第31話 ヒーロー見参。


「早く、貴様の妹をつれてこい! 私のイチモツがうずいている! もう我慢できんのだ! 何をしている! はやくしろぉお!」


 その場でうずくまっているジバは、


(いっそ、この男を殺して……『ビシャ』と逃げるか……もう、それしか……)


 と、頭の中で一瞬考える。

 大事な妹の『ビシャ』を壊されるぐらいなら、『いっそのこと……』と、一瞬、これま

 での全てをかなぐり捨てそうになる。

 しかし、


(ダメだ……逃げきれるわけがない……絶対に捕まって……確実に殺される……ここで逃げなければ、殺されることはない……だが……壊される……どうしたら……)


「ジバぁああ! なにをしているぅぅ!! これ以上、私を怒らせたいかぁ!」


「どう……か……どうか……どうか……」


 必死に慈悲をこうが無駄。

 『痛みを知ったオンドリュー』を止める術はない。

 『どうあがいても無駄だ』……と理解できたジバの瞳から、涙があふれた。

 これまで散々我慢してきたが、流石に決壊する。


「どうして……私たちばかりが……こんな目に……」


 己の運命を呪う。

 自分の不幸を嘆く。

 『己が不運を嘆いても無意味だ』と、自分を律して、これまで、ずっと、どんな理不尽を前にしても、鋼の精神力で我慢してきた。

 しかし、もう、我慢の限界。

 ついに、彼は、


「誰か……助けて……」


 無意味な懇願をしてしまう。

 救いを求めたって、誰も助けてくれやしない。

 そんなことは知っている。

 この世界は無慈悲で残酷だから、

 助けなんてない。

 誰も何もしてくれない。

 わかっている。

 だから、これまでは、ずっと耐えてきた。

 そんなジバに、

 ――『暖かな閃光』が降り注ぐ。


「ヒーロー見参」


 背後から聞こえてきた声。

 ジバは、反射的に振り返って、声の主を見た。


「せ……セン……」


「センエース様だ、ジバ。今日から、俺は、正式に、お前の主人だからなぁ。上下関係はしっかりしていこうぜ。ごっこ遊びしてんじゃねぇんだから」


「……」


「俺はゴリゴリの文化系だが、上下関係に関してだけは、バキバキの体育会系でやっていく構えだから、そこんとこよろしく」


「……えっと……あの……」


 何が何だか分からないという顔をしているジバ。

 センエースの発言を理解できる者はいない。

 ……それでも、徐々に、ほんの少しだけだが……状況を把握してきたのか、

 生理的に、すがるような顔つきになり、


「ま、まさか……助けてくれるのか……ど、どうして……」


「言っただろう? 俺は常に強い者の味方だと」


「……」


「よく頑張ったな。地獄の底で、それでも、ずっと歯を食いしばって闘い続けたお前の気

高さを、俺は本気で評価している。毘沙門天のジバ。お前は強い子だ。俺の配下にふさわしい」


 暖かな閃光が、ジバの心にしみ込んでいく。

 ずっと欲しかった言葉。

 ずっと、誰かに言って欲しかった優しさ。

 狂気の尊さに包まれていくジバ。


「あとは、全部、俺がやる。お前は、ただ、見ていればいい。それで、全てが終わる」


 そう言いながら、センは、ジバとオンドリューの間に立ちつつ、

 心の中で、



(……ジバほど有能な人材に、感情論だけのパワハラをかまして疲弊させるなんて、ナンセンスの極み。有能な部下は、気持よく使い倒してナンボ)



 ――ジバの前に立ち、そんなふざけた宣言をするセンに対し、

 怒り心頭のオンドリューは、


「……セン……貴様……なんのつもりだ?」


 と、真っ赤な顔の巻き舌でそう言う。

 そこらの一般人であれば、卒倒しそうな覇気。

 しかし、センは、どこまでも冷静に、


「パルカ様から、正式に、ジバと妹をもらいうけました。今後、ジバと妹は、俺の所有物なので、好き勝手なことはできませんよ、オンドリュー様」

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