第30話 生きる価値のないクズ。


「罰をあたえる。……妹を連れてこい。貴様の目の前で犯す。とことん、徹底的に。犯すだけではない。私と同じだけの痛みを背負ってもらう。その上で、私のクソを食わせ……」


「お、オンドリュー様!」


 御乱心(ごらんしん)が過ぎるオンドリューに対し、ジバは、戸惑うばかり。

 現状、ジバの方が存在値的に上だが、しかし、

 ジバは魔人で、オンドリューは十七眷属。

 その前提がある以上、ジバは、オンドリューに何も出来ない。

 もし、ここで、ジバが、オンドリューを力づくで止めるようなことをした場合、

 ジバは『十七眷属に逆らった魔人』として、『最上級の犯罪者』になってしまう。

 そうなった場合、妹は『犯罪者の家族である魔人』という、

 とんでもなく重たい枷を背負う羽目になり、

 確実に、悲惨な目にあってしまう。

 ……だから、ジバは、


「オンドリュー様、どうか、お許しを! どうか!」


 逆らわず、反論せず、文句を言わず、

 ひたすらに、頭を下げて、オンドリューの怒りが過ぎ去るのを待つ。

 それ以外に出来ることがない。

 そんな、ひたすらに、平謝りを続けるジバに対し、

 オンドリューは、むしろ、怒りを加速させた。


「謝れば済むと思っているのかぁああ! ジバ! 私は絶対にお前を許さんぞ!!」


 カドヒトに対する怒りをジバに重ねているオンドリュー。

 理不尽も、ここまでくればもはや芸術。

 パワハラの極み。

 いじめの極致。

 そんな地獄の底で、それでも、ジバは、妹のために、ひたすら頭を下げ続けた。


「オンドリュー様! どうか、妹だけは、ご容赦を! 私はどうなってもかまいません! 私には何をしてくださっても問題ありません! ですので、どうか、妹だけは!」


「だから、その妹を壊すと言っているのだ! お前相手に何をしても罰にはならん! 貴様の前で、貴様がもっとも大事にしている妹を壊す! それで、ようやく、貴様は私と同じ痛みを知るんだ! そうなって初めて罰は成立する! わかったら、とっとと、妹をつれてこい!!!」


 こうなってしまったオンドリューには、

 もう何を言っても無意味。

 長年の経験で、それが理解できているジバは、

 頭を抱えて、その場でうずくまり、


「どうか……どうか……」


 ひたすらに慈悲をこう。

 無意味だと分かっていても、しかし、それ以外にできることがない。

 大事なものを守るために、必死になって、今まで、ずっと、耐えてきた。


 どんなに苦しくても、妹を守るためなら耐えられた。

 そんな大事な妹が、今から砕かれる。

 ……それは想像することすら出来ない苦痛。


「オンドリュー様……私に……私に罰を……どうか……」


 自分はどうなってもいいから、と心の底から悲痛を叫ぶ。

 どんな目にあってもいいから、どうか、妹だけは……

 と、必死に頼み込むジバの姿を見て、

 偉大なるオンドリュー様は、


「その姿は、少しだけ私を癒してくれる。その醜さ。そのみっともなさ。その情けなさ。その惨めさ。いいぞ……すこしだけ救われる。今、この瞬間だけは、貴様に、感謝というものをしてやってもかまわない」


「で、では……っ」


「希望を持つな、バカ者が。貴様の妹は絶対に、貴様の目の前でグチャグチャにする。殺しはしないが、死んだ方がマシだと心底から思うまでブチ壊す。その時の貴様の顔を想像するからこそ、私の心は癒されるのだ」


「……」


 オンドリューが、どれだけクズであるか。

 それはジバも理解していた。

 オンドリューのヤバさは本当に狂っている。

 だが、それでも、ジバは、『必死に頑張れば、最低限の慈悲はくれるはず』と思い、オンドリューの中にある最低限の人間性を信じて、これまで、必死に歯を食いしばってきた。

 しかし、その期待は砕かれた。

 オンドリューも、自分が、これほどの痛みを覚えなければ、ジバに対して、ここまで理不尽を決め込んだりはしなかっただろう。

 ……痛みを知って他者に優しくなれる者もいるが、

 このオンドリューのように、

 『痛みを知ったからこそ、もっと他者に対して苛烈になる者』というのも、中にはいる。

 こういうのを、生きる価値のないクズと呼ぶ。


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