第3話 ワガママ。


 クロッカは生まれた時から壊れていた。

 いわゆる精神的潔癖症で、

 だから、彼女にとって、この世界は耐えきれない汚物だった。


 醜さの塊。

 本当なら、一秒たりとも、こんな世界で生きていたくはなかった。

 だから、何度も消えてなくなりたいと思った。

 死にたいと思った回数は数えきれない。


 しかし、彼女は逃げずに戦った。

 戦って、

 戦って、

 戦って、


 そして、だから、

 ――ついに出会えた。


 おそらくは自分と同じ、精神的潔癖症のはぐれ者。

 高潔さと強さを併せ持つ狂人。

 センエース。

 『龍神族の中でも歴代最高クラスの天才であるクロッカ』に認められた傑物。


 ――クロッカは思う。

 『あの異次元砲の威力を鑑みるに、おそらく、潜在能力は、お兄様に匹敵する』

 まだ荒いが、

 しかし、強大な可能性を秘めた天才であることに間違いはない。



 帝都へと帰る途中の馬車の中で、

 クロッカは、ポツリと、



「私は、お父様とお兄様を殺す。そして、私はこの世界における唯一の支配者となる」



 そのトンデモ発言を耳にして、

 右ナナメ前に座っている執事ラーズは、

 ため息を枕にし、


「大胆な発言ですな……できれば聞かなかったことにしたいのですが。いえ、さすがに、ここで逃げるわけにはいきませんね」


 こほんとセキをはさみ、


「お嬢様、考え直した方がよろしいかと」


 そう提言した。


 そんな心底しんどそうな顔をしているラーズに、

 クロッカは続けて、


「私はすでに、お父様よりも強大な力をもっている。決して不可能ではないわ」


「実行可能か否かの話はしておりませんよ、お嬢様。倫理の話をしているのです」


「そうよ。私は倫理の話をしているの」


「……」


「私は、間違いなく、現存する『龍神族』の『誰』よりも強い」


「はい、お嬢様は確かにお強い。しかし、ご家族全員を『一度に相手取れるほど』ではございません」


「そうね……私以外の全員で徒党を組まれたら、さすがに勝てないわ。お爺様とヒイ御爺様も、老いて一線を退いたとはいえ、魔力の量は膨大……」


 現存する龍神族は、クロッカを入れて5人。

 父と兄と祖父と曾祖父とクロッカの5人。


「……『十七眷属』たちも……全員が敵にまわると非常に厄介ね」


 『十七眷属』

 ――すなわち『龍神族の系譜に連なる17名』は、

 例外なく『超天才ばかり』で、

 かつ『龍神族という親分』から『多大な恩恵を得ている』ため、

 全員が全員、おそろしく強い。


 ちなみに、カソルン将軍も、『十七眷属』の一人。

 センにあっさりと飛ばされたが、しかし、カソルンは、

 決して『ヤツは十七眷属の中で最弱』というポジションではなく、

 むしろ、序列的には三位と、かなり上の方。


 センがケタ違いに強すぎるだけであり、

 カソルンは、この世界で最高位の実力者。



 ――と、そこで、


「セン」


 クロッカに名前を呼ばれ、

 『隣に座って窓の外を見つめていたセン』は、彼女の方に視線を向けた。


「あなたの拳に込められているアリア・ギアスを教えて」


「……」


「2つもワガママを聞いてあげたのだから、そのぐらいは教えてくれてもいいのではなくて?」


「……」


「カソルンを倒したあの拳……『異常なほどの圧力』を感じたわ。歪んでいて、尖っていて、どこか切ない……そんな圧力」


「……」


 『黙っているセン』の顔を見つめながら、

 クロッカは、フっと柔らかく微笑んで、


「その沈黙が答えね。あなた……おそらく、その拳に『寿命』を懸けているわね?」


「……」


「命の圧縮……『その覚悟』は『強大な力』を与えてくれる。天賦の才を持つ者が、命を削ることでしか得られない極端な『諸刃の剣』……それがあなたの拳の秘密。そうでしょ?」


 ドヤ顔でそんなことを言ってくる彼女に対し、

 センは、


(……全然違いますけど……『汎用性の低い諸刃の剣』が嫌いだからこそ、必死こいて磨き上げてきた『汎用性抜群の低コスト技』なんですけど……)


