第2話 犬になる。


「お嬢様にはかないませんね……しかし、私は、ハッキリ『いけません』と進言いたしましたので、そのことはお忘れなく」


 そこで、クロッカは、ニコっと笑って、

 召喚した剣を消しながら、


「もちろん、この魔人を部下にしたのは私のワガママ……私があなたの反対を押し切って強行した愚かな独断であると、お父様にもお兄様にも、ハッキリ伝えておくわ」


「ならば、もう何も申しません」


「保身しか頭にないあなたのスタイル、嫌いではないわ」


 そう言ってから、

 クロッカは、センに視線を送り、


「さあ、こっちにきなさい。今日から、あなたは私のしもべ。この『タンタル・ロプティアス・クロッカ』の犬よ」


「……」


 ナメたことをぬかすクロッカ。

 センがその気になれば、

 クロッカ程度、余裕で瞬殺。


 しかし、センが、彼女を粛正することはなかった。

 センは、スっと、周囲を見渡して、

 『ボロボロの姿になっている魔人の少女』を見つめ、


「あそこのカスがどうなろうと知ったこっちゃないが……今後、あのカスが受けているような理不尽が、この俺に降りかかる可能性はゼロじゃねぇ。俺も魔人なんでなぁ。……というわけで、ああいうの、やめさせろ。お前の立場なら出来るだろう」


 そういうと、

 クロッカは、


「口のききかたには気をつけなさい」


 その発言を受けて、

 センは、


(…………まあ……いいか……)


 数秒悩んだが、


「……ああいうのを、やめさせてください。クロッカ様なら、それも可能でしょう」


 素直に、敬語でそう言ったセン。

 その姿を受けて、

 クロッカは、ラーズに視線を向けて、


「全軍に命令。今後、魔人に対する暴行を禁ず。これは私の厳命だと伝えなさい」


「パルカ様の御意思に背く命令です」


「なぜ、私が、お兄様の意思ごときを尊重しないといけないの?」


「……」


「もし、この件でゴチャゴチャ言ってきたら、こう言いなさい。『このタンタル・ロプティアス・クロッカとの決闘をお望み?』と」


「そもそもにして、魔人の頼みを聞くなど……」


「アレは、魔人である前に私のペット。私はペットに寛大なのよ」


「……そのようで」


 そこで、クロッカは、センに視線を送り、


「さて、そろそろ行きましょう。ここは臭いわ」


 そう声をかけてきた。


 ――その申し出に対し、

 センは、


「もう一つ、頼みがあります」


 と、礼儀をつくして言葉を述べた。


「すでに褒美はあげたのに、まだねだるの? ……まあいいわ。カソルンを倒したあなたのワガママは聞くだけの価値がある。で、なに?」


「今後、魔人種はすべて、私の配下にしていただきたい」


「……ふふ……」


 クロッカは、イタズラな笑みを浮かべると、

 センの頬に手をあてて、


「……面白いじゃない」


 そういうと、ラーズに視線を向けて、


「今後、魔人は全て、私のペットにつけなさい」


「それは……ガリオ様が激怒なさるかと」


「この私が、お父様ごときを恐れるとでも?」


「……さすがに、やりすぎです。革命でも起こす気ですか?」


「それも悪くないと思っているわ」


「……」


 そこで、クロッカは、センを見つめ、


「あなた、名前は?」


「センエースと申します。センとおよびください」


「いい名前。呼びやすくて。嫌いじゃないわ」


「それはどうも」


 クロッカは、

 ラーズに視線を向けて、


「この犬――センを、魔術学院の教職につけなさい」


「それは、どういう目的があってのご命令でしょうか?」


「異次元砲を扱うことができるその稀有な才能は、魔術学院で大いに役立つわ」


「……本心はどこにおありで?」


「やってみようと思うのよ……」


 そこで、クロッカは、ニっと黒く笑い、


「革命を」


「……」


「私一人だと難しかった……けど、私とこの犬のペアなら出来そう……そう思わない? ねぇ、ラーズ」


「……」


「あなたはどう? セン」


「あなた一人でも出来ますよ。俺はそれを知っている」


「……へぇ」


 そう。

 センは知っている。


 彼女が、ワガママな悪役令嬢の仮面をかぶりながら、

 その裏で『この世界の修正』のために奔走していたことをしっている。


 だから、センはこれまで動かなかった。

 支配者の立場になるのはもうコリゴリだったし、

 支配者たる器の持ち主は、すでに存在したから。


「クロッカ様。あなた一人でも革命は可能……だが、俺の助力があれば、楽になるのも事実。俺はもう、これ以上、鬱陶しい悲鳴に煩わされるのはまっぴら御免なんですよ。悲鳴やら断末魔やら……ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、わめかれると、鬱陶しくて仕方ない。耳元で蚊の羽音がしていたら、気になって眠れない……みたいな感じです。……というわけで、ご協力させていただきますよ、クロッカお嬢様。共に、世界の支配構造を破壊いたしましょう」


「最高ね、あなた。ふふ……大いに期待しているわ」


「さしあたって、まずは……」


 そこで、センは帝国魔術学院がそびえたつ方角をにらみながら、


「覇権大国カール大帝国の中枢、為政者(いせいしゃ)排出機関筆頭の『魔術学院』を掌握する」


 貴族と天才が集まり、次世代の中心となる人材を育てる機関、

 ――『ダソルビア魔術学院』。

 そこが、この世界における、『センの戦場』の一つ。


「内部から、ぐっちゃぐちゃに、ぶっ壊してやるよ。この俺を不快にさせた罪を……調子こいた上級国民全員に償わせてやる。震えて眠れ、クソカスども」




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