第3話 ピンチのトップランカーを助けるネコ

 その女性は長い髪を振り乱しながら、ペットのドーベルマンコボルトを草むらから引っ張り出そうとしていた。


 赤いレザージャケットを羽織り、白のミニスカートと黒のレギンスを穿いている。見た目は美少女だが、落ち着いた雰囲気を醸し出す。


 ドーベルマンはビビと同じ二足歩行で、ニンジャの装束を着ていた。


「ビビは、この人を助けようとしていたんだね」


 ボクの言葉がわかるのか、ビビはうなずく。 

 

「助けてもらえるかしら? このコの足が、見えない壁にハマっちゃって」

 

 草むらは変な区切りがあって、モザイクが掛かっている。モザイクの向こう側は暗くて、底なし沼みたいになっている。


「これは、バグですね?」


「そうなの。実は運営さんから、バグ調整を頼まれていたんだけど。見事にあたしが埋まってしまって」


 助けを呼んだが、まだ運営は来ないという。


「どうしたんですかね?」


「実はこのゲームって、バグだらけらしくって。運営さんもがんばってるんだけど、どうしても対応が遅れるみたい」


 やっぱり。

 運営会社って、新進気鋭のインディーメーカーだもんな。

 

 PRFペット・ラン・ファンタジーの開発会社は、元大型VRMMOのメーカーの社員が立ち上げたという。新型感染症の蔓延でペットを連れて外を歩けなくなり、「ならペットを仮想空間に連れていこう」という発想から、このゲームが生まれた。

 ちなみに、開発者さんもネコを飼っているらしい。


 今にもコボルドの足は、バグの中に引き込まれていきそうだ。


 興味津々で、ビビはバグ地点に、手というか前足を伸ばす。

 ちなみに、ビビの手はネコの前足のままだ。


「ビビ? 近づくと危ないよっ」


 ボクは、ビビを引き留めようとする。


 しかしビビは、ボクの静止を振り切った。


「くそ、こんなときに!?」


 モンスターが、大量に湧いてくる。ゴブリンやスライムだけだが、数がかなり多い。とても序盤とは思えないほどの群れだ。

 どうやら、本格的なバグのようである。


「このこの!」


 ボクは、みんなを守るために【カバーリング】を。


 ドン、と後ろから音がして、先頭のゴブリンたちが吹っ飛んだ。


 何事かと思って、ボクは振り返る。


 後ろにいた女性が、銀色の銃を構えていた。この女性は、【ガンナー】らしい。中衛の攻撃職だ。


「敵の攻撃は、お願い。あたしが随時、撃ち続けるわ」


「お願いします」


 ドーベルマンコボルドの足に、ビビが前足を伸ばした。


 パワワーッ! と、モザイク型のバグが光を放つ。


「ビビ、大丈夫!?」


 スポンッとあっけなく、コボルドの足は抜けた。


「わわっ」


 飼い主の女性が、倒れそうになる。


「おっと」


 女性の背中を、受け止めた。


「ありがとう」


「いえいえ。それより、モンスターは!?」


 ボクはハッとなって、盾を構え直す。そういえば、戦闘中だったよな。


 しかし、辺りには誰もいない。あれだけいたモンスターが、きれいサッパリいなくなっていた。


 どうやら、全滅の事態は免れたらしい。

 あのまま無防備に攻撃されていたら、いくら序盤といえどゲームオーバーになっていただろう。


「ケガは?」


 ボクは、チューブ型ポーションを女性に差し出す。


 女性はポーションを受け取らず、首を振った。


「なんともないわ。このコも無事みたい」


 ドーベルマンコボルドも、『へいきだよ』って顔文字を出している。このコの意思表示は顔文字なんだな。


「助けてくれてありがとう。あたしは『ベル』よ。このコは『ナイン』。警察犬を指すK‐9ケー・ナインからとったの」


 ベルさんの職業は【ガンナー】で、ドーベルマンコボルドは【ニンジャ】だという。


「ケントです。うちのコの名前は、ビビです」


「覚えた。ケントに、ビビちゃんね。よかったらフレンド登録、お願いできないかしら?」


「ぜひ。でも、よろしいのですか?」


「なにが?」


「ベルさん、トップランカーですよね?」


 MMORPGで【ガンナー】の【ベル】って言えば、どのゲームでも常にトップを走る女性プレイヤーだ。


 このゲームでも、ランクトップを独走している。


「テスト版からのプレイヤーだし。そうはいうけど、このゲームって競うゲームじゃないでしょ?」


「それはそうですね」


 たしかにPRFは、最速攻略したり最強装備を集めたりするゲームじゃない。


「だから、構えなくていいわよ。気軽にベルと呼んでね」


「ではベルさん、お願いします」


 ボクとベルさんは、冒険者カードをかざし合う。

 これで、フレンドの登録が可能なのだ。


「じゃあ、ギルドに戻って報告しましょ」


「はい。ベルさん」


 ベルさんとナインくんを伴って、街へ戻る。

 

「ナインくんは、警察犬なんですか?」


「元、ね。足をケガしちゃって引退したの」


 老犬過ぎて、トレーナーとしても働けず、警察は引き取り手を探していた。

 そこで、ベルさんが名乗り出たという。


「ダイブ式のVRMMOなら、ナインも実世界で激しい動きをしなくていいでしょ? 脳波コントロールで、動きを制御できるから」


「はい。すばらしいアイデアだと思います」


「ありがとう。ナインも喜んでるわ」


 ナインくんが自分の名前を呼ばれて、「ワン」と吠える。


「ビビちゃん、ありがとうねー」


 ベルさんが、ビビを撫でた。


 ノドを触ってもらい、ビビもうれしそう。ベルさんに、すこぶる懐いている。


「サビネコちゃんなのね?」


「はい。保護猫なんですけど、サビネコは不人気だったそうで」


「ネコに人気も不人気もないって思うわね」


 ベルさんが、頬をふくらませた。


「それでも、ケントと出会えたからよかったわね」


 ビビがベルさんの言葉に反応して、「にゃあ」と鳴く。

 

「ボクも、毎日楽しいです」


 ボクが頭を撫でると、ビビも「なあー」と鳴く……と思っていた。


『みんなが無事でよかったニャー』


 え、ビビ、今なんて言った!?

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