、美人さんだ。この人を明るい感じにしたのが、ベルさんというイメージである。メガネを掛けていて、知的な印象だ。


 中と外で様子が変わらないトワさんとは、対照的だな。


 でも、魅力的な女性だ。

 

「やっぱり、あのときの人だったんですね」


「その節は、失礼しました」


「いえいえ。ボーっとしていたボクも悪かったので。ケガはありませんでしたか?」


「はい。問題はありません。では、こちらへ」

 

 に、撮影所の中へ案内される。


「あの、梵さん」


「鈴音で結構です。あたしも、ケントと呼んでいますので」


 女性に下の名前で呼ばれるのって、緊張するなぁ。

 トワさんなら学校の先輩だったので、慣れているけど。 


「どうぞ、ケントさん、ビビちゃん……」


 ボクたちは、和室に通された。

 

 部屋の中央に、コタツが置かれている。

 

「コタツがありますね」


 野生の本能なのか、コタツの魔力なのか。

 ビビがコタツを見た途端、ケージから抜け出す。ささっと、コタツの中へ。


「すいません。寒かったみたいですね」


「いえ。温めておいたので、それを察知したのかも」


 ナインくんも、コタツ布団に身体を預ける。


「お茶を淹れてきます」


「手伝いますよ」


「大丈夫です。すぐ済みますので」


 本当にすぐ、鈴音さんはお茶を持ってきた。

 

「ありがとうございます」


 外が寒かったので、温かいお茶が助かる。

 

 トワさんも、会場の主催も、まだ来ていない。


「あの、トワさんは?」


 お茶をもらいながら、向かいの鈴音さんに話しかける。


「ボクが早く来すぎたので、いいんですけど」


竹中たけなかさんは、菓子折りを買ってから、こちらに向かうそうです」


「しまった。すいません。気が利かなくて!」


 お邪魔するんだから、お土産を持参すべきだったよね。やってしまった。


「ご心配なく。トワさんも自分が食べたいから、買いに行ってらっしゃるそうなので」


「そうですか。そうおっしゃってもらえると、助かります」


 すしおくんは連れてくるけど、トワさんは今回、家族とは一旦別行動なのだとか。


「いいところですね、ここ」


「都市を丸ごと、リノベーションしたそうです」

  

 時代劇のロケ地や、コスプレ会場として活用しているらしい。

 外観こそ古い店舗でも、決済はタッチかスマホで済む。時代劇の撮影のときは、機材をすべて折りたたんで隠せるという優れモノだ。


 どうしてこういう話ばかりを、しているか。

 間が持たないからだ。


 女の人と、どうやって会話を繋げればいいんだ!


「家主は今、準備中なので。しばしお待ちを」


「はい」


 気まずいなあ。トワさん、早く来てくれないかな。


 ビビが、あぐらをかいているボクの足の間に入ってきた。


「おお、ビビ。人恋しくなっちゃったか?」


 ボクは、ビビを撫でる。


「ホントに懐いてますね。人の気持がわかるみたい」


「……どうなんでしょうねえ」


 以心伝心のアビリティを知られないように、ボクは話を合わせた。


「ゲーム世界のビビちゃんも、ケントさんの行動を読んでいるみたいに動くし。ケントさんをリードする場面も、よく見かけました」


「たまたまです。たまたま」


 うーん、否定できない。

 今まで、ビビに助けられることばかりだったからね。


「ナインも、あたしを助けてくれます。けれどビビちゃんは、ケントさんと一心同体みたいな感じですね」


「そういっていただけると、うれしいです」


 ゲームの会話になると、さっきまで塞ぎがちだった鈴音さんの表情が、明るくなった。


 鈴音さんが、ぐいっとお茶を飲む。


「すいません。仕事以外で人と話すことがなくて」


「ボクも、同僚や知り合い以外と話すのは、久しぶりです」


 ボクの友だちも、みんな忙しくなって、ゲームから離れてしまった。

 資産運用によるセミリタイアが普及しても、「やりたい仕事だからやめない」って人はまだ多い。


 フットワークの軽さは、独身の強みでもある。けど、さみしくもあった。


「あたしも似たようなものですね。だから、ゲームではキャラを変えているの」


 今の言い方、ちょっとベルさんっぽかったな。


「……うう、やっぱりリアルでベルになりきろうとしても、ムリでした。すぐに元に戻っちゃう」


「鈴音さんは、そのままでも素敵だと思います」


 ボクが言うと、鈴音さんは黙り込んでしまった。


「すいません、変なことをいいましたね!」


「いえいえ! そんなぁあああああ!」


 鈴音さんが、手をバタバタさせる。その拍子に、お茶をこぼしてしまった。


 驚異的な反射神経で、ビビがお茶を避ける。


 だが、ボクにお茶がかかった。


「すいませんすいません!」


 自分でティッシュ箱を掴み、急いでこぼれたお茶を拭き取る。


「こんにちはー、あ」


 トワさんとすしおくんが、玄関にいた。


「準備できましたぞ、鈴音、氏……」


 向かいからは、マッシュルームカットの中年男性が。


「ごゆっくり」


 ふたりとも、スッと背を向ける。


「いやいや誤解ですって!」

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