 と思う事しかできなかったとさ。



 ★



 ――帝都に戻ったクロッカを、

 兄――『レイギン・ロプティアス・パルカ』が待っていた。


「やあ、クロッカ。おかえり」


 柔和な顔で、

 物腰柔らかで、

 華奢な感じで、


 ――しかし、目は全く笑っていない、いつものパルカ。


 歳は19で、クロッカより7つ上。

 ただし、存在値は、クロッカよりも低い120。

 ちなみにクロッカの存在値は150。


「また、お得意のワガママを暴走させているみたいだね。――ダメだよ」


 子供を軽く咎める口調――しかし、目はキレていた。

 その『奥が黒く光っている目』は、クロッカに、

 『調子にのるな』『いい加減にしろ』『殺すぞ』と告げていた。


 しかし、クロッカは、いっさいひるむことなく、


「お兄様」


「なんだ、クロッカ」


「頭が高い」


「……」


「あと、私の名を口にする時は、『様』をつけなさい」


 その攻めた発言を受けて、

 パルカは、


「……ふふ、ははは」


 心底おかしそうに笑って、


「まったく、クロッカは、ダメな子だなぁ。もう12になるというのに、いまだ摂理とか秩序とか、その手の概念が、まるで理解できない『おバカなお子様』のままなのだから」


 やれやれと言った感じで首を振ってから、


「お父様も怒っているよ。最近、少し『おいた』が過ぎるってね」


「なぜ、この私が『お父様の感情ごとき』を慮らなければいけないの?」


「……ふふ……」


 スっと一段階……『パルカの笑顔』の『黒さ』が増した。


 数秒のにらみ合い。


 パルカは『射貫くような視線』で釘を刺してくるが、

 クロッカは『あえての微笑』で糠(ぬか)対応。


 五秒の無言が経過した時、

 パルカは、


「まあ、いいや」


 パっと、表情から黒さを消して、

 飄々としたつかみどころのない態度で、


「で? そっちの小汚いのが『噂の魔人』かい?」


「ええ。名前は――」


「どうでもいいよ。ゴミに名前など必要ない」


「名前を覚えるのが苦手なだけでしょう? お兄様は貴族の自覚が足りなくて困るわ。社交界で、いつも、『君は誰だっけ?』『君、名前、なんだっけ?』とアホウのように繰り返して。先日のパーティでは、子供のころから何度もあっている侯爵家の令嬢にまで名前を尋ねて――」


「僕らは貴族ではないよ。無能な貴族を支配してあげている天上の神だ。わざわざ下々の者の名前を憶えてやってご機嫌を取る必要などない」


 ちなみに、実は忘れているわけではない。

 龍神族のスペックはケタが違う。

 名前を覚えるくらいワケないこと。


 ただ、「君程度の名前など憶えていないよ」という形でマウントを取りにいっているのと、自分で言っていたように「自分は貴族とは違う。その数段上にいる存在だ」というプライドによるもの。


「いやぁ、しかし……ひどいね」


 そこで、パルカは、

 センを徹底的に見下して、


「異次元砲を使いこなし、カソルンを倒した異端と聞いていたのだが……『これ』にそんなことができるとは思えないな」


 パルカは、貴族に対してはマウントをとっていくスタイルだが、

 『十七眷属』に対しては一定以上の敬意を払っている。

 『十七眷属』は龍神族の『剣』であり『盾』。

 自分の装備品から『意味なくヘイトを集める』のはただのバカ。


 パルカは『威張り散らしたがっているだけのバカ』ではない。

 『自分は天上人である』という明確な自覚があるだけ。



「おそらく、二つか三つ……『強大なアリア・ギアス』で自分を縛っているって感じかな。くく……」


 心底バカにしたような目で、


「寿命の圧縮……五感の複数消失……感情の欠落……そんなところかい?」


 ゴミを見る目でそう問いかけてきたパルカ。

 センは、


(そういう『重り』を全部排除して『いつ、誰が、どんな手段』を用いてきても『どうにかできるよう』に、時間をかけて丁寧に『積んできた』んだが……お前ごときには、わからねぇだろうなぁ、俺の、その高み。俺がその気になれば、お前のこめかみに、舌で穴を開けることも余裕なんだぜ。……)


 心の中でそうつぶやくだけにとどめ、

 黙ったまま、パルカの目をジっと見つめる。


 二秒が経過した時、

 パルカは、センの目を見つめたまま、


「クロッカ。コレはコミュニケーションが取れないたぐいのゴミかい?」


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